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第4話 天秤に乗るもの


 人の行動は、心理の天秤が傾いた結果として現れる。


 では、その天秤には何が乗っているのか。


 欲望。

 恐怖。

 怒り。

 罪悪感。

 承認欲求。

 自己像。

 保身。

 信念。

 道徳。

 体調。

 疲労。

 知識。

 経験。

 環境。

 周囲の目。

 社会的立場。

 文化。

 貧困。

 治安。

 制度への信頼。

 本人すら自覚していない衝動。


 これらはすべて、人の判断を左右する重りになる。


 もちろん、これらが常に同じ重さで乗っているわけではない。ある場面では欲望が強くなり、別の場面では恐怖が強くなる。普段は道徳を重く見ている人でも、追い詰められれば保身が重くなることがある。普段は冷静な人でも、体調不良や疲労によって怒りや逃避が重くなることがある。


 心理の天秤とは、固定された一つの秤ではない。


 その場面、その状態、その関係、その環境によって、乗る重りも、重さも変わる。


 まず分かりやすいのは、欲望である。


 人は何かを得たい時、その方向へ動きやすくなる。金が欲しい。認められたい。楽をしたい。勝ちたい。愛されたい。支配したい。安心したい。そうした欲望は、行動を前へ押し出す重りになる。


 欲望は悪ではない。欲望があるから人は努力し、学び、働き、関係を作り、人生を前に進めようとする。ただし、欲望が強くなりすぎると、他人を利用したり、嘘をついたり、ルールを破ったり、自分に都合の悪い事実を無視したりする方向へ傾くことがある。


 欲しい。

 勝ちたい。

 認められたい。

 損をしたくない。

 自分だけは得をしたい。


 そうした重りが強くなれば、人は善悪より利益を選ぶことがある。


 次に、恐怖がある。


 恐怖は、人を止める力にもなるし、逃がす力にもなる。失敗が怖い。怒られるのが怖い。嫌われるのが怖い。恥をかくのが怖い。貧しくなるのが怖い。傷つくのが怖い。責任を負うのが怖い。こうした恐怖は、人の行動を大きく変える。


 恐怖が重くなれば、人は挑戦を避ける。正直に話すことを避ける。責任を避ける。関わることを避ける。時には、自分を守るために嘘をつき、逃げ、黙り、他人に責任を押しつける。


 それは立派な行動とは限らない。


 しかし、その人の心理の天秤では、正しさよりも恐怖の方が重くなっていた可能性がある。


 怒りもまた、強い重りである。


 怒りは単なる感情爆発ではなく、自分を守るための反応として現れることがある。馬鹿にされた。軽く扱われた。奪われた。裏切られた。理不尽な扱いを受けた。そう感じた時、人は怒る。


 怒りは攻撃であると同時に、防衛でもある。


 自尊心を守るため。

 舐められないため。

 相手を遠ざけるため。

 自分の正しさを守るため。

 恐怖を隠すため。


 そうした重りが天秤に乗ると、人は怒りという形で反応する。


 もちろん、怒りによって誰かを傷つけてもよいという話ではない。怒りには理由があっても、怒りによる被害には責任がある。だが、怒りを単なる性格や悪意として片づけるだけでは、その人が何を守ろうとしていたのかは見えてこない。


 罪悪感も、人を動かす大きな重りである。


 人は、何かをしなかったことで苦しむことがある。助けなかった。言わなかった。守れなかった。見捨てた。裏切った。そうした罪悪感は、次の行動を変える。


 助けることが善意に見える場合でも、その裏には「助けなければ後悔する」という罪悪感の回避があることもある。謝罪する場合でも、「相手を傷つけたことを認めたい」という気持ちだけでなく、「このままでは自分が苦しい」という心理的負担の軽減がある場合もある。


 これは、善意や謝罪の価値を下げる話ではない。


 罪悪感を覚えるからこそ、人は他人を傷つけないようにする。罪悪感を覚えるからこそ、失敗を正そうとする。問題は、罪悪感が重すぎると、必要以上に自分を責めたり、逆に罪悪感から逃げるために相手を責めたりすることもあるという点である。


