↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された地味令嬢ですが、実は王宮一の補佐でした ~捨てたのは第一王子? いいえ、私は第二王子と国を立て直します~  作者: 紅茶うさぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/136

第16話 悪意は、静かに始まる

 最初は、些細な違和感だった。


 朝、エリシアの机に置かれたはずの資料が、一部抜けている。会議の開始時刻が、直前に変更されている。共有されるべき補足情報が、自分にだけ届いていない。


 どれも、偶然で片づけられる程度のことだった。だが、三日続けば、それは偶然ではない。


「……こちらの資料、昨日の最終版でしょうか」


 エリシアが尋ねると、若い文官は首を傾げた。手元の綴りと、彼女の綴りを見比べている。


「最終版? いや、今朝修正が入ったはずだが」


「修正の通知は受けていません」


「おかしいな……」


 彼は慌てて確認に向かった。戻ってきたときの表情は、微妙に困惑している。


「確かに通知は出ている。だが、配布リストに君の名前が抜けている」


 意図的か、単なるミスか。証明はできない。名簿から一行消すのに、悪意は要らない。


「……ありがとうございます。最新版をいただけますか」


 エリシアは、淡々と受け取る。心の奥で、静かな警戒が芽生えていた。


 ――始まった。


 午後、さらに分かりやすい出来事が起きた。地方開発に関する契約案。昨日確認した条項が、一つだけ差し替えられている。


 文言は似ている。だが、責任の所在が微妙に変わっていた。このまま承認すれば、問題が発生した際、第二王子側が責任を負う構造になる。


 エリシアは、ゆっくりとページを閉じた。冷たいものが、背中をなぞる。


 ――これは、偶然ではない。


「殿下」


 執務室の奥で、レオンハルトが顔を上げる。


「どうしました」


「こちらの契約案ですが、昨日の確認時と条文が異なります」


 資料を差し出す。レオンハルトは、静かに目を通した。読む速さは、いつもと変わらない。


「……差し替えですね」


「はい」


「通知は?」


「ありません」


 短い沈黙があった。彼は、すぐに誰かを呼び出すことはしなかった。


「あなたは、どう判断しますか」


 問いは、試すものではない。状況確認だった。


「意図的な可能性が高いと思われます。ただし、証拠はありません」


「差し戻しますか」


 エリシアは、少し考えた。返事の速さで軽く見られては困る、とも思った。


「今は、戻しません」


 レオンハルトの視線が、わずかに鋭くなる。


「理由は」


「表面化していない段階で動けば、こちらが過敏だと取られます。まずは、変更履歴と承認経路を確認します」


 静かな返答だった。レオンハルトは、ゆっくりと頷いた。


「良い判断です」


 それだけだった。守るでも、煽るでもない。信頼の確認だ。


 夕刻、廊下ですれ違ったカイルが、低い声で言った。


「気をつけろ」


「……何か、ご存じですか」


「知っているとは言えない。ただ、最近、向こうが妙に静かだ」


 それは、嵐の前触れのような静けさだった。エリシアは、小さく息を吐いた。


 夜、執務室に残って契約書の履歴を追う。修正が加えられた時間。承認した部署。経路。ひとつ、名前が浮かび上がる。第一王子側の管理部門。


 直接の証拠ではない。だが、流れは見える。


 ――罠を張られている。


 だが、それはまだ完成していない。エリシアは、静かにペンを置いた。恐怖はある。だが、以前のような無力感はない。今回は、自分が状況を理解している。


 背後で、レオンハルトが書類を閉じる音がした。


「焦らなくていい」


 静かな声だった。灯りを落とす手を止めずに言う。


「罠は、急いだ方が綻びます」


 エリシアは、頷いた。


「……はい」


 悪意は、声を荒げない。笑顔のまま、静かに近づいてくる。それでも、彼女はもう、目を逸らさなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。