第十七話 冬至祭りと光の話
朝、目が覚めると、部屋の空気が違った。
エミリーがいた。いつも通りの時間に、いつも通り部屋に入ってきた。
でも——服が違った。メイド服ではなかった。落ち着いた深い緑のドレスだった。
動きやすさより、見た目を意識した服だ。
エミリーはにこにこしたまま俺を抱き上げたが、いつもと違う布の感触が腕から伝わってきた。
——何かある日だな。前世の営業経験が、無意味に反応した。
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午前中から、部屋が変わり始めた。
使用人たちが次々と入ってきて、何かを取り付けたり、飾ったりしていた。
俺はエミリーに抱かれながら、それを眺めていた。
天井に、光の粒が浮かんだ。
最初は一つだった。それがすぐに十になり、百になり——気づけば天井全体が、小さな光の粒で埋め尽くされていた。
ゆっくりと動いている。呼吸しているような、揺れ方だった。
次に、雪が降り始めた。室内なのに、雪が降っていた。
白い粒がふわふわと漂いながら、でも床には積もらなかった。
手を伸ばして触れようとした。冷たくなかった。溶けなかった。
魔法で作られた雪だとわかった。——綺麗だ。前世のあの祭りに似ている。
でも——魔法の光は、電気の光と違う。青白くて、温かくて、どこか生きているような色をしていた。
電球の光には、こういう揺れ方がない。
——それにしても。天井に光が浮いていても、室内に雪が降っていても、もう「なんだこれ」とは思わなくなっていた。
この世界に来た最初の頃なら、目を丸くしていたはずだ。
——なんやかんや、慣れてきたな。
転生者というのは、案外たくましいものらしい。
エミリーが俺の耳元で何か言った。
今日は特別な日ですよ、というようなニュアンスだった。
——わかってる。これは特別な日だ。俺は天井の光を眺めながら、そう思った。
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窓の外が、騒がしくなってきた。エミリーが窓際に連れていってくれた。
街が、光っていた。建物の輪郭に沿って魔法の光が走っている。
青、白、金——色が違う光が、建物ごとに異なる模様を描いていた。
空を、光の帯が流れていく。魔力を纏った空飛ぶ車が、編隊を組んで通り過ぎていくのだった。
一台、二台、三台——どこまでも続く光のパレードが、夜空を横切っていった。
——すごいな。前世では見たことのない光景だった。
電気でも、花火でも、レーザーでもない。
魔法の光というのは、こういうものなのか。街全体が呼吸しているみたいだった。
エミリーが「綺麗ですね」と言った。俺は頷いた。
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夕方になると、人が集まり始めた。
父親が玄関で来客を迎えていた。母親が隣に立っていた。エミリーに抱かれた俺も、その場に連れてこられた。
広い部屋に、着飾った大人たちが集まっていた。
天井には昼間の光の粒がまだ漂っていた。魔法の雪も、まだふわふわと降り続けていた。テーブルには食事が並んでいて、どれも見たことのないものばかりだった。
——前世の取引先パーティーとは規模が違う。
俺はエミリーの腕の中から、場を観察した。
大人たちが次々と俺に近づいてきた。「大きくなったね」「可愛い」「目が父親に似ている」——そういうことを言いながら、にこにこしていた。俺はその都度、できる限り愛想よく笑った。
前世で培った、営業スマイルだ。
——赤子の営業スマイルで効果があるのかは知らないが。
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そのとき、見覚えのある人物が入ってきた。
以前、家に来たことのある客だった。格のある立ち方をしている。父親がいつもより少し丁寧に出迎えていた。
——ヴァンドームだ。
俺はすぐに判断した。
前世の営業経験が、今度は本気で反応した。
——媚びを売るべき相手だ。絶対に。
ヴァンドームの人物の視線が、俺に向いた。
俺は間を置かなかった。
精一杯の笑顔を作った。両手を伸ばした。そして言った。
「……よろしく、おねがいします」
場が、沸いた。
ヴァンドームの人物が声を出して笑った。前回来たときと同じ、豪快な笑い方だった。周りの大人たちも笑い始めた。父親が少し誇らしげな顔をしていた。母親が口元を押さえていた。
——成功した。
赤子の「よろしくおねがいします」が、こんなに刺さるとは思わなかった。
——前世の営業経験、まさかこういう形で役立つとは。
ヴァンドームの人物が父親に何か言った。俺は耳を集中させた。断片が、拾えた。
——うちの子にも、ぜひ会わせてやりたい。
——きっと気が合う。
——子供。
——ヴァンドームの子供。
——男か、女か。
今回も、聞き取れなかった。
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パーティーが続く中、エミリーが俺を窓際に連れていった。
外では、まだパレードが続いていた。魔法の光を纏った空飛ぶ車が、次々と夜空を横切っていく。街の建物に沿った光の模様が、少しずつ色を変えていた。青から金へ。金から白へ。白からまた青へ。
——この世界の冬至祭りは、光で溢れている。
魔法の光だ。
生きているような、揺れ方をしていた。
エミリーが俺の頭に手を置いた。いつものにこにこではなく、少し柔らかい顔をしていた。
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寝室に戻ると、天井の光の粒がまだ漂っていた。
魔法の雪も、まだ降っていた。
俺はエミリーに寝かされながら、天井を見た。
——光が、揺れていた。
生まれたときより、目がよく見える。声が出るようになった。体が動くようになった。少しずつ、この世界が見えてきた気がする。
でも——まだわからないことの方が多い。
ヴァンドームの子供は、男か女か。
父が興奮していたあの「すごいもの」は、何なのか。
この世界は、どこまで続いているのか。
——まあ、追々わかるか。
光の粒が一つ、俺の手の近くをふわりと漂った。
手を伸ばした。触れなかった。でも——光は逃げなかった。ただ、ゆっくりと揺れていた。
俺は小さな拳を、こっそり握った。
誰にも伝わらなかったが、それでよかった。