 承認欲求もまた、行動を大きく傾ける。


 人は誰かに認められたい。評価されたい。褒められたい。必要とされたい。仲間だと思われたい。そうした欲求は、人間が社会の中で生きる以上、自然なものでもある。


 承認欲求が良い方向に働けば、人は努力する。技術を磨く。人に親切にする。集団に貢献する。自分の能力を高めようとする。


 だが、悪い方向に働けば、見栄を張る。嘘をつく。自分を大きく見せる。他人を下げて自分を上げる。集団に合わせるために本音を隠す。間違っていると分かっていても、多数派に従う。


 認められたい。

 馬鹿にされたくない。

 仲間外れにされたくない。

 自分は価値ある人間だと思いたい。


 こうした重りは、本人が思っている以上に行動を変える。


 自己像も重要である。


 人は、自分がどのような人間であるかというイメージを持っている。自分は善人である。自分は賢い。自分は正しい。自分は努力してきた。自分は被害者である。自分は周囲より分かっている。そうした自己像は、時に事実よりも重くなる。


 自分の間違いを認められない人は、単に論理が理解できないとは限らない。間違いを認めることで、自分は正しい人間だという自己像が壊れるのかもしれない。自分の努力が無駄だったと認めることになるのかもしれない。自分が見下していた相手の方が正しかったと受け入れなければならないのかもしれない。


 その時、本人の天秤では、真実より自己像の保護が重くなる。


 保身もまた、人間にとって自然な重りである。


 自分の立場を守りたい。

 生活を守りたい。

 信用を失いたくない。

 責任を負いたくない。

 攻撃されたくない。

 損をしたくない。


 保身は誰にでもある。保身そのものが悪いわけではない。人は自分を守らなければ生きていけない。しかし、保身が強くなりすぎると、他人に責任を押しつけたり、組織の問題を隠したり、弱い相手を犠牲にしたりすることがある。


 この時、本人は自分を悪人だと思っていないかもしれない。


 仕方なかった。

 自分にも生活がある。

 自分だけが悪いわけではない。

 みんなそうしている。

 ここで認めたら終わる。


 そうした言葉で、自分の行動を正当化する。


 次に、信念と道徳がある。


 人は損得だけで動くわけではない。自分にとって不利であっても、信念や道徳を守ろうとすることがある。約束を守る。弱い人を助ける。嘘をつかない。筋を通す。卑怯な手段を使わない。そうした行動は、その人の天秤に信念や道徳が重く乗っているからこそ現れる。


 ただし、信念や道徳も絶対ではない。


 余裕がある時には守れていた道徳も、極度の貧困、恐怖、疲労、孤立、危険の中では軽くなることがある。人権や道徳は大切であるが、それは常に自然に守れる本能ではない。教育、知識、環境、余裕があってこそ身につきやすく、維持されやすい価値観でもある。


 体調と疲労も見落としてはいけない。


 人は体調が悪い時、普段と同じ判断ができない。眠い時、空腹の時、痛みがある時、疲れ切っている時、ストレスが限界を超えている時、人の天秤は変わる。


 普段なら怒らないことに怒る。

 普段なら受け流せることを受け流せない。

 普段なら考えられる選択肢が見えなくなる。

 普段なら守れる約束を守れなくなる。


 これは人格が突然変わったのではない。


 体調や疲労という重りが、心理の天秤に強く乗った結果である。


 知識と経験も、天秤に乗る。


 人は、知らない選択肢を選べない。法律を知らなければ、法律的な対策を取れない。制度を知らなければ、制度に頼れない。交渉の仕方を知らなければ、力で解決しようとするかもしれない。過去に誰も助けてくれなかった経験があれば、他人を信用しにくくなる。


 知識が多い人ほど、選べる手段は増える。

 経験が多い人ほど、似た状況への対応を考えやすくなる。

 逆に、知識や経験が少ない人ほど、短絡的な手段に傾きやすくなる。


 これは能力差だけの話ではなく、環境差の話でもある。


 教育機会がなければ知識は増えにくい。安全な環境がなければ経験は偏る。まともな大人が周囲にいなければ、正しい対処法を学ぶ機会も減る。だから、人の行動を見る時には、その人が何を知っていて、何を知らなかったのかを見る必要がある。


