第五話 羊は恐ろしい獣
羊の言葉が分かるようになった。
つまりほんやくコンニャクが無事に完成したということ。
本当ならこの喜びに浸っていたいところだけど、今はそれよりやらなくちゃいけないことがある。
まずはそっちを優先させてもらおう。
「聞きたいことがあるんだけど。君たちって、何で私について来るの?」
『なんかいい感じだからぁ~』
「いい感じ……?」
全く要領を得ない答えが返って来た。
「え、っと。その『いい感じ』ってどういうことか説明できる?」
『いい感じはぁ、いい感じだよ~? 近くにいると居心地がいいの~』
「じゃあ、この場所にいてくれるのも居心地がいいからってこと?」
『そうそう~』
ふ、む。
推測でしかないけど、これは私が持つ権能<ダンジョンマスター>が原因なんじゃなかろうか?
まずこの羊どもがただ単に人懐っこいという路線は省いておく。
その前提の元で考えたとき、私が他と違うのは異世界人であるということだ。ついでに権能という、ケルビムの上司がくれた特別な力を持っているということ。
ここまでだと、まだ私が異世界人だからって線も残るけど。
どうやらこの羊は私個人にもそうだけど、このダンジョンという場所にも居心地の良さを感じているらしい。
とするならば、やっぱり原因として考えられるのは<ダンジョンマスター>だろう。
まあ確かに考えてみれば、ダンジョンといえばモンスターの巣窟というイメージが連想される。だから普通の羊じゃないコイツ等も、それが適応されるのかも。
そうだとしたら、少なくとも今すぐに羊どもがいなくなる心配は無さそうだ。後で要望を聞いて住みやすくする必要はあるだろうけど、取り合えず今は置いておこう。
それよりも……気が抜けたら、どっと疲れが押し寄せてきた。
「はぁー……」
床に寝転がって溜まった息を吐き出す。ゴツゴツとして痛い。こりゃ布団ぐらい出さないと眠れそうにもない。
するとお腹がぐ~と音を出した。
そういえばこっちに来てから飲まず食わずだったっけ……
「……<ダンジョンマスター>」
アイテム生成から残りの魔力で出せそうな食料を調べる。
水と食べ物の両方を出すにはギリギリ足りない。
はぁ、こんなときにグルメテーブルかけでもあれば楽ちんなのに。
あれってどういう原理なんだろう? 注文された料理をその場で作り出しているのか。それとも別の場所にあるストックを召喚してるのか。
前者だったとしたら、無から有を作りだしてるし、後者だったとしても、じゃあどんだけの種類のストックがあるんだよと。
やっぱり二十二世紀ってヤバいわ。科学ってか完全におとぎ話の魔法の域じゃん。あと百年かそこらで私達の文明もそこに至れるんだろうかねぇ。
……現実逃避してる場合じゃないや。
「私の魔力を持ってってー」
ダンジョンに魔力を捧げて足りない分を補うけど、やっぱりこの感覚には慣れない。それに魔力を持ってかれると、妙に疲れるんだよ。付与魔術でも似たような感覚を味わった。
そうして溜まった魔力で作った私の夕ご飯は、ペットボトルの水とおにぎり(塩)が三つ。今のかつかつの状態じゃ明太子おにぎりどころかお茶すら出せやしない。ひもじい……
出てきたそれらをお腹に放り込むと、十分な満足感は得られた。
すると次にやって来たのは眠気。
本当ならお風呂入ったり着替えしたり歯を磨いたり――色々やらなくちゃいけないことはあるんだけど……そんなものは無いし、気力も無い。
あとそういえば布団を出す魔力も無いじゃん。一時間経てば千は溜まるけど、それにはまだまだ時間がある。そしてそんな時間を起きて待ってられると思えない。
「……ねえねえ。ちょっと君の身体借りていい?」
結果、選んだのは手近にある極上のもふもふを布団にすることだった。
『眠たいの~?』
「うん」
『じゃあどうぞ~』
理解のある羊で助かった。
まん丸の綿毛のようだった羊の身体が、いきなりぺしゃりと潰れる。ちょうど布団ぐらいのサイズまで広がった。
……色々ツッコミたいところはあるけど、もういいや。
「それじゃあお言葉に甘えて……おやすみ」
『おやすみなさい~』
そこに寝転がった瞬間、強烈な眠気に襲われて目を開けていることすら出来なくなった。
やっぱりこの羊は恐ろしいモンスターだったのかもしれない。
こんな最上級の眠りを提供してくれる生き物がいるなんて、もはや人類にとって最大の敵なのかも……
最後に過ったアホみたいな考えを最後に、私は意識を落とした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
目覚めは超スッキリだった。
昨日の疲れがまるで嘘みたいに、爽快気分で目を覚ますことが出来た。これも寝具が良かったからかもしれない。
「おはよ。昨日はありがとうね」
そう言って羊の身体から起き上がると、布団になっていた羊の身体は瞬時に元の形に戻った。
それほんとにどうなってんの?
