表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/17

第十三話 襲撃とかわいいだけじゃなかった件

 エミリーが掃除をしていた。


 俺は眺めていた。


 ——いい眺めだ。


 具体的に何がいいかは言わない。紳士なので。ただ、エミリーが掃除をしているときの動きというのは、なんというか、目が離せない要素がある。


護衛としての訓練を積んでいるからか、動きのひとつひとつに無駄がない。腰の使い方が、その、なんというか——


 ——でれでれするな、俺。


 自分でもわかっていた。二十七歳のエリートサラリーマンの中身が入っているとは思えない有様だった。でも仕方がない。


赤ん坊にできることなど、眺めること以外にほとんどないのだ。これは暇つぶしだ。娯楽だ。文句は言わせない。


 エミリーはにこにこしたまま掃除を続けていた。気づいていないのか、気づいていないふりをしているのか——どちらかはわからなかった。


 ——幸せだな。

 俺はそう思った。

 その瞬間だった。


――――――――――――――――――


 窓が、割れた。

 大きな音がした。ガラスが飛び散った。

 男が二人、窓から飛び込んできた。


 体格がいい。動きが速い。明らかに訓練された動きだった。一人が着地と同時に部屋の角へ回り込み、もう一人が俺のいる方向へ真っ直ぐ向かってきた。


 ——え。

 一瞬だけ、俺の思考が止まった。


 でも——止まったのは一瞬だけだった。

 前世で培ったエリートサラリーマンの思考回路が、緊急モードで動き始めた。状況整理。情報収集。優先順位の設定。


 ——落ち着け。見ろ。

 俺は男たちの動きを観察した。

 二人の視線が——俺に向いていた。


 部屋に飛び込んできて、最初に確認したのが俺だった。エミリーではない。俺だ。

 ——狙いは俺か。


 なぜ赤ん坊が狙われるのかはわからない。でも動きが語っていた。角に回り込んだ男はエミリーを牽制するポジションを取っている。もう一人は俺に向かっている。これは護衛を抑えつつ標的を確保する動きだ。


 ——父親の仕事上の敵か。それとも別の何かか。

 考えている場合ではなかった。

 俺に向かっていた男が、腰のホルスターから何かを引き抜いた。

 ナイフだった。

 普通のナイフではなかった。刀身が——赤く、輝いていた。熱を帯びているのか、それとも魔力が込められているのか。軍用の、それも特殊な代物だと一目でわかった。

 男はそれを、俺に向けて突き出した。


――――――――――――――――――


その瞬間。

 霧が、出た。

 どこからともなく、白い霧が部屋に広がった。一秒もかからなかった。視界が白くなった。俺から見えるものがほとんどなくなった。

 そして——笛の音が鳴った。

 甲高い、鋭い音だった。

 一回。

 二回。

 三回。

 霧の中で、何かが動いた気配がした。音も、衝撃も、ほとんどなかった。ただ——動いた。それだけだった。

 霧が、少しずつ晴れていった。


――――――――――――――――――


 男たちが倒れていた。

 二人とも、床に崩れ落ちていた。動いていなかった。

 まるで時間が止まったかのように、致命傷を受けたまま固まっている。


 ただ、動けない状態で固定されている。

 ——何をしたんだ、エミリー。

 俺はエミリーの方を見た。


――――――――――――――――――


 エミリーは、いつも通りにこにこしていた。


 「坊っちゃん、ご無事ですか」——無事です。びっくりしましたが。俺は心の中でそう答えた。


 そこに、足音がした。


 母親が部屋に入ってきた。割れた窓と、倒れた男たちを見て、一瞬で状況を把握したらしかった。それから、エミリーを見た。


 「あら」母親は言った。

 驚いた様子はなかった。むしろ——どこか、誇らしげだった。


「さすがは霧笛のエミリーね。この程度では訓練にならなかったかしら」


エミリーは少し頬を染めた。


「奥様、おたわむれを」にこにこしたまま、そう言った。


訓練だったのか……でも……

俺は、倒れている男たちを見た。——一人は胸のあたりが大きく抉れ、もう一人は首に大きな刺し傷がある、明らかに致命傷だ。血もかなり流れている。


「……この人たち、死んじゃったの?」

思わず声に出して聞いてしまった。


母親はくすっと小さく笑った。

「いいえ、魔法の道具の力で死んでいませんよ、ただ、痛みとショックは本物ですけどね」


え……?俺はもう一度男たちを見た。

……明らかに致命傷なのに、生きてるのか。すげえ……


――――――――――――――――――


霧笛のエミリー。

 俺はその言葉を頭の中で繰り返した。

 二つ名だ。エミリーには二つ名があった。霧笛の——それだけの実績が、この名前の裏にあるということだ。

 ——かわいいだけじゃなかったんだな。

 俺はエミリーを改めて見た。

 にこにこしていた。いつも通りだった。窓が割れて男が二人乗り込んできて、それを一瞬で無力化して、今はまたにこにこしている。

 何事もなかったかのように。

 ——何者なんだ、エミリー。

 腕がサイボーグで、二つ名があって、霧の中で敵を無力化できる。それでいて普段はにこにこしながら俺の世話をしている。

 俺はエミリーの属性リストを更新した。

 美少女。サイボーグ。護衛。メイド。水着(夏限定)。霧使い。

 ——盛りすぎだろ。

 でも——なんとなく、悪くなかった。

 こんなに強い人が、俺の傍にいてくれる。

 それが、素直に、よかった。

 俺は小さな拳を、こっそり握った。

 誰にも伝わらなかったが、それでよかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