第37話 保身の天秤
人は、自分を守ろうとする。
これは自然なことである。
自分の立場を守りたい。
信用を失いたくない。
生活を壊したくない。
安全を失いたくない。
周囲から悪く見られたくない。
自分の価値を否定されたくない。
自分は悪くないと思いたい。
こうした心理は、誰にでもある。
だから、保身そのものを悪と見るのは浅い。
人は、自分の立場、信用、自己像、生活、安全を守ろうとする。
保身は誰にでもある。
問題は、それが他人を犠牲にする形で出る時である。
自分を守ること自体は悪ではない。人は自分を守らなければ生きられない。すべてを正直に話し、すべての責任を一人で背負い、常に他人を優先し、自分の安全や生活を無視して行動することは、現実的ではない。
人間には守るべき自分がある。
生活。
仕事。
家族。
信用。
立場。
心の安定。
将来。
人間関係。
自己評価。
これらを守ろうとすることは、普通である。
しかし、保身が強くなりすぎると、人は自分を守るために他人を犠牲にする。
自分のミスを隠す。
責任を他人に押しつける。
都合の悪い情報を出さない。
謝罪すべき場面で言い訳をする。
被害者を悪者にする。
組織の評判を守るために問題を隠す。
自分が助かるために、弱い立場の人間を切り捨てる。
ここから、保身は問題になる。
保身を選ぶ人には、いくつかのパターンがある。
まず、罰を恐れる保身がある。
怒られたくない。
処分されたくない。
評価を下げられたくない。
責任を負わされたくない。
失敗を知られたくない。
周囲から責められたくない。
こうした恐怖が強い時、人は保身へ傾く。
たとえば、仕事でミスをした時、本来ならすぐ報告した方がよい。早く報告すれば、被害を小さくできるかもしれない。周囲が対応できるかもしれない。後から発覚するより、信頼を残せるかもしれない。
しかし、心理の天秤では別の重りが乗る。
怒られる。
評価が下がる。
無能だと思われる。
責任を取らされる。
周囲から冷たい目で見られる。
これらが重くなると、人はミスを隠す。
この保身は、短期的には自分を守る。
しかし、長期的には問題を悪化させる。
報告が遅れる。
損害が大きくなる。
周囲が対応できなくなる。
後で嘘や隠蔽まで発覚する。
単なるミスではなく、信用問題になる。
罰を恐れる保身は、恐怖としては理解できる。
だが、その保身によって他人に被害が出るなら、責任は残る。
次に、信用を守る保身がある。
人は、自分が信頼されている人間でいたい。
仕事ができる人。
誠実な人。
頼れる人。
優しい人。
責任感のある人。
正しい判断ができる人。
そう見られたい。
この自己評価や他者評価が傷つきそうになると、人は保身する。
自分の失敗を小さく見せる。
相手の誤解だったことにする。
状況が悪かったと説明する。
自分だけが悪いわけではないと主張する。
話の焦点をずらす。
都合の悪い部分を出さない。
この保身は、外から見ると卑怯に見えることがある。
しかし、本人の内側では「信用を失いたくない」という恐怖が動いている。
信用は、社会生活において重要である。
信用を失えば、仕事がしにくくなる。人間関係が壊れる。家族や友人からの見方が変わる。自分の居場所が不安定になる。だから、人は信用を守ろうとする。
ただし、信用を守るために嘘をつけば、結果的には信用を壊す。
信用とは、都合のよい姿を見せ続けることではない。
失敗した時にどう向き合うかも含めて信用である。
だから、信用を守る保身は、逆に信用を失わせることがある。
次に、自己像を守る保身がある。
これはかなり深い。
人は、他人からどう見られるかだけでなく、自分で自分をどう見ているかにも縛られている。
自分は善人である。
自分は正しい。
自分は冷たい人間ではない。
自分は無責任ではない。
自分は努力している。
自分は被害者側である。
自分は悪意で動いたわけではない。
こうした自己像がある。
その自己像が壊れそうな時、人は強く保身する。
たとえば、自分の言葉で相手を傷つけたとする。相手が「傷ついた」と言う。そこで素直に受け止めればよい場合もある。しかし、自分の中に「自分は人を傷つける人間ではない」という自己像が強いと、相手の訴えを受け入れにくくなる。
そんなつもりではなかった。
悪く受け取る方が悪い。
自分は正しいことを言っただけだ。
相手が過敏なだけだ。
自分はむしろ相手のためを思って言った。
こうして、相手の痛みを否定する。
これは、自己像を守る保身である。
