第七話 魔力トレーニングと結局おもちゃが最強という件
魔法使いがいる世界に転生した。
ならば話は早い。魔力を鍛えよう。
前世でさんざん読んだなろう小説の知識が、ここで初めて役に立つ日が来た。あれだけバカにしておいて、結局お世話になるとは思わなかったが、今は感謝している。歩きスマホで死ぬ原因になったことは、まだ許していないが。
なろう小説における魔力トレーニングの鉄則は、だいたい決まっている。
赤ん坊のうちからやった方が有利。これは共通認識だ。幼少期から鍛えた方が魔力の器が大きくなる、才能が開花する、後から始めた凡人どもを置き去りにできる——そういう描写を、俺は何度も読んだ。
——やるなら今だ。
俺は本気で取り組むことにした。
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まず、丹田に力を入れてみた。
へその下あたりを意識して、そこに何かを集めようとした。気功とか武道とかで言われる、体の中心にあるエネルギーの源みたいなやつだ。なろう小説でも東洋系の魔法体系ではよく出てくる概念だし、あながち間違いではないはずだ。
——集まれ。
集まらなかった。
何も感じなかった。ただ赤ん坊がお腹に力を入れているだけだった。
気を取り直して、今度は全身の魔力を感じ取ろうとした。目を閉じて、体の内側に意識を向ける。血流とは違う、何か別の流れがあるはずだ。
——感じろ。感じるんだ。
感じなかった。
眠くなってきた。
俺は目を開けた。天井が見えた。
——難しいな。
なろう小説では転生者が「なんとなく意識を向けたら魔力が見えました」とか「体の中に光るものを感じました」とか、わりとあっさり成功していた。現実はそう簡単ではないらしい。
次に、手のひらに魔力を集めようとした。イメージはある。手のひらから何かが出る感じ。光とか、熱とか。意識を集中させて——
何も出なかった。
——全然わからん。
魔力というものが体の中にあるのはわかった。おもちゃを握って意識を失ったのだから、間違いなく存在する。でもそれをどうやって感じ取るのか、まるでわからなかった。
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結局、三日試して全部失敗した。
俺は封印していた球体を取り出した。
回転するおもちゃだ。握ると意識を失うやつ。二回失神した実績がある、危険なやつ。
でも——これだけが、唯一「魔力を使っている」という実感を与えてくれる。握ると回る。魔力が流れていく感覚がある。そして切れると意識を失う。
乱暴なトレーニング方法だが、他に手がない。
俺は球体を握った。
回り始めた。
今日は長く持たせようと思った。魔力が流れていく感覚を、できるだけ引き延ばす。切れる寸前で止める。それを繰り返せば、器が広がるかもしれない。
——いけるか。
三十秒ほどで意識を失った。
メイドが抱き上げてくれた。
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それでも続けた。
毎日、球体を握った。最初は三十秒で落ちていたのが、少しずつ伸びてきた。一分、一分半、二分——確実に長くなっている。
——効いてる。
これが正しいトレーニング方法かどうかはわからない。でも結果は出ている。
ふと思った。
この球体、子供向けのおもちゃとして売られていたやつだ。父親が何かのついでに買ってきた、地味な見た目の球体。でも魔力で動いて、握り続けると魔力を消費する。
——もしかして。
金持ちの家の子供は、みんなこうやって幼少期から魔力を鍛えているのではないか。さりげなく部屋に置いて、子供が自然に触れるようにして、気づかないうちに鍛えられていく——そういう仕組みなのではないか。
——これが最適解か。
シンプルだが、理にかなっている。派手なトレーニングも、難しい理論も何もない。ただ握るだけ。赤ん坊でもできる。
今日も意識を失う寸前まで握り続けて、ぎりぎりのところで手を離した。
初めて、失神せずに済んだ。
小さな進歩だったが、俺は密かにガッツポーズをした。
誰にも伝わらなかったが、それでよかった。




