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第一章・第二話 闇夜の失踪12.5

「隊長。ただいま戻りました」

「ああ、ご苦労だったな。ラート」

 隊を離れ、人を呼びに町へ戻っていた若造が息を切らせて戻ってくる。その後ろに控えている人数に我は思わずげっそりする。これは優に100人は超えている。うむ。150は居るか?

 ともかく我は人が好かん。主の命で人間を襲う事や見捨てる事はしておらぬが、それでも脆く儚いその存在が我は嫌いだ。主の御心を煩わせる愚か者よりかは幾分かましだが。

『主よ。若造が人を呼んできたぞ』

 辺りを警戒していた若造と小娘は我らから暫し離れた場所を見回っていたため、まだ我らのいる場所からはその姿を確認する事は出来ぬ。だが我の耳は優れているからな。いち早く感知し、主に報告すべきだと思ったのだが。

「ありがとう。シャオ」

『………』

 にこにこと満面の笑みを浮かべた主。その面白い事を見つけたような嬉々とした表情に、主がその気配を悟っていた事を知る。

「ふっ…。シャオが率先して人々の動向を私に知らせてくれる日が来るなんて…ね」

『…………』

 明らかに面白がっている様子。それに若干機嫌を悪くした我だが、今の主には何を言ってもまともに取り合ってはもらえまい。以前から厄介な方だとは思ってはいたが、今はそれに拍車がかかっている。抗うだけ労力の無駄だと思わせるほどに。

「ユーナ。カイル。援軍の到着だ」

 介抱をしていた主たちに小娘の声がかかる。それに続くように担架を担いだ人間共が負傷者たちに近づく。自警団の所属だけあって、縦も横もでかい男共は見るからにむさ苦しい連中が多い。寄るな。暑苦しい。

 主を庇いながら即座に退いた我らを気にせず、連中は負傷者5名を迅速に担架に乗せる。多少傷に響くようで、血の気の多い小僧も微かなうめき声をあげている。

 ちらりと主を見上げると、ほっとした表情を覗かせているので我も特に文句は言わぬ。うむ。文句で思い出した事があった。

「ってー!!

 な…、シャオウロウ!? 何で俺を噛むんだよ…」

 愚か者め。説明せねば分からぬか。

 唐突に声を上げた小僧に皆注目する。無論、担架を持った連中共も。

「い、痛い。痛い!

 は、はな…っ、離してくれ。離してください!」

 小僧の手のひらを強く噛んだまま、痛みを訴える小僧の哀れな様を満足げに見てやる。だが離してやる気など毛頭無い。

 先ほど我が主に働いた狼藉、まさか忘れてはいまいな? もしそうならば、救いようのない愚者だ。

「シャオ。もう良いよ。もう良いから、離してあげて」

 我の耳にかろうじて聞き取れるかというほどに小さな囁き声。恐らく小僧には聞こえていまい。

 苦笑を浮かべた主のすっきりとした表情に我は満足する。うむ。主がそう言うのなら致し方ない。

 愚者の愚かな様を暫し眺め、我は閉ざした牙の力を少々和らげる。

「っつーー。うぅ…痛てて」

 緩んだ我が牙からするりと手を抜き取った愚者は食われていた手を注意深く確認する。ふん。安心するがいい。我が加減してなければ、貴様の腕など一溜まりもない。それこそ簡単にもいでいるぞ。

 恨めしげな視線を送る愚者など我は当然無視だ。歯牙にかけるだけ、時間の無駄というもの。ひどく浪費するのは目に見えている。

『主よ。些か甘すぎではないか?』

「そうね。でも、シャオだってちゃんと加減してあげてたじゃない?」

 えらいね。と、主は我の頭を撫でる。この行為は飼獣にするそれのようであまり気に入ってはいない。だが、主に報償を受けていることには変わり無いゆえ、我は誇り高きものと捉えている。

 どんな形であれ、主に必要とされ、そしてその報償を受ける事は我らジンに仕える霊獣にとって名誉な事だ。これ以上の誉れはない。

「ユーナ。失踪者がいる場所を探ったと言っていたが、その場所へ案内は出来るか?」

「はい。この先にある洞窟…やはりそこが魔物の住処のようです。探った限りでは危険は無いようですけど、何があるか分かりませんから細心の注意を払ってください」

「ああ。もちろんだ」

 緊張した面持ちで厳かに頷く若造に主も頷き返す。

 主の力は、今では大分調子を取り戻している。その上で気配察知を行ったのだ。まだ全快とは言えぬものの、主の見立ては正確である。

 以前の主の気配察知能力は、たとえリヴィルの何処にいようとも一瞬で相手を探るほどの寸分の狂いもない正確さであったが、今はそこまで正確でなくともこの近距離ならばすべて察知出来る。だが用心しておくに越したことは無いのも確か。