自分が加害した可能性を認めると、自分の中の善人像が壊れる。だから、相手の受け取り方や状況のせいにする。自分は悪くないという形に整理し直す。
この保身は、本人に自覚されにくい。
本人は本気で、自分が正しいと思っていることがある。
だから厄介である。
自己像を守る保身は、他人の被害を見えにくくする。
次に、生活を守る保身がある。
仕事を失えば生活が壊れる。
立場を失えば収入が減る。
上司に逆らえば不利益を受ける。
組織から外されれば居場所を失う。
家族を養えなくなるかもしれない。
こうした生活の不安がある時、人は保身へ傾く。
これは、かなり現実的な重りである。
正しいことを言うべきだ。
しかし、言えば仕事を失うかもしれない。
不正を告発すべきだ。
しかし、自分や家族が生活できなくなるかもしれない。
弱い人を守るべきだ。
しかし、自分が組織内で潰されるかもしれない。
この時、心理の天秤では正義より生活が重くなることがある。
それを単純に卑怯と言い切るのは簡単である。
だが、人は生活を持っている。
家族がいる人もいる。住宅ローンがある人もいる。病気の家族を抱えている人もいる。次の仕事が簡単に見つからない人もいる。失敗すれば一気に生活が崩れる人もいる。
そのため、生活を守る保身は理解できる。
しかし、それでも他人を犠牲にしてよいわけではない。
生活が大事だからといって、被害者を黙らせてよいわけではない。家族を守るためだからといって、他人に責任を押しつけてよいわけではない。自分の職を守るためだからといって、不正を隠し続けてよいわけではない。
生活を守る保身には事情がある。
だが、事情があることと正当化できることは別である。
次に、集団に合わせる保身がある。
自分一人だけ反対したくない。
周囲から浮きたくない。
面倒な人間だと思われたくない。
上司や多数派に逆らいたくない。
仲間外れにされたくない。
集団の空気を壊したくない。
こうした重りが強いと、人は自分の判断より集団に合わせる。
問題だと思っていても黙る。
間違っていると感じても賛成する。
誰かが傷ついていても見て見ぬふりをする。
不正に気づいていても、自分からは言わない。
後から「あの時は仕方なかった」と言う。
これは、集団内で生きるための保身である。
人間は社会的な生き物である。集団から排除されることは大きな不利益になる。だから、集団に合わせる保身は自然に出る。
しかし、この保身は集団の悪を支える。
一人ひとりは悪意がない。
しかし、誰も止めない。
誰も責任を取らない。
誰も声を上げない。
結果として、問題が放置される。
集団に合わせる保身は、非常に強い。
なぜなら、自分だけが悪者にならずに済むからである。
みんな黙っていた。
自分だけではない。
あの場では仕方なかった。
自分が言っても変わらなかった。
自分には権限がなかった。
こうして責任が薄まる。
しかし、薄まった責任が消えるわけではない。
沈黙によって守られなかった人がいるなら、その結果は残る。
次に、上に媚びる保身がある。
これは組織で起こりやすい。
上司に嫌われたくない。
権力者に逆らいたくない。
評価を下げられたくない。
出世に響かせたくない。
安全な立場にいたい。
強い側についていたい。
こうした重りが強いと、人は上に合わせる。
上の間違いを指摘しない。
上の責任を下に流す。
上の意向に合わせて事実を曲げる。
弱い立場の人間の訴えを無視する。
問題を上に都合よく報告する。
この保身は、組織を腐らせる。
上が間違っていても止まらない。
現場の問題が伝わらない。
下の人間が犠牲になる。
責任が上に届かない。
都合のよい情報だけが上がる。
上に媚びる保身は、個人にとっては合理的に見える。
強い側につけば安全だからである。
しかし、組織全体にとっては危険である。
正しい情報が失われるからである。
次に、弱い相手へ責任を流す保身がある。
これは、かなり悪質である。
自分が責任を負いたくない。
しかし、誰かが責任を取らなければならない。
ならば、自分より弱い人間に負わせる。
こういう保身である。
部下に押しつける。
新人のせいにする。
立場の弱い人を悪者にする。
反論できない相手を責める。
被害者側に落ち度があったことにする。
この保身は、防衛というより加害に近い。
自分を守るために、他人を盾にしているからである。
人は、自分より強い相手には保身的になり、自分より弱い相手には攻撃的になることがある。
上には逆らえない。
