第95話 王の責任
議場は、息を止めていた。誰も動かない。誰も言葉を挟まない。ただ一人。王の言葉を待っている。
レオンハルトは、ゆっくりと一歩前へ出た。音が響く。それだけで空気が変わる。
「どこまで介入するか」
アルヴェインの問いが、まだ残っている。逃げ場はない。曖昧さも許されない。レオンハルトは、短く答えた。
「最後までだ」
ざわめき。だが止まらない。
「機会が失われるなら、補正する」
「構造が歪むなら、是正する」
「見捨てられる者が出るなら」
一拍。
「手を伸ばす」
静かな言葉だった。だが重い。第一王子が小さく笑う。
「言い切ったな」
アルヴェインは目を細める。最後まで、という語の重さを測っている。
「非効率だ」
即座の返答だった。非効率、の一語で片づけるのが彼の癖でもある。
「資源は有限だ」
「すべてを救えば、いずれ破綻する」
正論だった。誰もが分かっている。だからこそ重い。レオンハルトは頷く。
「その通りだ」
否定しない。その瞬間、空気が揺れる。
「ならば」
アルヴェインが踏み込む。認められた直後こそ、いちばん危ない。
「どこで線を引く」
核心だった。ここを誤ればすべてが崩れる。レオンハルトは言う。
「引く」
短く。
「だが」
視線が上がる。引く、とだけ答えて、彼は一度言葉を切った。
「その線は、私が引く」
沈黙。完全な静寂。ルークが息を呑む。
「……責任の集中」
理解した。アルヴェインも同時に理解する。
「あなたは」
ゆっくりと口を開く。理解の速さが、そのまま驚きの深さになっている。
「すべての失敗を引き受けるのか」
「そうだ」
迷いなく答える。そうだ、の一言に、何も付け足さなかった。
「判断も」
「誤りも」
「結果も」
言い切る。
「すべて、王の責任だ」
重い。だが明確だった。分散ではない。逃げでもない。集中だ。第一王子が静かに言う。
「だから王なんだろう」
エリシアは微笑まない。ただ、見ている。アルヴェインを。
アルヴェインは、しばらく何も言わなかった。初めての沈黙だった。やがて。
「……非合理だ」
だがその声は、先ほどまでと違う。断定ではない。評価だった。
「一人に集中した構造は脆い」
「崩れればすべてが終わる」
レオンハルトは答える。脆い、という指摘を、彼は否定しなかった。
「だから支える」
短い。だが続く。
「制度で」
「人で」
「信頼で」
そして。
「それでも崩れたなら」
一瞬の静寂。
「その責任は、私が負う」
完全な回答だった。逃げない。分散しない。背負う。議場の空気が変わる。誰もが感じる。これは理論ではない。覚悟だ。
アルヴェインは、ゆっくりと目を閉じた。そして開く。その目は、先ほどまでと違っていた。
「……なるほど」
小さく言う。目を閉じていたのは、数えるためではなかった。
「あなたは“構造”ではない」
「存在だ」
評価だった。明確な。初めての。完全な、対等の認識。ルークが震える。
「……勝った」
誰にも聞こえない声だった。だが議場は理解している。どちらが選ばれたか。第一王子が腕を組む。
「終わりか?」
アルヴェインは首を振る。
「いいえ」
静かな声だった。
「ここからです」
その一言で、再び空気が張り詰める。
「王」
まっすぐに見る。
「あなたの構造は成立する」
「だが」
一歩踏み出す。
「それを世界に広げられるか」
新たな問いだった。個ではなく、世界。
「一国ではなく」
「大陸で」
沈黙。それは次の戦いだった。そして次の物語でもある。
均衡は保たれた。だが、選択は、これからだ。
王が、線を自分で引くと言い、責任は自分が負うと言います。
この宣言は、この先ずっと重りとして残ります。誰かが引き受けると言った線は、引き受けた人の名前がついたまま動かなくなるので。二年後に、この重さをもう一度扱うことになります。
重い回なので、今日はお願いごとを書きません。




