第十二話 コート・ダジュールと属性過多メイドの件
夏が来た。
家族で移動することになった。父親が手配して、母親が荷物をまとめて、エミリーがてきぱきと準備を進めていた。どこへ行くのかは断片的な会話から察した。
エミリーが空飛ぶ車を運転してやってきたのは、コート・ダジュール。
フランス南東部、地中海に面した海岸線だ。前世でも名前だけは知っていた。世界有数のリゾート地で、青い海と白い街並みが有名な場所だ。富裕層が別荘を持つ場所としても知られている。
——うひょー、海だ。
俺は密かに興奮した。
転生してから海を見たことがなかった。部屋の窓から空しか見えない生活が続いていたので、広い景色というだけでテンションが上がった。
空飛ぶ車?それは俺の時代の万博でも展示されてたから驚かなかった。
到着した。
海が見えた。
——綺麗だ。
前世で写真で見たコート・ダジュールよりも、明らかに青かった。透明度が違う。沖の方まで海底が透けて見えるような、そういう青さだった。
——現代より綺麗な気がする。
環境技術が進んだのか。それともここが特別なのか。二〇五九年の地中海は、前世の記憶にある地中海より明らかに美しかった。魔法で浄化でもしているのかもしれない。
砂浜に出た。
波の音がした。潮の匂いがした。
俺は砂浜を見た。
——入りたい。
次の瞬間、現実を思い出した。
——入れないか。
そりゃそうだ。まだ赤ん坊だ。海に入るどころか、砂浜を歩くことすらできない。できることといえば、誰かに抱かれながら眺めるだけだ。
——まあ、仕方ない。
来年以降に期待しよう。
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俺は気持ちを切り替えて、海を眺めた。
海岸には人がいた。
前世のリゾートビーチと似ているが、細かいところが違った。
まず、浮かんでいるボードが変だった。水面に接触しているようで、していない。数センチ浮いている。人が乗って波の上を滑走しているが、波に乗っているのではなく、何かの力で浮力を発生させているらしかった。
——浮くボードか。
次に、水中にドローンがいた。透明な海の中を、小さな機械が泳ぎ回っていた。子供たちがそれを追いかけて遊んでいる。捕まえたら何かポイントが入る仕組みらしく、キャッキャと騒いでいた。
そして——海面の一角で、何かが光った。
水属性の魔法らしかった。誰かが手をかざすと、水が柱になって上がる。それを別の誰かが魔法で弾く。遊びなのか練習なのか、楽しそうにやり合っていた。
——魔法と科学が混ざった海遊びか。
前世では想像もしなかった光景だった。でも見ていると、なんとなく自然に見えてくる。これが二〇五九年の日常なのだ。
そのとき、エミリーが視界に入った。
水着だった。
——水着だ。
当たり前だ。海に来たのだから水着になるのは当然だ。でも。
——水着美少女サイボーグ護衛メイドだ。
俺は固まった。
エミリーは水着姿でも仕事をしていた。俺の周囲を確認して、父親と母親の位置を把握して、周囲の人間を静かに観察していた。完全に護衛の動きだった。水着でも仕事モードだった。プロだった。
でも——水着だった。
俺は頭の中でエミリーの属性を整理した。
美少女。サイボーグ。護衛。メイド。水着。
——もう属性が盛りすぎて何が何だかわからない。
なろう小説でも、ここまで属性を一人に詰め込むのは珍しい。作者のサービス精神が過剰だと編集者に言われるレベルだ。でもこれは現実だ。俺の目の前にいる。
エミリーがこちらを向いた。
にこにこしていた。
「坊っちゃん、海、見えますか」
——見えてます。色々と。
俺は心の中だけでそう答えた。
波の音が続いていた。地中海の青い海が、目の前に広がっていた。
浮くボードが滑走して、水中ドローンが泳いで、どこかで魔法の光が弾けた。
——転生、バンザイ。
俺は小さな拳を、こっそり握った。




