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第一章・第三話 復活の儀式02.5

「ユーナ様、この度は本当にありがとうございました。お礼だけでは感謝し切れない程の御恩をあなた様に感じております」

「息子が無事だったのもユーナ様のお力があったからこそ。大した物ではありませんが、どうかお納めになって下さいませ」

 由那教の信者どもが我が主にたかる。その光景を見るだけでも不快だ。

 だが、肝心の主はその心情の内を微塵も見せず、ただ微笑を浮かべてされるがままになっておる。そうせねばならぬ理由が分かっていてもどうも腑に落ちぬ。

 む。そうだ。我は主から御名で呼ぶことを許されたのであった。由那とお呼びせねばな。

「ハンナさんの家は町外れにありますから、今までさぞ不自由されていたでしょう。ぜひ我が家にご滞在ください。決して不自由をかけさせません」

「それならば是非我が屋敷へ。最上級のおもてなしをさせて頂きますゆえ」

 次々と言い募る人間共。当然と言うべきか、由那も対応しきれずにおる。

 愚者の極み。まったく勘違いも甚だしい。

 我が主に感謝する脳があるならば、まず由那が何を望み、今のこの状況をどう捉えているか分かるはずであろうに。理解しておれば、今確実にこの場には居らぬ。

「皆さんのお気持ちは本当に嬉しいんですが……」

「ユーナ様! わたくしにも是非感謝の言葉を!」

「俺も妻の恩人に一言礼を言わせてくれ!」

「お前っ! ユーナ様になんて口の利き方だ!」

「なんだと!? お前こそその薄汚い格好はなんだ。救世主様の御前だぞ!」

 まさに滑稽だな。かける言葉もない。

「ユーナ様!」

「女神様!」

 異常な執着を見せる愚民共。我に人間の心理は理解できぬが、人とは救いを求める存在らしい。

 何か恐ろしい事態に巻き込まれた際、神を、イブリースを崇める事によって、災厄から逃れられると本気で信じているとか。

 魔物によってもたらされた失踪という底知れぬ恐怖を、由那という失踪者を救った救世主たる存在によって打ち消してしまう。つまり、洗脳による逃避を行っているのだと、由那はげっそりとした顔で語っておった。

 要約するならば、悪い事は良い出来事で払拭してしまえ、と。

 その結論に至った人間の脳の新陳代謝の良さに、我はある意味感服するがな。

 人々は早く安堵を得たいのだと、そうして一刻も早く平穏を取り戻したいのだと。呆れたような、それでいて優しい(我にすら滅多に見せぬ)瞳で苦笑しておった。だからこそ、出来得る限りは受け入れてやるのだと。

「今宵も宴の席を用意してございます。ぜひご参加くださいませ」

「わたくしめもユーナ様の武勇伝を聞きとうございます」

 愚者共が由那を取り巻く。その勢いに、ついにその輪から外れてしまった。

 笑みを貼り付けて適当に対応しておる由那の御心は察することが出来る。だが、それで納得する我ではない。もしこれ以上煩わせるならば、いくら心優しき我が主の御心に大人しく従っていようが、もう容赦はせぬ。

 常ならば、集る虫共を一匹残らず喉を噛み千切っておる所。これでも寛容な方だ。

「ユーナ様! どうか、どうか私の妻になっては頂けないでしょうか!」

「っ!?」

 がばり。と、愚者の一人が由那に抱きつく。それを見た瞬間、かっと目の前が真っ赤になる錯覚を覚えた。

「っ、シャオ!!」

 動き出そうとした我を由那は速やかに制してしまう。

 何故ゆえっ! っ、何故、如何して由那はこうも甘いのだ。もっと己と言う存在を意識すべきぞ!

『――…。連日この愚か者どもに限界までつき合わされているのだぞ。いい加減大概にしろと忠告するべきではないのか』

 不機嫌さを露わに、それでも理性で抑えた声音で進言すると、苦笑して頭を振るだけだった。我の言はまたしても却下されたということだ。

 それほどまでにこやつらが大事なのか、由那よ。

《………シャオ》

『!!』

 直接脳に響くその『声』に一瞬躊躇する。

 これは精神感応。巫の力による思念伝達を図る術。

 常人ならば恐らく精神崩壊を引き起こしておるだろうそれは、巫師でも高位の、ほんの一握りの特化して優れた者でなければ受け取る事すら出来ぬもの。それも、莫大な巫の力を有する者でなければ話にもならぬ。