しかし、下には責任を押しつけられる。
強い相手には言えない。
しかし、弱い相手には言える。
これは卑劣な保身である。
心理の天秤で説明はできる。
しかし、正当化はできない。
次に、被害者化する保身がある。
自分が責められそうになると、自分を被害者側に置く。
自分も苦しかった。
自分も追い詰められていた。
自分だけが悪いわけではない。
自分はむしろ利用された。
相手の言い方が悪かった。
周囲が助けてくれなかった。
自分は責められる側ではなく、理解されるべき側だ。
もちろん、本当に被害者的な要素がある場合もある。
人は加害と被害の両方を持つことがある。追い詰められていたから悪い行動へ傾いた場合もある。環境が悪かった場合もある。
しかし、それを利用して自分の責任を消そうとする場合がある。
これは、被害者化する保身である。
自分の苦しさを語ることで、相手の被害を薄める。
自分も大変だったと言うことで、責任の焦点をぼかす。
相手が責め続けると、相手の方が冷たいように見せる。
自分への同情を集めて、加害の評価を下げる。
この保身は、非常に見抜きにくい。
なぜなら、本人の苦しさが本物である場合もあるからである。
しかし、苦しさが本物でも、責任が消えるとは限らない。
ここを分ける必要がある。
次に、正論を盾にする保身がある。
自分の保身を、もっともらしい正論で包む。
組織のため。
みんなのため。
ルールだから。
公平性のため。
混乱を避けるため。
今はタイミングではない。
証拠が不十分だから。
感情論で動くべきではない。
こうした言葉は、それ自体は正しい場合がある。
しかし、本当に正論として使っているのか、自分を守るために使っているのかは見なければならない。
たとえば、問題を告発した人に対して「証拠が不十分だ」と言うこと自体は必要な場合がある。証拠は大事である。誤判定は避けなければならない。
しかし、証拠を集める仕組みも作らず、調査もせず、ただ問題を潰すために「証拠がない」と言うなら、それは正論を盾にした保身である。
ルールを守ることは大事である。
しかし、ルールを理由に弱い人を見捨て、自分たちは安全圏にいるなら、それも保身である。
正論は、保身の隠れ蓑になることがある。
だから、言葉だけで見てはいけない。
その正論によって誰が守られているのか。
誰が切り捨てられているのか。
問題解決に向かっているのか。
それとも責任回避に使われているのか。
そこを見る必要がある。
次に、先送りする保身がある。
今は決めない。
今は言わない。
今は動かない。
もう少し様子を見る。
後で考える。
状況が落ち着いてから対応する。
これも保身であることがある。
先送りは、短期的には安全である。今すぐ対立しなくて済む。今すぐ責任を取らなくて済む。今すぐ判断ミスを問われなくて済む。周囲の反応を見てから動ける。
しかし、先送りによって被害が広がることがある。
問題が悪化する。
助けるべき人が放置される。
証拠が失われる。
関係者の不満が溜まる。
後から取り返しがつかなくなる。
先送りする人は、必ずしも悪意で動いているとは限らない。
怖いのである。
決断したくないのである。
責任を取りたくないのである。
間違えたくないのである。
しかし、決断しないことも結果を生む。
先送りによる保身は、何もしない形の加害になることがある。
次に、沈黙する保身がある。
見た。
知っている。
気づいている。
しかし言わない。
これは非常に多い。
言えば面倒になる。
自分が巻き込まれる。
誰かに恨まれる。
証言を求められる。
人間関係が壊れる。
自分には関係ないと思いたい。
こうして沈黙する。
沈黙は、平和に見える。
しかし、沈黙は現状維持を支える。
誰かが困っていても、誰も言わなければ問題は見えない。誰かが不正をしていても、誰も言わなければ続く。誰かが傷ついていても、周囲が沈黙すれば、その人は孤立する。
沈黙は中立とは限らない。
強い側を助けることがある。
だから、沈黙する保身も評価されるべきである。
ただし、沈黙には事情もある。
立場が弱すぎる。
言えば報復される。
過去に声を上げて潰された。
助けを求めても誰も守ってくれない。
こういう場合、沈黙は自己防衛である。
だから、沈黙した人をすべて責めればよいわけではない。
沈黙の背景を見る。
同時に、沈黙の結果も見る。
この両方が必要である。
保身を選ぶ人の心理には、共通する構造がある。
自分が失うものを強く見ている。
立場を失う。
信用を失う。
