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過ぎた日の約束のヘルベルクラン視点になります。
とろんとした目で私を見た。小さな口が薄く開いたままぷるぷると震えている。そこから少しだけのぞく柔らかそうな舌。こんなに可愛い、愛くるしいものを私は他に知らない。
「おはよう」
「……ぉあ……おはようございます……」
寝起きで口が回らないのか、たどたどしい。それが私の欲を刺激する。
顔中、口の中まで嘗め回した。本当は牙を打ち立てたい。駄目だ、傷はつけたくない。口の中は狭く浅い。奥まで舌が届いた。暖かく、甘い。ああ、涎が止まらない。あふれ出るそれを、マリカは従順に飲み込んでいた。
皮膚を赤く染め、瞳を潤ませて、細い吐息を漏らす。興奮しているようだ。一族の女と反応は似ている。比べ物にならないほど可愛らしいが。優しくとは、まずはこれくらいだろうか。最後に、浮かんだ涙を吸い取った。
通信具で召使とクイグインネに連絡を取る。洗顔道具や、朝食、服の手配を頼んだ。それが終わればクイグインネに会うことになる。気が重い。こんなに可愛らしいマリカを見たら、誰でも手に入れたいと思うに決まっている。心配だ。
部屋を明るくし顔を拭いていると、目元が赤くなっているのに気が付いた。こすってみるが、さらに赤くなってしまった。昨日吸い付いたせいかもしれない。少しの刺激でもこうなってしまうようだ。気をつけなければ。
寝台の上に朝食を運んで手ずから食べさせる。このように朝を過ごすのは、番になったもの同士で行われる親密な行為だ。恥ずかしがって自分で食べるなどといっていたが、遠慮はしなくていい。今朝は肉を用意させたが、薄く切られていた。腹が立つほど気が利く召使いだ。私が噛み千切って口移しでやりたかった。
今日の予定を話しながら服を着せ、ベールをかぶせる。予定といってもクイグインネに会うだけだが。今日の服は紺。なるべく地味に、興味をもたれないようにと選んだが、その意味では失敗した。この色は乳白色の肌を際立たせ、ベールの向こうから黒い瞳がきらきらとしており、覗き込んで確かめずにはいられない。どんなものを着せても魅力があふれ出てしまう。困った。ああ、できることなら、誰にも会わせず閉じ込めたい。
何を着せても似合ってしまうのだから仕方がない。諦めてそのまま抱き上げると、応接室へ向かった。
「今から二の従者であるクイグインネを紹介します」
部屋の近くに待たせていたクイグインネを呼ぶ。いつみても厳つい女だ。マリカとは大違いだ。大体なんだあの服は。若作りするないい年して恥ずかしい。
マリカが見られているのが、たまらなく私をいらだたせる。
「あたしはクイグインネ。よろしく」
「万理歌です。あの、よろしくおねがいします」
よろしくしなくていい。マリカは首をかくんと動かした。
「マリカ、そんなことをしたら頭が取れてしまう」
「いくらなんでもそこまで脆くはないだろう」
マリカの華奢さを知らないからそんなことが言えるんだ。知られたくはないが。
しかしこの女、じろじろと不躾にマリカを見て、か弱く頼りなげな様子に不安を覚えたようだ。
「……折れないよな?」
その心配は私がしている。お前は何の興味も持たなくていい。
「それじゃ今日はあたしが世話するから。ヘルベルクランは休んでな」
「断る」
私を離して何をする気だ。
しかしクイグインネも引かない。なんだかんだといって私を追い出そうとする。女同士の話もあると言われると、性別ばかりは私にもどうしようもないだけに黙るしかなかった。
……それに。
イライラがやまない。落ち着けるため、少し席をはずした方がいいのかもしれない。マリカをずっと、閉じ込めておくことはできない。私に何かあったときのためにも、少しは慣れさせておかなければ。
「マリカ、いじめられたら言うんだぞ」
仕方なく、本当に仕方なしに、部屋を出た。
マリカが生まれたばかりで、やらなければいけないことはたくさんある。とりあえず、長や多種族との会見が終われば、ひと段落だ。生まれた報告はクイグインネがしているはず。すぐに役人が来るだろう。折衝はそいつに任せて、早くマリカのことだけをできるようにしたい。まずは詳しい報告書を出さなければ……。それはクイグインネに任せればいいか。そろそろ話も終わっただろう。
執務室へ向かっていた足を応接室へ向ける。
「ひいい!」
悲鳴が聞こえた。
マリカに覆いかぶさるクイグインネ……。
あのおんな。じごくへおちろ。




