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へるへる……なんだっけ。まあ、あの、聞きなれない響きを持つ名前の、目の前にいる大男さんは、しっかりと私の右手を捕まえ、笑顔と思われる表情のまま、じっと私のほうを見ている。あまりに見つめられているので、彼が濃い紫色の瞳をしていることに気が付いたが、そんなことより現状説明をしてはもらえないものだろうか。
「あの、へる……ヘルヘルさん」
「ヘルベルクランです。どうぞ、ヘルとお呼びください」
名前を間違えてしまったにもかかわらず、気を悪くしたそぶりもない。どうやら温厚な人らしいことに、すこし肩の力を抜いた。
「ヘルさん」
「はい」
「あのですね」
「なんでしょう」
「あの」
「はい」
返事が早すぎる。このままではだめだ。
「な、なんでここにいるのかとかいろいろしりたいことたくさんあるんですけどっ、なにからきいていいかわからなくて、わ、わたしっ、ここは」
一気に言い切ってしまおうと思ったが、混乱した頭では聞きたいこともまとめられなかった。
ヘルさんは私の手をゆっくりと指でなでた。大きな手。大きな指だ。落ち着いて、と言われているかのようだ。
息を吸って、吐いて、瞬きをした。
「ここはどこですか?」
一番最初に聞くべきは、多分これだ。
「私たちはここをシンベンデールの社と呼んでいます。
あなたがいた場所とは、つながっていない地にあります」
聞いてはみたけど、何の話かよくわからなかった。言葉は通じてるはずなのにおかしい。しんべるなんとかってのがまずわからないし、つながってるってのは何のことだろう。
首を傾げる私に、彼は口を閉ざし、牙がようやく隠された。それからしばらく唇がうっすらと、開いたり閉じたりしている。考えるのもうまく出来ない私は、その様子をじっと見ていた。
先ほどは彼のほうが私を見ていたのに、今度は私のほうが彼を見ている。なんだか少しおかしくて、ちょっとだけ笑えた。
「お寒くはありませんか」
それが、何かをいいたそうにしていた彼の口からようやくでた言葉だった。
そういえば少し肌寒いような。左手で右腕をさする。おかしい。
「うえええ」
素っ裸だ。さっきまで着ていたはずの制服はどこへ行った。そりゃあ変な声も出てしまう。
右手をヘルさんの両手の間から引っこ抜いて、自分自身を抱きしめた。足が震えてぺったりと座り込んでしまう。
「そのお姿のままがあなたのいた世界の常かとも思ったのですが、やはり違ったようですね」
へたり込んだ私に、彼はくるくると大きな白い布を巻きつけた。
一番最初にすべきは、服を着ることなんじゃなかっただろうか。ヘルさんも気が付いていたなら早く言って欲しい。