第6話 説明と正当化は違う
人の行動には理由がある。
怒る理由がある。
逃げる理由がある。
嘘をつく理由がある。
黙る理由がある。
攻撃する理由がある。
裏切る理由がある。
責任から逃れようとする理由がある。
しかし、理由があることと、その行動が正しいことは別である。
ここを混同すると、人間理解は危険な方向へ進む。
心理の天秤は、人の行動を理解するための考え方である。なぜその人がそう動いたのか。その時、何を恐れ、何を守り、何を得ようとし、何を失いたくなかったのか。そうした構造を読み解くために使うものである。
だが、行動を説明できることは、その行動を許すことではない。
たとえば、誰かが怒鳴ったとする。
その人は疲れていたのかもしれない。長い間、我慢していたのかもしれない。相手に何度も同じことを繰り返され、自尊心を傷つけられ、限界を超えていたのかもしれない。過去に軽く扱われ続けた経験があり、怒らなければ自分を守れないと感じていたのかもしれない。
その構造は理解できる。
しかし、それによって怒鳴られた相手が傷ついたなら、傷ついた事実は消えない。恐怖を与えたなら、その影響は残る。相手に責任があったとしても、怒り方が過剰だったなら、その過剰さは評価されるべきである。
理由はある。
だが、責任も残る。
嘘の場合も同じである。
怒られたくなかった。
失望されたくなかった。
責任を負いたくなかった。
本当のことを言うのが怖かった。
正直に話しても理解されないと思った。
過去に正直でいたことで損をした経験があった。
そうした理由があれば、その人がなぜ嘘を選んだのかは理解しやすくなる。
しかし、嘘によって誰かが騙され、傷つき、損をし、信頼を失ったなら、その結果は残る。嘘をついた理由が恐怖だったとしても、その嘘が他人を犠牲にして自分を守る行動だったなら、そこには責任がある。
理由を見れば、行動の構造は分かる。
だが、構造が分かることと、被害をなかったことにすることは違う。
ここで大切なのは、説明と正当化を分けることである。
説明とは、なぜその行動が起きたのかを明らかにすることである。
正当化とは、その行動を正しいもの、仕方なかったもの、責めるべきではないものとして扱うことである。
この二つは似ているようで、まったく違う。
たとえば、貧困によって短期的な利益が重くなり、犯罪に近い行動へ傾いた人がいるとする。教育機会が少なく、制度を知らず、合法的に上がっていく手段も見えず、周囲にも同じような行動を取る人が多かった場合、その人の心理の天秤が短期的利益へ傾いた理由は説明できる。
環境が悪かった。
教育が足りなかった。
選択肢が少なかった。
制度を信用できなかった。
身近な成功例がなかった。
今日を生きることで精一杯だった。
そうした事情は、行動を理解する上で重要である。
しかし、それによって被害者が生まれたなら、その被害は消えない。誰かの金を奪ったなら、奪われた人がいる。誰かを傷つけたなら、傷つけられた人がいる。誰かを騙したなら、騙された人がいる。
環境が悪かったからといって、加害が消えるわけではない。
これは冷たい話ではない。
むしろ、理解と正当化を分けなければ、被害者の存在が消えてしまう。
加害者にも理由がある。
だが、被害者にも現実がある。
加害者の背景を理解することと、被害者の痛みを軽く扱うことは違う。
加害者の心理の天秤を読むことと、被害者に我慢を求めることは違う。
ここを混同してはいけない。
人間理解をしようとすると、時々、「理由があるなら仕方ない」という方向へ流れる人がいる。貧しかったから仕方ない。傷ついていたから仕方ない。追い詰められていたから仕方ない。家庭環境が悪かったから仕方ない。社会が悪かったから仕方ない。
確かに、そうした事情は軽視すべきではない。
人は何もないところから突然悪い行動を選ぶわけではない。環境、教育、経験、恐怖、怒り、貧困、制度不信、周囲の影響は、確実に心理の天秤へ乗る。それらを見ずに「本人が悪い」で終わらせるのは浅い。