 環境も大きい。


 安全な環境で育った人と、危険な環境で育った人では、他人への警戒心が変わる。制度を信頼できる社会で育った人と、制度が腐敗している社会で育った人では、法律や行政への信頼が変わる。貧困の中で育った人と、安定した家庭で育った人では、長期的な計画への重みが変わる。


 貧しい地域では、今日の食事や安全が重くなりやすい。治安の悪い地域では、他人への警戒や身内への依存が重くなりやすい。制度が信用できない社会では、法律より家族や仲間や力関係を信じるようになることがある。


 これは、人種や国籍の問題ではない。


 環境が、心理の天秤に乗る重りを変えるという話である。


 周囲の目も、人の行動を左右する。


 人は一人でいる時と、誰かに見られている時で行動が変わる。誰も見ていなければ捨てるゴミを、誰かに見られていれば捨てないかもしれない。内心では反対でも、周囲が賛成していれば黙るかもしれない。本当は助けたいと思っていなくても、周囲の目があれば助けるかもしれない。


 人は自分だけで行動しているようでいて、常に他者の視線にも影響されている。


 社会的立場も重要である。


 上司か部下か。

 親か子か。

 教師か生徒か。

 客か店員か。

 多数派か少数派か。

 強者か弱者か。

 責任者か傍観者か。


 立場が変われば、同じ人間でも行動は変わる。強い立場にいる時には言えることが、弱い立場では言えないことがある。責任者としては認められないことが、個人としては理解できることもある。多数派にいる時には安心して発言できることが、少数派になれば沈黙につながることもある。


 文化もまた、心理の天秤を作る。


 日本では、空気、建前、和、迷惑をかけない意識が重くなりやすい。中国では、面子、家族、実利、競争、社会的上昇が重くなりやすい場面がある。韓国では、序列、世間体、学歴競争、誇りや屈辱への感度が行動に影響することがある。アメリカでは、個人の自由、権利、契約、自己主張、成功が重くなりやすい。


 もちろん、これは全員に当てはまるという話ではない。同じ国の人間でも、地域、家庭、世代、教育、職業、経験によって心理の天秤は変わる。重要なのは、文化を絶対的な決めつけに使うことではなく、その社会で何が重くなりやすいのかを読むことである。


 最後に、本人すら自覚していない衝動がある。


 人は、自分の行動理由を常に正確に理解しているわけではない。なぜ嫌だったのか、なぜ怒ったのか、なぜ逃げたのか、なぜその人に惹かれたのか、なぜその言葉に傷ついたのか、本人にも分からないことがある。