 我は人間ほど脆くも力が足らぬ存在でもない。否。これは我らのようなものでなければ成立せぬ伝達手段と言えよう。

《今は悪戯に不安を煽るべきじゃないから。これから何が起こるのか、シャオにだって想像が付くでしょう?》

『光の恩恵…が、必要になるであろうな』

《そう。恐らくこの町の羊…ううん。仔羊が必ず狙われる》

『うむ。仔羊は飼獣の中でも最も光の加護を受けておるからな』

 それが分かっているならば、いち早く警戒にあたるべき。だが、今やっていることはまったく関係が無いことに我は見えるのだが――。

 そう思い主の方を見ると、余裕の笑みがこぼれた。

 我の心情など簡単に読まれていたようだ。変わらず信者に囲まれた主に視線を投げかけると、分かっていると言わんばかりに頷く。

《うん。そこまで理解できているなら、説明する必要は無いみたいね》

『主……』

《あ。由那って呼んて言ったのに》

『う…うむ。由那』

《ふふっ》

 呼び方を改めた我を見て可笑しそうに微笑む。

 まだ呼び慣れぬな。つい主と呼んでしまう。だが、それもそのはずであろう。由那と御名でお呼びする許可を得たのは昨日のことゆえ。

《やっと事件が解決したのに、あの無能な巫師の事で不安をぶり返すような事はすべきじゃないでしょ。

 彼の場合は自業自得なんだし、レハス町長たちもそれを隠したがっているみたいだから。私を利用している点は、もちろん煩わしいけど》

 それでも人々を守るのは巫師としての義務だからね。と、そう続ける由那は微苦笑を浮かべる。

 本心では冗談じゃないと思いながらも、結局は人間共を優先してしまう。そんな甘さに我は進言をするか否か暫し迷う。

 だが結局、進言はせぬ事にした。

『主が、由那がそれを望むならば』

《シャオ…。――ありがとう》

 頭を撫でられてはいないのに、そうされているような感覚に陥る。それほどに温かな『声』だった。

 致し方ない。我は今暫し目を瞑っているとしよう。





「いっ…て!!

 って、シャオウロウ? 何でまた俺を噛むんだよ…」

 由那が煩わされる原因となった愚者に当然制裁を与え、それをすっきりした面持ちで眺めている由那を見て我は満足する。この愚者は真に余計なことしかせぬな。

「ユーナ。ほら、これをお飲み」

「ありがとうございます」

 この愚者の母親は苦笑しながら我らを見、そして由那に香しく甘い匂いが立ち昇る茶器を手渡す。

「疲れたときは甘いもんだよ。ユテラの紅茶はとっても甘いからね、これを飲んでゆっくりと体を休めるといいさね」

「とても良い香りですね。うん。おいしいです」

「そうかい。そりゃ良かった」

 この者は由那を気に掛ける者ゆえ、無茶をする主をすぐ止めると思っておったが、しかし我の思い違いだった。

 どうやら由那自身が精力的に受け入れていると勘違いし、止めるに止められないといった様子なのだろうか。だが、これではますます由那に負荷がかかってしまう。まったくなんとかせねばならんな。