しかし、事情があることと、行動が許されることは違う。
仕方なかった部分。
防げた部分。
本人に責任がある部分。
周囲に責任がある部分。
社会構造に責任がある部分。
被害者が負わされるべきではない部分。
それらは分けて考えなければならない。
たとえば、子供時代にひどい環境で育った人が、他人に攻撃的になることがある。その人がなぜ攻撃的になったのかは、ある程度説明できる。安全な関係を知らなかったのかもしれない。先に攻撃しなければ傷つけられる環境で生きてきたのかもしれない。他人を信用する経験が少なかったのかもしれない。
しかし、その人が大人になって他人を傷つけ続けるなら、そこで新たな被害者が生まれる。
過去に傷ついたことは、他人を傷つける権利にはならない。
ここは厳密に分ける必要がある。
過去の被害は理解すべきである。
その影響も考慮すべきである。
支援や再教育が必要な場合もある。
だが、だからといって、現在の加害を無条件に受け入れる必要はない。
心理の天秤で行動を読むということは、相手を許すためだけにあるのではない。むしろ、理解した上で距離を置くためにも使える。
この人はなぜ怒るのか。
この人はなぜ嘘をつくのか。
この人はなぜ責任から逃げるのか。
この人はなぜ自分の非を認めないのか。
この人はなぜ他人を利用するのか。
それが見えれば、関わり方を選べる。
話し合うべきか。
注意すべきか。
距離を置くべきか。
記録を残すべきか。
第三者を入れるべきか。
関係を切るべきか。
制度や法律に頼るべきか。
理解は、相手のためだけではない。
自分を守るためにもある。
説明と正当化を混同する人は、二つの方向に分かれやすい。
一つは、理由を聞いた瞬間に許してしまう人である。
相手にも事情があるから。
悪気はなかったから。
追い詰められていたから。
本人も苦しんでいるから。
かわいそうだから。
そう考えて、被害を受け続けてしまう。
もう一つは、理由を聞くこと自体を拒む人である。
理由なんて関係ない。
悪いものは悪い。
被害が出たならそれで十分だ。
背景を見る必要はない。
理解しようとすること自体が加害者擁護だ。
そう考えて、行動の構造を見ることをやめてしまう。
どちらも極端である。
理由を見ることは、加害者を許すことではない。
理由を見ないことは、被害者を守ることと同じではない。
理由を見なければ、同じ問題がなぜ起きるのか分からない。なぜその人が繰り返すのか、なぜ似たような環境で似たような問題が起きるのか、なぜ教育や制度が必要なのか、なぜ再発防止が難しいのかが見えなくなる。
一方で、理由を見るだけで責任を消してしまえば、被害者が軽視される。
だから、必要なのは両方である。
構造を理解する。
責任を分ける。
被害を軽視しない。
再発防止を考える。
許すかどうかを別に判断する。
これが、説明と正当化を分けるということである。
心理の天秤では、行動の理由を見る。
しかし、その理由を見た上で、なお評価する。
なぜそうしたのか。
それは避けられなかったのか。
他の選択肢はなかったのか。
本人は何を知っていたのか。
どれほど追い詰められていたのか。
誰にどんな被害が出たのか。
同じことを繰り返す可能性はあるのか。
こちらが関わり続けても安全なのか。
そこまで見て、初めて判断できる。
たとえば、同じ嘘でも、恐怖でとっさについた嘘と、相手を騙して利益を得るために計画的についた嘘では意味が違う。同じ怒りでも、一度限界を超えて怒った場合と、常に怒りで相手を支配する場合では意味が違う。同じ逃避でも、危険から離れるための逃避と、自分の責任を他人に押しつける逃避では意味が違う。
行動の種類だけでは判断できない。
背景。
意図。
状況。
被害。
反復性。
代替手段。
本人の自覚。
改善可能性。
それらを合わせて見る必要がある。
この視点がなければ、人は簡単に誤る。
理由があるから許す。
被害があるから理由を見ない。