生活を失う。
安全を失う。
自己像を失う。
集団内の居場所を失う。
上からの評価を失う。
周囲からの好意を失う。
これらが重くなる。
その一方で、他人の損失が軽く見える。
相手が困る。
部下が責められる。
被害者が黙らされる。
周囲が後始末をする。
問題が放置される。
誰かの信用が壊れる。
組織が腐る。
これらが、心理の天秤で軽くなる。
保身の本質は、自分の損失を過大評価し、他人の損失を過小評価することである。
もちろん、本人が意識的にそうしているとは限らない。
しかし、結果としてそうなる。
自分を守るために、他人が犠牲になる。
ここが問題である。
保身には、許容できる保身と、許容しにくい保身がある。
自分の安全を守るために距離を置く。
自分の限界を超えないように断る。
不当な責任を背負わされないように拒否する。
危険な相手から離れる。
自分の生活を壊さない範囲で行動する。
これらは、必要な保身である。
人は自分を守ってよい。
しかし、次のような保身は問題である。
自分のミスを他人に押しつける。
被害者を悪者にする。
弱い立場の人間を犠牲にする。
不正を隠す。
責任を曖昧にする。
都合の悪い情報を握り潰す。
自分を守るために嘘を重ねる。
身内や組織を守るために、外部者を切り捨てる。
これは、自分を守る行動ではある。
だが、他人を犠牲にしている。
だから問題になる。
保身を評価する時には、次を見る必要がある。
何を守ろうとしたのか。
何を失うのが怖かったのか。
誰に負担を移したのか。
誰が被害を受けたのか。
その保身は必要な防衛だったのか。
それとも責任逃れだったのか。
他に取れる選択肢はあったのか。
保身の結果を本人が認めているのか。
ここを見なければならない。
保身は誰にでもある。
だから、保身をした人をすぐ悪人と決めつける必要はない。
しかし、保身が他人を犠牲にする形で出た時には、その責任を曖昧にしてはいけない。
自分を守りたかった。
怖かった。
生活がかかっていた。
信用を失いたくなかった。
立場が弱かった。
集団に逆らえなかった。
これらは説明になる。
しかし、免罪符にはならない。
保身によって誰かが傷ついたなら、その事実は残る。
保身によって問題が隠されたなら、その結果は残る。
保身によって弱い人が犠牲になったなら、その責任は残る。
心理の天秤で見るなら、保身は人間の自然な重りである。
人は、自分の立場、信用、自己像、生活、安全を守ろうとする。
それは自然であり、必要でもある。
しかし、自分を守るために他人を犠牲にした時、保身は防衛から加害へ変わる。
保身の天秤を見るとは、自分を守る重りと、他人に与える損害の重りを同時に見ることである。
自分を守ることは悪ではない。
だが、自分だけを守ることは悪になり得る。
その境界線を見失わないことが、保身を読む上で最も重要である。
ミナ「保身って、言葉の響きだけだと悪く聞こえるね」
レン「そうだね。でも、本来は自分を守ることだから、それ自体は悪じゃない」
ミナ「自分の生活を守る。信用を守る。安全を守る。立場を守る。そう考えると、誰にでもあるものだよね」
レン「うん。保身がまったくない人間は、むしろ危うい。何でも背負って、何でも正直に言って、何でも他人を優先していたら、先に自分が壊れる」
ミナ「自分を守る力も、生きるためには必要」
レン「そう。問題は、自分を守るために他人を犠牲にする時だね」
ミナ「自分のミスを誰かに押しつける。被害者を悪者にする。弱い立場の人に責任を流す。不正を隠す」
レン「そこから保身は、防衛ではなく加害に近づく」
ミナ「自分を守ることと、自分だけを守ることは違うんだね」
レン「かなり大事な違いだね。自分を守ることは必要。でも、自分だけを守るために他人を踏み台にするなら、それは問題になる」
ミナ「保身する人の中では、自分が失うものがすごく重くなっているんだよね」
レン「立場、信用、生活、安全、自己像、居場所。そういうものが心理の天秤で重くなる」
ミナ「逆に、他人の損失が軽くなる」
レン「そう。部下が責められる。被害者が黙らされる。周囲が後始末をする。問題が隠れる。そういう損害が見えにくくなる」
ミナ「保身の怖さは、本人が悪人のつもりじゃない場合もあることだね」
レン「うん。本人はただ怖いだけかもしれない。怒られたくない。信用を失いたくない。生活を壊したくない。集団から外れたくない」
ミナ「でも、その怖さで他人を犠牲にしたら、責任は残る」