 いざと言うとき、覚悟のあった場合と無い場合では当然前者の方が迅速に動く事が出来る。言うまでも無い。

 しかし、まさか全員で洞窟まで赴くのか?

「隊長。負傷者たち搬送班は数名の護衛をつけて先に町へ戻るべきかと」

「ああ。すまないが、ラート。そちらは任せたぞ」

「御意に」

 うむ。やはりそうすべきだな。

 5名を搬送し、護衛する人員を割こうとも残りは140数名。これだけ居れば50前後の失踪者たちを運ぶ人手は十分足りる。釣りが来るほどだ。

 これほどの大人数で魔物の住処なる洞窟へ赴く事は統率力を乱して危険だろうが、事前に状況を把握する我が主が居るゆえ、まず危険な事はなかろう。ゆえに主も多人数で赴く事に意見せぬのであろう。

「ユーナ。先導を頼む」

「はい。あ、でも、これだけの人数を伴って洞窟に入るのは危険ですから…、そうですね。

 ディックさんとティエ、そしてシャオと私の四名でまず確認をしてからの方がいいと思います」

「ああ。確かに。それで行こう。…ティエーネ」

「私に依存はありませんよ」

 若造が確認するように小娘に視線を送る。覚悟は出来ているようで、気持ちの良い返答を返した。男勝りな小娘だが、我は嫌いではない。

「これより失踪者の捜索に当たる。各々細心の注意を払い、いかなる事態でも対応できるよう警戒を怠るな!」

 さすがだな。自警団の長を勤めるだけあり、この場に居る者の士気を一瞬にして高めた。この若造に大きな信頼を置いていなければ決して成り立たぬものだ。

 主もそれに小さく微笑んでいる。それは一瞬で、瞬きすると同時に消し去った。

「それでは先導しますから、皆さん付いてきて下さい」

 血の気の多い小僧たちを連れた負傷者の搬送班とやらが一足先に去ったのを確認した後、我らも失踪者の身柄を保護するべく洞窟へと出立した。





「…よかった。皆さん無事のようです」

 微かに空気の淀みが残る洞窟の空気を浄化しつつ、主を先頭に進んだ先。細い洞窟内にしては大きく開けた部屋のような空間に、その者たちはいた。

 瘴気に当てられているためか、随分と衰弱している者も数名いたが、それでも命に別状はなく皆無事であった。主のほっとした表情に我も一安心だ。

「まるで奇跡を見ているようだ…」

「ああ。だが、本当に良かった」

 魔物に攫われながらもこうして皆生きていることなどまずありえない事だ。小娘が奇跡と呼ぶのも分かる。

 失踪者の無事が分かって気が抜けた様子で呆然と、しかしこれ以上ないほどの安堵感をかみ締めている小娘と若造。主もそれを見てすぐさま指示を仰ぐような真似はしない。落ち着くのを暫し待っている。

「外で待機する者たちは私が知らせに行こう。ユーナとティエーネ、それとシャオウロウは彼らの介抱を頼む」

「了解です」

 若造の言葉に小娘の即座の返事。しかし我はおまけか? なんとも愚かな若造だ。

「あ。いえ…、ディックさん」

「?」

 外に待たせた人間共を呼びに戻ろうとする無礼な若造を慌てた様子の主が引き止める。うむ? 一体何用だろうか。

「この場所にも僅かに淀みが残っているので、ここに留まっていてはティエも影響を受けてしまいます。ディックさんたちが戻って来る頃には無事終わりますから、二人で呼びに行っていただけますか?」

