第九話 異世界に触れた
受付カウンターらしき場所。そこに大勢の視線が集まっていたから、その声の主はすぐに分かった。
カウンターの内側にいるのは、ここの職員さんだろう中年の女性。
その人に向かって怒鳴り声を上げているのは、私よりも年下に見える赤髪の女の子だった。
「なんで冒険者登録できないんだよっ!!」
「だから。説明したでしょう? 冒険者になるには年齢制限があるの。あんたはまだ七歳だから、規定で登録することは出来ないのよ。何度来たって同じ」
こっちまで聞こえてくる女の子の怒声に、受付のおばさんはうんざりした様子で説明してる。この様子からしてもう何度も同じやり取りを繰り返したんだろう。でも女の子の方が納得しないって感じかな。
「そんなのてきとうに誤魔化せばいいだろ! ちょっと年が足りないぐらい見逃せよ!」
あの子、けっこう無茶苦茶なこと言ってるな。
一体親御さんとか保護者は何やってるんだ? 子どもがあんなことしてたら注意しなくちゃいけないだろうに。
「申し訳ありません。少し行って来ます」
「あ、はい」
聞くに堪えなかったのか門番さんが動いた。
受付のおばさんは近づいて来る門番さんに気付いたみたいで、ちょっとだけ眉を顰める。だけど女の子の方は全然気付いてないようで、主張を続けていた。
「別にバレやしないって! だからなあ、頼むよ!」
「――ギルドで騒ぎを起こしてるというのはお前か?」
「えっ?」
声を賭けられてようやく、自分の後ろで仁王立ちしている門番さんに気付いたみたい。振り返ったところで、女の子の顔がさっと青ざめた。
「ルールを守らずにバレなきゃいいなどと。よく衛兵の前で口に出来たものだな」
「っ……」
「これ以上ギルドで騒ぐようなら営業妨害として一緒に来てもらうことになるぞ。どうする?」
門番さんのドスの利いた声に、女の子は俯いたまま一言も喋らない。
「っ……」
少しして逃げるようにギルドを出て行った。
「あの子……」
走って出ていくとき。
私の傍を横切った女の子は泣いているようだった。
それがちょっと気になったけど、考えるより先に仕事を終わらせた門番さんが戻って来た。
「お待たせしました。それでは向こうで従魔登録を済ませてしまいましょう」
「う、うん。分かりました」
ついて行った先は、さっきの騒動の片割れであるおばさんの受付のところだった。
「さっきは助かったよ。ありがとうね」
「いや気にするな。私の方こそギルドの問題に首を突っこんでしまってすまない」
「いいんだよ。うちの荒っぽい連中が注意するよりはマシだろうさ……まあ気持ちは分かるんだけどね――それで。今日はどんな要件で来たんだい? と言っても、見りゃわかるか」
「ああ。この人の従魔登録をしてもらいに来た」
二人のやり取りの後、おばさんの視線が私とそれからイースに向けられる。それで納得したような顔になった。さすがに話が早い。
「ただ、お嬢ちゃんは冒険者なのかい? そうじゃ無かったらまずはそっちからじゃないと従魔登録は出来ないよ」
「む? そうだったか?」
「当たり前さね。で、どうなんだい?」
「冒険者ではないですね。だからそっちからお願いします」
「あいよ」
するとおばさんが一枚の紙を渡してくる。
それには名前とか出身とかの簡単な個人情報と、加えて魔法の属性とか使う武器とかよく分からない項目が書かれていた。
そういうところについては質問しつつ書くのを進めた。
武器に関しては「従魔がいるけど、無しはよくない。適当に短剣とか書いといて後で腰に下げときな」と言われたから短剣と書いておいた。
出身のところを見て首を傾げられたけど、取り合えず全部に記入を終える。
「ようこそ。これでお嬢ちゃんも冒険者さ。せいぜい死なないようにするんだよ」
「が、頑張ります」
「それじゃあ続けて従魔登録だね。今度はこっちの紙を書きな」
歓迎されてるんだからよく分かんないけど、ともかくこれで私は冒険者になったらしい。まあさすがにこれで何が変わったって変化は無いんだけど。
強いて言うなら、さっきの女の子の件もあったからちょっと心配だったぐらい。まあ私の年が十五だって聞いて二度見されたんだけど。でも見た目年齢で何とかなったっぽい?
そうして従魔登録の紙も書き終えると、おばさんから二つのものを渡された。
一つは金属製のカード。
もう一つも小さい金属板で、いわゆるドッグタグみたいなやつ。
「こっちのカードは冒険者としての身分を保証するカード。失くすと再発行にはお金がかかるから気を付けな。それとこっちが従魔である証。どこでも構わないから従魔に付けるんだ。それでその魔獣がギルドが保証するお嬢ちゃんの従魔だって証明される」
「なるほど……ありがとうございます!」
一先ずバックパックから紐を取り出して、タグをイースの首に付ける。
一旦これでいいけど、後でウィンドホーク用の首輪かなんかを揃えなきゃな。見た目が微妙だし。
それにしても思わぬところで、身分証が手に入ってしまった。
活動に支障が出るかは不明だけど、無いよりは有る方がいいに決まってる。失くさないようにバックパックのチャック付きポケットに仕舞った。
「門番さん。色々とありがとうございました。お仕事中だったのに」
「これも仕事のうちですから。それにあなたに恩を売っておくのは悪くないことだと思ったまでです。この後はどうするのですか?」
「うーん。一先ず街を見て回ろうと思います。あ、そうだ! 門番さん。どこかで換金できる場所ってありません? 実は今、手持ちが寂しくて……」
「それなら冒険者ギルドがいいかと。魔獣の素材や薬草など幅広く買い取ってくれます。魔道具のようなものが売りたければ、また別の場所になりますが」
魔獣――そういえば来るときにトロル鳥を何羽か狩ったよな。
「トロル鳥の素材とかでも売れますか?」
「ええもちろん。そこそこ強い魔獣で肉や羽にも使い道があるので、いい値段で売れたはずです」
「よかったぁ。それじゃあ私はもう一回冒険者ギルドに行きます。ほんと色々とありがとうございました!」
去り際にまた何かあったら頼ってくれと名前を教えてくれ、ギルドの前で門番さんと別れた。
親切な人に会えてよかった。あんまり頼りになるのも申し訳ないけど、また何かあったら頼るとしよう。
そうして私は再びギルドの中に戻って、トロル鳥の売却を試してみた。
「そ、それってもしかして拡張袋ですか!?」
トロル鳥を出すときに使ったとりよせバッグを見て、買い取り場の人に驚かれた。
ちなみに拡張袋とは見た目以上に中身を入れることが出来る不思議な袋らしい。なんとこの世界には既に四次元ポケットが存在していたのだ!