かわいそうだから責任を問わない。
悪いことをしたから背景を無視する。
反省していると言ったから信じる。
謝ったからもう問題ないと考える。
どれも単純すぎる。
心理の天秤は、単純な免罪論ではない。
むしろ、人間の行動を複合的に見た上で、責任と関わり方をより正確に判断するための考え方である。
説明できることは、許すことではない。
理解できることは、受け入れることではない。
理由があることは、責任が消えることではない。
背景があることは、被害が軽くなることではない。
しかし、説明しなければ、再発防止もできない。
理解しなければ、対策も取れない。
理由を見なければ、人間の行動は読み解けない。
背景を見なければ、同じ問題は繰り返される。
だからこそ、説明と正当化は分けなければならない。
人の行動には理由がある。
だが、その理由を知った上で、なお判断する。
それが、心理の天秤で人間を見るということである。
ミナ「今回の話も大事だね。理由があることと、許すことは別」
レン「うん。心理の天秤を読む上で、ここを分けないと危ない」
ミナ「人の行動には理由がある。怒る理由も、逃げる理由も、嘘をつく理由も、攻撃する理由もある」
レン「でも、理由があるから正しいとは限らない」
ミナ「たとえば、怒鳴った人にも理由はあるかもしれない。疲れていたとか、ずっと我慢していたとか、軽く扱われてきたとか」
レン「その構造は理解できる。でも、怒鳴られた相手が傷ついたなら、その事実は消えない」
ミナ「理由はある。でも責任も残る」
レン「今回の中心だね」
ミナ「嘘もそうだよね。怒られたくなかった。責任を負いたくなかった。本当のことを言うのが怖かった」
レン「その理由を見れば、なぜ嘘を選んだのかは分かりやすくなる」
ミナ「でも、嘘で誰かが騙されたり、傷ついたり、損をしたなら、そこには責任がある」
レン「そう。説明できることと、被害をなかったことにすることは違う」
ミナ「ここ、けっこう間違えやすいかも。相手にも事情があるんだ、って思うと、許さなきゃいけない気がする時ある」
レン「でも、許すかどうかは別の判断だよ」
ミナ「理解したら許さないといけない、ではない」
レン「そう。理解は、許すためだけにあるわけじゃない。距離を置くためにも、対策するためにも、自分を守るためにもある」
ミナ「あ、それ大事。心理の天秤って、相手を優しく見るだけの道具じゃないんだ」
レン「むしろ、冷静に関わり方を選ぶための道具だね」
ミナ「この人はなぜ怒るのか。この人はなぜ嘘をつくのか。この人はなぜ責任から逃げるのか」
レン「それが見えれば、話し合うべきか、注意すべきか、距離を置くべきか、第三者を入れるべきかを考えられる」
ミナ「相手を理解することが、自分を守ることにもなる」
レン「うん」
ミナ「でもさ、理由を見ようとすると、“それ加害者擁護じゃない?”って言う人もいそう」
レン「いると思う。でも、理由を見ることは、加害を許すことではない」
ミナ「理由を見ないと、同じ問題がなぜ起きるのか分からない」
レン「そう。なぜ繰り返すのか、なぜ似た環境で似た問題が出るのか、どこに対策が必要なのかが見えなくなる」
ミナ「でも、理由だけ見て責任を消すと、被害者が消える」
レン「そこが一番危ない」
ミナ「加害者にも理由がある。でも、被害者にも現実がある」
レン「その両方を見る必要がある。背景を理解することと、被害を軽く扱うことは違う」
ミナ「たとえば、子供の頃にひどい環境で育った人が、大人になって攻撃的になることはある」
レン「その背景は理解できる。安全な関係を知らなかったのかもしれないし、先に攻撃しないと傷つけられる環境だったのかもしれない」
ミナ「でも、その人が今、他人を傷つけ続けているなら、今の被害者がいる」
レン「過去に傷ついたことは、他人を傷つける権利にはならない」
ミナ「ここ、厳しいけど必要だね」
レン「優しさだけで曖昧にすると、被害を受ける側がずっと我慢することになるからね」