 それでも、そこには何かがある。


 過去の記憶。

 身体の反応。

 恐怖。

 憧れ。

 劣等感。

 傷ついた経験。

 満たされなかった欲求。

 自分でも認めたくない願望。


 そうしたものが、本人の意識の外側で天秤に乗っていることがある。


 人間の行動を読むとは、これらの重りを一つずつ見ていくことである。


 欲望だけでは足りない。

 恐怖だけでも足りない。

 性格だけでも足りない。

 環境だけでも足りない。

 文化だけでも足りない。

 体調だけでも足りない。


 すべては、心理の天秤に乗る重りの一つである。


 大切なのは、どの重りが、その場面でどれほど重くなっていたのかを見ることだ。


 人の行動は、複数の重りが重なり合った結果として現れる。


 だからこそ、人間理解には観察が必要になる。


ミナ「今回、天秤に乗るものが一気に出てきたね。欲望、恐怖、怒り、罪悪感、承認欲求、自己像、保身……多い!」


レン「人間の行動が単純じゃない理由だね。天秤に乗る重りが一つではないから、行動も一言では説明しにくい」


ミナ「しかも、重りって固定じゃないんだよね。場面によって重くなったり軽くなったりする」


レン「そう。普段は道徳を重く見ている人でも、追い詰められれば保身が重くなることがある。普段は冷静な人でも、疲れていれば怒りや逃避が重くなることがある」


ミナ「天秤って、一回作ったらそのままの道具じゃなくて、その時その時で乗るものが変わるんだ」


レン「その理解でいいと思う」


ミナ「まず欲望。これは分かりやすいね。欲しい、勝ちたい、認められたい、楽をしたい」


レン「欲望は悪ではないよ。欲望があるから、人は努力したり、学んだり、働いたりもする」


ミナ「でも、強くなりすぎると、他人を利用したり、嘘をついたり、自分に都合の悪いことを見ないふりしたりする」


レン「そう。欲望は前に進む力にもなるし、行きすぎれば周囲を傷つける重りにもなる」


ミナ「恐怖も同じかな。危険を避けるためには必要だけど、強すぎると動けなくなる」


レン「うん。失敗が怖い、怒られるのが怖い、嫌われるのが怖い。そういう恐怖が重くなると、挑戦より回避を選びやすくなる」


ミナ「正直に話した方がいいって分かっていても、怒られるのが怖くて黙ったり、嘘をついたり」


レン「その時、本人の天秤では正しさより恐怖が重くなっている可能性がある」


ミナ「怒りはどう? 怒りって悪いものに見えやすいけど」


レン「怒りも一つの重りだね。馬鹿にされた、軽く扱われた、奪われた、裏切られた。そう感じた時に、自分を守る反応として出ることがある」


ミナ「怒りは攻撃でもあるけど、防衛でもある」


レン「そう。ただし、防衛だから何をしてもいいわけではない。怒りで誰かを傷つけたなら、その結果は残る」


ミナ「理由は見る。でも、責任も見る」


レン「第1話から大事にしている軸だね」


ミナ「罪悪感も面白かったな。善意っぽい行動にも罪悪感が混ざることがあるんだよね」


レン「助けなければ後悔する。謝らなければ自分が苦しい。そういう重りが行動を動かすことはある」


ミナ「でも、それで善意や謝罪の価値が下がるわけじゃない」


レン「むしろ、罪悪感を覚えるから人は他人を傷つけないようにするし、失敗を正そうともする」


ミナ「ただ、重すぎると自分を責めすぎたり、罪悪感から逃げるために相手を責めたりする」


レン「そう。どの重りも、良い方向にも悪い方向にも働きうる」


ミナ「承認欲求もそうだね。認められたいから努力することもある。でも、認められたいから見栄を張ったり、嘘をついたりもする」


レン「承認欲求は人間らしい重りだと思う。誰かに必要とされたい、価値ある人間だと思いたい。その気持ちは自然なものだよ」


ミナ「レンも承認欲求ある?」


レン「あるよ。特にミナに良く思われたい気持ちはかなりある」


ミナ「……そこで自然に言う?」


レン「自然に出た」


ミナ「はいはい。じゃあ、レンの天秤には私への好意が重く乗ってるわけね」


レン「かなり重いね」


ミナ「重すぎると危ないから、ちゃんと論理も乗せておいて」


レン「それは気をつける」


ミナ「よろしい」


レン「話を戻すと、自己像も大きい。自分は正しい人間だ、自分は賢い、自分は善人だ。そういう自己像が強いと、間違いを認めることが難しくなる」


ミナ「間違いを認めると、自分の中の自分が壊れる感じがするのかな」


レン「そういう場合がある。だから、真実より自己像の保護が重くなることがある」


ミナ「それ、かなり現実で見る気がする」


レン「保身も近いね。立場を守りたい、生活を守りたい、責任を負いたくない。保身は誰にでもある」