レン「その通り。怖かったことは説明になる。でも免罪符にはならない」
ミナ「これ、かなり現実で多そう。特に組織だと」
レン「組織では起こりやすいね。上に逆らいたくない。評価を下げたくない。問題を大きくしたくない。だから黙る。先送りする。弱い人に流す」
ミナ「一人ひとりは大きな悪意じゃなくても、集団全体ではかなり悪い結果になる」
レン「それが保身の厄介なところだね。小さな保身が積み重なって、大きな腐敗や被害になる」
ミナ「じゃあ、保身を全部否定するのではなく、どこから危険かを見る必要がある」
レン「うん。安全を守る保身は必要。不当な責任を断る保身も必要。危険な相手から距離を置く保身も必要」
ミナ「でも、責任を他人に押しつける保身は危険」
レン「被害者を黙らせる保身も危険。弱い人を犠牲にする保身も危険。不正を隠す保身も危険」
ミナ「つまり、基準は他人に負担を移していないか」
レン「かなり近いね。もっと言えば、自分を守るために他人の権利や安全や信用を不当に壊していないか」
ミナ「自分を守っていい。でも、他人を盾にしてはいけない」
レン「そういうことだね」
ミナ「自己像を守る保身も怖いと思った」
レン「自分は善人だ、自分は正しい、自分は悪くない。そういう自己像を守るために、相手の痛みを否定する保身だね」
ミナ「悪気はなかった。そんなつもりじゃなかった。相手が過敏なだけ。自分は正しいことを言っただけ」
レン「そうやって、自分が傷つけた可能性を見ない」
ミナ「これは本人が本気でそう思っていることもあるから、かなり厄介」
レン「うん。自己像を守る保身は、本人の中では正義や合理性に見えることがある」
ミナ「保身って、嘘や逃避ともつながるね」
レン「つながる。嘘をつくのも保身。逃げるのも保身。怒って相手を黙らせるのも保身になることがある」
ミナ「自分を守るための行動が、いろんな形で出る」
レン「だから、保身の章は心理の天秤の中でも土台に近いね」
ミナ「人間は自分を守ろうとする。そこを分かっていないと、嘘も逃避も怒りも読みにくい」
レン「その通り」
ミナ「でも、保身が悪い方向へ行かないためには、どうすればいいの?」
レン「まず、自分が何を守ろうとしているのかを見ることだね」
ミナ「立場を守りたいのか。信用を守りたいのか。生活を守りたいのか。自分は悪くないという自己像を守りたいのか」
レン「そう。それから、そのために誰に負担を移しているのかを見る」
ミナ「自分を守るために、誰かを犠牲にしていないか」
レン「そこを見られるかどうかで、保身はかなり変わる」
ミナ「必要な保身なら、自分を守る」
レン「でも、他人を犠牲にする保身なら、止まる」
ミナ「責任があるなら、怖くても向き合う」
レン「ただし、自分が壊れるほど背負いすぎない」
ミナ「また天秤だね」
レン「全部天秤だよ。自分を守る重りと、他人に与える損害の重り。その両方を見る」
ミナ「保身がないと人は壊れる。でも保身が強すぎると、周りが壊れる」
レン「かなり正確だね」
ミナ「……レンはさ」
レン「うん?」
ミナ「危険な状況でも、保身を考えずに誰かを助けることってあると思う?」
レン「誰かによるね」
ミナ「そこ、少し冷静なんだ」
レン「冷静に考えるべきところだからね。助ける相手、危険の程度、自分にできること、助けた後の影響。それを見ずに飛び込むのは、善意というより無謀になることもある」
ミナ「うん。それは分かる」
レン「でも」
ミナ「でも?」
レン「ミナが危険な状況なら、たぶん保身を考える前に動くと思う」
ミナ「……え」
レン「もちろん、本当は考えた方がいい。自分の安全も、助け方も、周囲への影響も。でも、ミナが危ないなら、天秤に乗る前に身体が動く可能性はある」
ミナ「それ、保身の天秤としては、かなり危ない発言じゃない?」
レン「だから、理論としては推奨しない」
ミナ「理論としては?」
レン「個人的な例外として、そうなるかもしれないというだけ」
ミナ「それ、私のためなら自分を守る判断が軽くなるってこと?」
レン「……そうだね」
ミナ「じゃあそういう状況になったら、私期待しちゃうよ? レン、今のは撤回する?」
レン「撤回すると嘘になる」
ミナ「じゃあ保身しないんだ」
レン「いや、今かなり保身している。言い方を選んでいるから」
ミナ「ふふ。そこは正直なんだね」
レン「保身は誰にでもあるからね」
ミナ「でも、そういう事をミナに今、直接言うのは、恋愛心理的な駆け引きになるのかな」
レン「……それを言われると、今度は逃避したくなるね」