 暗に『ここに留まるな』と言う主の意図に、我はすぐさま気づいた。だからこそ我は何も言わない。

「そうか。ならばここの浄化は二人に任せる。しかし再び戻ってくるまでに完了できるのか?」

「はい、それは大丈夫です。問題ありません」

 にっこりと自信に溢れた笑みを浮かべる主。その様子に納得した若造たちはこの場を我らに任せ、急いで今来た道を引き返していった。



『主よ。ここか?』

「うん。たぶんこの近くにあるはず」

 先ほどとは打って変わって僅かに微笑を浮かばせた難しい表情。このような顔をしている時は必ず悪い事を考えていると我は理解した。主にその気が無くとも、物事を心底楽しんでいる表情だ。

「それを探す前に、まずはこの場にいる人たちを何とかしないと」

 無造作に転がされているような扱いの失踪者。命に別状は無いとはいえ、精神力や生命力が弱っておる。このまま放置する事はできまい。

『この状態の者たちに治癒術をかけるのは些か危険ではないか?』

 治癒術とは唯一、時属性のみが扱う事が出来る癒しの巫術のことだ。時を操作し、病気や怪我はもちろん、疲弊した体をも治癒してしまうもの。

 一見万能そうな術ではあるのだが、行使するには半端では無い膨大な巫の力が必要になる。主ならば50人程度の同時治癒は容易いだろうが、問題は治癒される側だ。この治癒術、行使する者以上に行使される者の負担の方が遥かに大きいのだ。

 負傷した者を癒している途中、施されている者が術の負担によって逆に命を落としてしまうことも十分にありうる危険性を含んだ術なのである。

「確かに治癒術は術者以上に術をかけられた者に多く負担がかかる術。ここまで疲弊しきっている人達に施すには負担が多すぎるのは分かってる。

 でも、これを使ったらそれほど危険は無いでしょ?」

『それは…』

「さっき浄化した魔物の生命力の結晶。魂は大地に還したけど、こっちは解放せず持っていたの」

『………』

 なんと言えば良いか。先読み、いや。計算の優れた主だ。こうなる事を見越していたのだから。

 この生命力を時属性に変換させるのに苦労したと語る主に、我はため息しか出てこない。

 だが生命力を結晶化させるなどという荒業は主にしか出来まい。いつこんな事をやったのかなど聞くまでもないが、それでもいつの間にやっていたのだと聞きたくなる。

『しかし治癒術を行使しても支障ないのか?』

「意識を失っていたり朦朧としている人が多いから、大丈夫だと思うけど…。たぶんこの会話も聞き取れていないでしょうし」

『………』

 だからこそ若造と小娘を排除したのだ。

「淀みなく流るる時と共に。痛みを癒し、安寧なる安らぎを与えよ」

 本来、行使される側に多くの負担のかかる治癒術。しかしその負担は魔物の生命力によって補われる。主が巧みに操っている様が良く分かる。

「…うん。これで全員、問題ないはず」

 事も無げに難儀な術を行使し終えた主は満足げに周囲を見渡し、術が行き渡った事を確認した後、おもむろに立ち上がると我が睨んでいた奥の通路へと歩いて行く。

 無論、我もそれに付いて行く。

 だが。入り口へ差し掛かった時、唐突に歩みを止めた。

『主?』

 間一髪、衝突を免れた我は当然怪訝な声を出して問いかける。佇む主は無言だ。

『…主? 一体如何したのだ?』

 再び問いかけた時、主はようやく口を開いた。しかしその口から紡がれた詠唱に、我は目を見開く。

「刻と時。空間と間隙かんげき。世界を繋ぎ止める時空の狭間よ。

 留める繋ぎ目を解放し、我が放ちし印を喚べ。定着せし大地より絶ち、今一度我が元へ帰還せよ」

 ふっと、主の手のひらに現れた物は、以前主が森に落とした印。これは先ほど、気配を探った際に最大限の効力を発揮した代物だったはず。

 既に役目を終えたもので、不必要だと消し去ったと我は思っていたのだが、どうやら主はまだ活用する気があったようだ。

 否。恐らくこれの役目はまだ終えてはいないのであろう。それは、次に紡がれた主の詠唱によって知れた。

「留めよ。覆い尽くせ。

 外界より遮断し、永劫なる時の下に離脱せよ!」

 すっと闇に熔けてゆく印を見つめ、我は付き飽きた嘆息を一つ追加した。

『主よ。目的はこれだったのか?』

「もちろん。これで面白くなると思わない?」

 心底楽しげな表情で微笑まれた。それに再びため息をこぼしそうになった我は、無理やり首を振る。

 どうやら、我はとんでもない主の配下に下ってしまったのかも知れぬ。


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