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世界の寵児  作者: もち
これが夢では終わらぬように
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夢を見るより近い場所のヘルベルクラン視点です。

 お父さん、と愛らしい声で呼ばれると、体が痺れるようだ。食べてしまいたいほどかわいいとはこのことだ。あの乳白色の肌に牙を立てて、流れる体液を啜りたい。

 そんな気持ちが出てしまったのか、呼び方はすぐに戻った。残念ではあるが、その方がいいのかもしれない。大事に守りたいと思うのと同じくらい、すべてを私のものにしたい気持ちがわいてくる。柔らかい体を食らって身の内に収めたら、どれだけ満たされるだろうか。そうすればこの子が私から、二度と離れることはないというのに。


 本を見ながらこの世界の話や、過去の寵児の話などをしていたが、どうも反応が鈍い。


「マリカ? どうかした?」

「ごめんなさい、そういう……足がいっぱいある生き物、苦手で。こういう生き物、他にもいる? 虫みたいな……」

「ああ、そうなんだ。それならやめておこう」


 この様子では虫を食べる習慣もなさそうだ。出すのはやめておこう。そういえば肉は食べるのだろうか。このちいさな牙では千切ってあげなければいけないだろう。薄く切ってあげるのでも良いが。

 本を閉じて脇に置く。瞬きを繰り返し、うつむきがちで元気がない。苦手なものを見たせいだろうか。少し疲れているというのもあるのかもしれない。顔色も白さが増している。触ると先ほどより少し冷えていた。具合が悪く見えて心配だ。

 眠くない、というマリカに、やや強引に寝る準備を進める。口を開かせ、小さな歯を慎重に磨く。加減が難しい。喉の奥まで触れてしまったときは涙を浮かべて苦しそうにしていた。マリカの口内は暖かく、指からなにかがじわりとする。指を引き抜いて舐めてみれば、ほのかに甘い。

 本当にこの子はどこまでも愛らしい。


 寝巻きに着替えさせ、寝台に運ぶ。彼女はあまりに小さくて、敷布の上でぽつんと寂しそうにみえた。寝入るまで添い寝をしていようと、マリカの隣に体を横たえる。

 ぼんやりと天蓋を眺めていたかと思うと、次第に目を潤ませて涙をこぼした。


「何を考えてる」


 この小さな頭の中で、何を思って泣いたのだろう。涙を舐め取ると、薄く塩の味がした。美味い。思わず喉が鳴り、もっと欲しくなって眦に唇を付けて吸う。


「なに舐めてるんですか」


 私の手を引き寄せて、それで私を追い払う。そのまま私の手のひらを自身の顔に押し付けてきた。彼女の頭は、私の片手に収まるほど小さい。掴み潰せるだろう。あまりにか細くて、私が壊してしまいそうで恐ろしくなる。


「帰れる?」


 手のひらのした、くぐもった震える声で、そう言った。

 帰る? どこに……? ここがマリカのいるところだろう。私の知らない、どこへ行くつもりだ。食べたい。食べてしまいたい。帰るのは、私の中。

 駄目だ。そんなことをすれば、柔らかい体に触れることもできなければ、この可愛い声も聞けなくなってしまう。

 いかなるときもお仕えし、どんなものからお守りしますと、誓ったではないか。


「ヘルさん、お話をして」


 歯を食いしばり、彼女を慰める言葉を捜す。できる限りの優しい声を心がけた。


「私たちは、マリカたちが世界を去るときのことを、死とは言わない。

 賢者と呼ばれる人がいた。彼は何でも知っていた。その人が世界を去るときに、これで帰れる、と言い残した。

 だから帰ることはできる。いつになるかは、わからないが」


 詭弁だ。賢者も年老いて死んだのだ。賢者でも生きて元いた場所へ続く道は見つけ出せなかった。生まれたからには死から逃れられるなんて、できるわけがない。

 それでも、帰れると思うことで少しでも悲しみが薄れるなら。私は無理やり作り出した寛容さで、言葉を引き出し、続ける。


「マリカはこうして今、私に触れている。世界がつながったから、こうしてここにいるのだろう。

 ならば、マリカのいた場所は、夢より遠い場所ではない」


 それでも、どこよりも遠い場所。かなわぬ夢だとわかっていながら、私はマリカに嘘をつく。

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