《ねえ、シャオ。今から謹慎を食らってここで留守番しているのと、明日も同じく私についてくるのと、どちらがいい?》

 む、う。これは痛い所を突いてこられる。

『由那よ。我は其方の…』

《言い訳は聞きたくないわ、シャオ。私はさっき何と言った? そしてあなたは何と答えた?》

 穏やかで静かなれど、沸々と怒りの感情が読み取れる。思わず身震いをするほどに。

 本気、なのだ。

 由那は、我が主はこの件に対して慎重になっているのだ。

 決して打ち損じることなく事を、この件を確実に解決へと運ぶ。誰の死者も、何の被害も出すことなく。事件とは何の関係もないこの町の者たちを守るために。

《一連の犯人は確かに人間よ。でも、それはもうただの人間じゃない。それは、あなただって十分に分かっているでしょう?》

『……む』

 うむ。確かに。

《たぶん、もう…手遅れなんだと思うけれど…》

 言葉を区切り、途端辛そうな表情をのぞかせる。眉根にしわを寄せ、下向き加減のまなこには深い悔みの感情で揺れているように我には見て取れた。

 この瞳の色は、恐らく由那を見上げている我しか確認できぬだろう。そして、普段と変わらず穏やかに微笑むその口元は、まるで嘲るような苦笑を浮かべているようであった。

『由那…』

 その様子に我も尾を垂らす。気の利いた言葉をかけられない我自身がもどかしくて仕方がない。


 一体どれ程そうしていたか。不意に息をつく気配を感じた。

《すべては私の責任せい

 私がもっと早く力を取り戻せていれば。ここへ、この地へ転移さえしなければ。もしかしたら、こんなことにはならなかったかもしれない。

 ううん。そうじゃない。本当はあの時――》

 最後のそれは、我には聞き取れなかった。だが、言わんとした言葉は我にも十分理解できる。

《……ごめん。もう止めよう。過去を悲嘆しても、たとえ過去を変えようとしても。導き出される結果は、決して変えることはできないのだから》

 自身に言い聞かせるようにして吐いたその台詞に、我は何も言うことが出来なかった。

 その言葉に含まれた諦め。自身への失望。

 一体何を思ってのことか。この先の何を見て吐いた言葉なのか。その俯き加減の横顔からは、何も感じ取ることが出来ない。

 だが何にせよ、由那の、我が主の出した結論だ。我は如何様でもそれに従う。それで文句はない。

『由那。明日も連中の相手をするのであろう?』

《まあ…、うん。そうね》

『ならば、そろそろ体を休めるべきだ。人の体は脆いゆえ、十分な休息を取るべきだと我は思うが』

 すべての不満を押し殺した我の苦渋の選択だったのだが、しかし何故だろうか。途端、由那は笑い出した。

「ふ…ふふふっ」

「ユーナ?」

「一体どうしたんさ?」

 紅茶を飲んでくつろいでいた人物がいきなり笑い始めれば、恐らく反応はこんなものだろう。愚者とその母親は訝しげに由那を見つめている。

 それにも拘らず、我が主はまったく気にせず、ただ我を見つめて笑っておる。

 あまりに奇妙に笑い続けておるので、ついに双方から正気を疑われ始めた頃合いにようやく反応を返す辺りが、実に我が主らしい。否。『今』の我が主というべきか。

「ごめんなさい。紅茶がとても美味しかったので」

 とてもリラックス出来ました、と口元に手を当てて笑い続ける。どうやらこれ以上語る気はないようだ。

「ごちそうさまでした。今日は先に休ませていただきますね。おやすみなさい。ハンナさん、カイル」

「そう…かい」

「あ、ああ。おやすみ、ユーナ…」

 紅茶を飲み終えてもしばらくカップをいじって遊んでいた由那は、すっと軽い動作で唐突に立ち上がる。

 その様を呆然と見つめる二者の視線を浴び、だがそれ以上は何も告げる気のない由那は矢継ぎ早に挨拶を告げる。我も軽く伸びをして素早くその後に続く。

 ドアの手前で軽く会釈しながら退席し、階段に足をかけた辺りで何を思ったのか、不意に立ち止った。

《シャオ。ありがとね。今日はゆっくり眠れそう》

『??』

 もう普通に話しても良いはずだが、依然術を使って話し続ける。

 ここ最近余計な話をしないようにしていたのは、しばらくこの家に滞在しておった気弱な小娘を警戒していてのことだったのだが、しかしその娘が去った今でもその警戒は解かぬ。

 小娘に憑依しているものがものだけに、その警戒のしようは分かる。だが、それならばこそ、一刻も早く小娘から引き剥がすべきだと我は思う。だが由那はそれをせぬのだ。

 泳がせて相手の手の内を読むにしろ、別の理由があるにしろ、無関係な者に被害の及ぶ道を取ることはせぬはずなのだが。

 うむ。実に不可解なことなれど、我はそれを由那に問う真似はせぬ。事が起こる前から答が分かってしまうのはつまらぬし、由那もそれを教えることは決してせぬだろうゆえな。

「ふわぁ…。おやすみ、シャオ」

 よほど疲れておったのだろう。ベッドに着いた瞬間に倒れるように眠ってしまったその様に嘆息しながら、我はその傍らに腰を落ち着ける。

 寝息すら聞こえぬほど静かに眠りこけるその傍らで、せめて夢の中だけでも平穏であればと願う我は、暫しその横顔を眺める。こうして眠っている間でも我の動向をしっかり感知しているのであろう。まったく、侮りがたし我が主だ。

 そんな微塵の隙も見せない由那に感服と呆れの両方の感情を抱きながら、我も暫しの眠りに付くべく体を丸めた。

 どうやら、我も少しは耐性が付いて来たのかもしれぬな。


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