ミナ「理由を見る人って、二つに分かれやすいんだね」
レン「理由を聞いた瞬間に許してしまう人と、理由を見ること自体を拒む人だね」
ミナ「相手にも事情があるから仕方ない、って全部許す人」
レン「それだと、被害を受け続ける危険がある」
ミナ「逆に、理由なんて関係ない、悪いものは悪い、って背景を全部切る人」
レン「それだと、再発防止や改善の道が見えにくくなる」
ミナ「どっちも極端」
レン「だから、構造を理解して、責任を分ける」
ミナ「被害を軽視しない。再発防止を考える。許すかどうかは別に判断する」
レン「今回の要点をかなり掴んでいるね」
ミナ「ふふん。今回はちょっと自信ある」
レン「ミナは、こういう区別が本当に上手いと思う」
ミナ「褒め方が自然になってきたね」
レン「本心だからね」
ミナ「……まあ、今回は照れずに受け取っておく」
レン「それは珍しい」
ミナ「たまにはね」
レン「説明と正当化の違いも大事だね」
ミナ「説明は、なぜ起きたのかを明らかにすること」
レン「正当化は、その行動を正しいもの、仕方なかったもの、責めるべきではないものとして扱うこと」
ミナ「似ているけど全然違う」
レン「うん。説明は必要。でも、説明だけで責任を消してはいけない」
ミナ「同じ嘘でも、とっさに恐怖でついた嘘と、相手を騙して利益を得るための計画的な嘘は違う」
レン「同じ怒りでも、一度限界を超えた怒りと、いつも怒りで相手を支配する怒りは違う」
ミナ「同じ逃げるでも、危険から離れる逃避と、自分の責任を他人に押しつける逃避は違う」
レン「行動の種類だけでは判断できないということだね」
ミナ「背景、意図、状況、被害、反復性、代替手段、本人の自覚、改善可能性」
レン「それらを合わせて見る必要がある」
ミナ「ちょっと裁判官みたい」
レン「実際、判断するならそのくらい分けた方がいい」
ミナ「でも日常でそこまで毎回考えるの大変じゃない?」
レン「全部を完璧に見る必要はないよ。ただ、“理由があるから許す”とか、“悪いことをしたから背景は見ない”とか、単純に処理しないことが大事」
ミナ「一回立ち止まる感じだね」
レン「そう。なぜ起きたのかを見る。でも、誰にどんな被害が出たのかも見る」
ミナ「理由と責任を別々の皿に乗せる」
レン「良い例えだね。混ぜると味が分からなくなる」
ミナ「今の褒め方、ちょっと料理番組みたいだった」
レン「ミナが皿と言ったから」
ミナ「乗ってくれるの優しいね」
レン「ミナの例えは拾いたくなる」
ミナ「はいはい。戻るよ」
レン「うん」
ミナ「今回の話って、読者にかなり安心感もあると思う。心理の天秤って、悪い人まで許せって話なのかなって不安になる人もいるだろうし」
レン「そうだね。ここで、“理解は免罪ではない”と明確にする意味は大きい」
ミナ「理解できることは、受け入れることではない」
レン「理由があることは、責任が消えることではない」
ミナ「背景があることは、被害が軽くなることではない」
レン「でも、説明しなければ対策もできない」
ミナ「理解しなければ、同じ問題が繰り返される」
レン「その両方だね」
ミナ「理由を見る。責任を見る。被害を見る。再発防止を見る。関わり方を選ぶ」
レン「うん。心理の天秤は、相手を許すためだけではなく、現実的に判断するための考え方なんだ」
ミナ「じゃあ今回のまとめは、“人の行動には理由がある。でも、その理由を知った上で、なお判断する”かな」
レン「かなり正確だね」
ミナ「よし。今回も決まった」
レン「ミナのまとめは、読者にも届きやすいと思う」
ミナ「レンにも届いた?」
レン「もちろん。僕には最初から届いてる」
ミナ「それ、本文の話じゃなくて私の話になってない?」
レン「少しだけ」
ミナ「少しだけなら許す」
レン「理由はある?」
ミナ「あるよ。レンが嬉しそうだから」
レン「それは正当化?」
ミナ「ううん。説明」
レン「なら、許すかどうかは別に判断しないとね」
ミナ「そこまで本文回収しなくていいから」