私が製造を断念した裏でこんなことが起こるなんて……悔しいっ!
帰ったらもう一度挑戦してみようと心に誓った。
どうせ私が持ってても意味ないから、トロル鳥の死体を倉庫にあった六匹全部売ることにした。イースに食べるかどうか聞いてみたけど、また狩るから私の好きにしていいと言われたから遠慮なく。
薄く氷の張った状態のトロル鳥を見てまた驚かれ、査定のために待つこと少し。
「一、十、百、千、万――三十万!?」
「ええ。状態は新鮮で良かったのですが、血抜きが微妙でしたので少し価格が下がっています。それにしても凄いですね、氷の魔法が使えるなんて。ぜひまた持ってきてくださいね! 大歓迎です!」
「あ、は、はい」
価格が下がってあれなんかい……
三十万て。もちろん日本と同じ価値観じゃないと思うけど、それでも大金なんじゃないか? 大金、だよね?
「つかぬことを聞くんですけど。三十万ってどれぐらいの価値があります?」
「え? うーん、まあ贅沢をせずに普通に暮らして一か月って感じでしょうか。ああでも冒険者なら宿屋に泊まったりもするでしょうし、もうちょっと少なくなるかな? まあそんな感じです」
買い取り場のお姉さんに聞くと、そんな答えが返って来た。
日本でいうとざっと二十万~三十万円ぐらいかな? てことは物価と値段はわりと向こうの世界に近いのかも。
「こちらで買い取りして構いませんか?」
「お願いします。あと、細かいのを混ぜて貰ってもいいですか? このあとどこかでお昼食べようと思ってて」
「畏まりました。それならお向かいにある『トロル亭』がおススメですよ。ちょうどキヨミズさんが売ったトロル鳥を使った定食が美味しいんです! 価格もお手頃ですよ!」
「へぇ~、なら行ってみようかな。ありがとうございます」
渡された三十万『トリン』を受け取る。
手のひらサイズの麻袋で、中を開けてみると金貨やら銀貨やら銅貨やら。色んな硬貨が入っていた。
それぞれの価値を聞くと、さすがにお姉さんにも訝し気に見られたので、そそくさとギルドを後にする。
「さて。資金調達は完了っと。次はどうするかな……」
ギルドを出た私とイースは、そこの軒下で次の行動を考えていた。
『お昼ご飯を食べるのでは?』
「まだちょっとしか空いてないんだよね。だから少し時間を潰そうと思ったんだけど、何から始めればいいやらって」
『なるほど。それなら散歩がてら近くを見て回りましょう。歩けばちょうどお腹も空くでしょうし、何か発見があるかもしれません』
「だね。そうしよっか」
さすがに街を一周してくるのはキツイから、そこら辺をぐるっと回って来よう。
そうして歩いて行った先で――
「あっ」
家の軒先に座り込んでいる女の子の姿があった。
赤い短髪の女の子。たしかにギルドで騒ぎを起こしたあの子だ。
そうして私が気付いてから遅れて向こうも気付いたようで。
「……? ……っ!」
少し考えた後、女の子が必死の形相で駆けよって来る。
それを見て逃げるという選択肢が一瞬頭を過ったけど、結局留まることにした。
「あ、あんた! 強い冒険者なんだよな!?」
「いや。違うけど?」
「頼みがあるんだ!」
だから違うと言うたろうに。
「あたしを――あたしを冒険者にしてくれ!」
「……」
当然だけど、私にそんなことが出来る訳もない。
さっき所属したばっかりのぺーぺーに、ルールをどうにかするような権力がある訳ないんだ。
でも、縋るような目のその子を見ていると、すげなく対応するのも何となく気が引けた。
「理由は?」
だから取り合えず話を聞いてみることにした。
「…………金がいるんだ」
長い沈黙の後、女の子が口を開く。
出てきたのは意外でも何でもない答えだった。
「だったら冒険者に限らなくていいでしょ。それに何で子どもがそんなお金が必要なのさ。お父さんかお母さんにお小遣いでも貰えばいいでしょ? ああまあ、プレゼントとかしたくてだったら無理か。でもそういうのって気持ちだから手作りとかでも十分――」
「ふざけんな!!!!」
「っ……えっと」
「母さんは病気だ! 父さんは帰ってこない! あたしが、あたしがどうにかするしかないんだ!! あたし以外に誰もいないんだ!!!」
「……」
女の子の鬼気迫る怒声に思わず口をつぐむ。
そして女の子は電池が切れたみたいに、その場でぱたりと倒れた。
「ヤバい……」
私はイースに女の子を見ているように頼むと、急いで門番さんがいる門へ走った。
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