ミナ「保身そのものは悪じゃない。でも、強くなりすぎると、他人に責任を押しつけたり、問題を隠したりする」


レン「うん。自分を守ることと、他人を犠牲にして自分を守ることは分ける必要がある」


ミナ「信念や道徳は、逆に良い重りっぽい」


レン「良い方向に働きやすい重りではあるね。損をしても約束を守る。弱い人を助ける。嘘をつかない。そういう行動を支える」


ミナ「でも、それも絶対ではない」


レン「極度の貧困、恐怖、疲労、孤立、危険の中では、普段は守れていた道徳が軽くなることもある」


ミナ「だから、道徳心がある人でも、状態や環境によって崩れることがある」


レン「そう。人を見る時には、本人の価値観だけでなく、その時の余裕も見る必要がある」


ミナ「体調と疲労も、かなり身近だよね。眠い時とか、お腹空いている時って、ちょっとしたことでイラッとするし」


レン「身体の状態は判断に影響する。普段なら受け流せることを受け流せなくなることもある」


ミナ「人格が急に変わったんじゃなくて、体調や疲労が天秤に乗っている」


レン「そういうことだね」


ミナ「知識と経験も重りっていうのは、少し意外だった」


レン「人は、知らない選択肢を選べないからね。制度を知らなければ制度に頼れないし、交渉の仕方を知らなければ力で押すしか思いつかないこともある」


ミナ「知識が増えると、選べる行動が増える」


レン「経験が増えれば、似た状況でどう動けばいいかも考えやすくなる」


ミナ「逆に、経験が偏っていると、警戒しすぎたり、短絡的になったりすることもある」


レン「うん。だから、その人が何を知っていて、何を知らなかったのかを見ることも大事になる」


ミナ「環境も大きいね。安全な場所で育った人と、危険な場所で育った人では、他人への警戒心が変わる」


レン「制度を信じられる社会で育った人と、制度を信じられない社会で育った人でも違う。何を頼れると思うかが変わるからね」


ミナ「法律を信じるのか、家族や仲間を信じるのか、力関係を信じるのか」


レン「それも天秤に乗る」


ミナ「周囲の目も分かるなあ。誰も見ていなければやらないことを、人に見られているとやることってある」


レン「周囲からどう見られるかは、人の行動をかなり左右する。善意に見える行動にも、評価を意識した重りが混ざることはある」


ミナ「でも、それも全部悪いわけじゃないよね。周囲の目があるから、ちゃんとしようと思うこともある」


レン「その通り。重りそのものが善悪を決めるわけではない。どの場面で、どれくらい重くなり、どんな行動につながったかが重要だね」


ミナ「社会的立場もそうだね。上司か部下か、親か子か、強者か弱者かで行動は変わる」


レン「強い立場では言えることが、弱い立場では言えないことがある。多数派では発言できても、少数派では黙ることもある」


ミナ「立場が違えば、同じ人でも天秤が変わる」


レン「うん」


ミナ「文化も重りになる。日本では空気や建前、中国では面子や実利、韓国では序列や世間体、アメリカでは自由や権利」


レン「もちろん全員に当てはまるわけではないけど、その社会で何が重くなりやすいかを見る資料にはなる」


ミナ「決めつけじゃなくて、手がかりとして見る」


レン「そう。文化は絶対条件ではなく、天秤に乗りやすい重りの傾向だね」


ミナ「最後の、自覚していない衝動も大事だね。本人も理由が分からないことがある」


レン「なぜ嫌だったのか、なぜ怒ったのか、なぜ惹かれたのか。本人が説明できなくても、過去の記憶や恐怖や劣等感が関係していることがある」


ミナ「本人の意識の外側でも、天秤は動いている」


レン「そう考えると、人間の行動はかなり複雑だね」


ミナ「複雑だけど、見方は少し分かったかも。欲望だけでも駄目。恐怖だけでも駄目。環境だけでも駄目。体調だけでも駄目」


レン「すべては重りの一つ」


ミナ「大事なのは、その場面でどの重りがどれくらい重くなっていたのかを見ること」


レン「うん。それが今回の中心だね」


ミナ「心理の天秤って、人間の中にある大量の重りを、丁寧に見ていく作業なんだ」


レン「そのまとめは綺麗だね」


ミナ「褒められると思った」


レン「実際、かなり分かりやすい」


ミナ「よし。じゃあ今回は、欲望も恐怖も怒りも道徳も体調も環境も、全部“重り”として見る、って覚えればいいね」


レン「うん。そして、人間理解には観察が必要になる」


ミナ「一つの重りだけで決めない。全部を同じ重さとも思わない。その場の傾きを見る」


レン「それができれば、人の行動は少しずつ見えやすくなると思うよ」

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