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「この人はマリカと同じ場所から来たんじゃないかと思っているんだ。似ているだろう」
以前私のようにここにきた人の写真や絵を見せてもらった。ヘルさんが似ていると言ったのは、アランという名前の男の人だった。名前もそれらしい。でも思いっきり西欧人なので、あまり親しみは感じられない。顔立ちだけで言えば、ヘルさんの方が日本人に近い気がするくらいだ。
どう反応すれば良いのか困ってしまう。なんとも言えずにいたら、返事がないことを気にした様子もなくページをめくる。
「この人は自分で糸を生み出せたそうだ。シウの虹糸と呼ばれてるんだけど、それで織られた布は色といい艶といい、柔らかさといい、最上級のものだったと……。
マリカ? どうかした?」
これを人のくくりに入れてしまえるのか。ヘルさんの度量の広さには驚いた。いや、差別はよくない。よくないけど……。だって蜘蛛なんです。蜘蛛だったんです。蜘蛛は……無理です……。
「ごめんなさい、そういう……足がいっぱいある生き物、苦手で。こういう生き物、他にもいる? 虫みたいな……」
「ああ、そうなんだ。それならやめておこう」
本を閉じ、微笑みながら私の頬を指でなでてくれた。たかが写真とわかってはいるけど、本が大きい上に写真も鮮明で、細かいところまでばっちり見えてしまったのだ。ぞわぞわして血の気が引いた。
ヘルさんは優しい。私に合わせてゆっくりと、いろいろなことを教えてくれる。私はそれに答えられる気がしない。名前を覚えるのは苦手だ。ヘルさんの名前も結局覚えていない。こんなに世話になっているというのに不義理な奴で本当に申し訳ない。
「そろそろ休むか?」
「早くない? まだ眠たくはないんだけど……」
「疲れた顔をしてる。それに、外はもう暗くなってる時間なんだ。この部屋は昼の明るさになってるだけ。
ほら、歯を磨いてあげよう。口をあけて」
いや、そういうのは自分でやりますから。私、ヘルさんが思ってるより大人ですよ。
と思ったけど、取り出したのはなぜか布。もしかして拭くだけなの? 歯ブラシはないのか。
「あぇっ」
もたもたしているうちに私の口にヘルさんのでっかい指が突っ込まれた。痛いとかそういうのはないけど、ちょっと奥に入れすぎなんです。えずいて涙目になる。口と指の大きさを考えてほしい。無理がある。
どうしてもやるというなら壊れ物を扱う態度でお願いします。