「めぇ~」
「あれ?」
鳴き声しか聞こえない。気のせいかと思って「調子はどう?」なんて聞いてみたけど、返って来たのはやっぱり「めえぇぇ」という鳴き声だけ。
「あそうか。ほんやくコンニャクの効果が切れたんだ」
あくまで試作品ってことか。本物は一日以上効果が持続してたはずだけど、まさか一晩で効果切れするなんて。ここはそのうち改善していなかいとね。
言葉が通じないんじゃ仕方ないと思って、昨日作ったほんやくコンニャクの残りを食べようと――して、伸ばした手が止まった。
……コンニャクって、生ものだよね?
お皿にのったコンニャクは、表面が乾燥してカピカピに。心なしか一回り小さくなってる気もする。
これ昨日の夜からずっと常温で放置しちゃったんだけど。しかも一口だけど口を付けちゃったやつ。
こ、れは。食べたらヤバいかな? 大丈夫かもしれないけど、さすがに常温放置はまずかったかも。だってスーパーとかでもコンニャクって冷蔵ケースの中で売ってるよね。つまり常温NGってことじゃない?
だ、だけど食べ物を粗末にするのはなぁ。ちょっと気が引ける。
せめて氷かなんかを出してそれと一緒に置いとくべきだった。
「……」
暫くコンニャクとにらめっこを続けて……私は、決めた。
ほんやくコンニャクという道具は、基本的に食べることでその効力を発揮するものだ。アニメでもそう扱われていた。
だけど例外も存在する。
それは映画版において、鉄人な兵団が地球に攻めてくるやつ。あの映画の中で敵側であるボーリング玉みたいな青い球体から情報を聞き出そうとする場面があった。
しかしそのボーリング玉はピポピポ鳴るものの、口は備わっていない。だけど情報を聞き出すために意思疎通は図りたい。
そうしてドラ◯もん達がやった荒業は、ほんやくコンニャクをボーリング玉に乗せて縛り付けること。
つまり。ほんやくコンニャクは食べなくても効果を発揮することが出来るのだ。ただし恐らくは制限がある。
そのボーリング玉はいわゆるロボットの頭脳を司るパーツだった。人間でイメージすると、脳みそに直接ほんやくコンニャクをのっけたようなもの。
そこまで考えて私は――ほんやくコンニャク(常温放置)を、自分の頭に乗せた。
脳みそは出来ないけど、なるべく近いところに置いてみた。
感想は……聞かないで欲しい。
これは食べ物を粗末にした自分への罰なんだ。これに関して文句をいう権利は私には無い。
もしこれで成功しなければ、思い切ってこれを食べるしかないんだけど果たして。
「何度もごめんね。調子はどう?」
『? 元気だよ~。だけどちょっとお腹空いたかも~』
良かった。無事に通じた……
取り合えず今日一日はこれで過ごそう。そうして明日はこれをダンジョンの外に埋葬して、新しいのを作るんだ。もちろん保存手段は今日中にしっかり見つける。
「お腹か。君たちって普段何食べてるの? 外の草とか?」
『そうだよ~。だから食べに行ってきていい~?』
「え、うん。それぐらい自由にすればいいんじゃ?」
『分かった~。それじゃあ行ってくるね~』
その羊が周りに声をかけると、他の羊たちも一斉にダンジョンの外に出て行った。
あれだけ広かった空間がすっかり伽藍洞になる。あれはあれで狭かったけど、いなくなったらそれはそれで物さみしいかも。
何で私の許可なんか待ってたんだ?と疑問に思ったけど、案外義理堅いやつらなのかもしれない。
この隙に色々確認しておかなくちゃ。
私はダンジョンマスターを使って、今のダンジョンの状態を確認する。
――――――――――――――――――――
権能:ダンジョンマスター
能力:
・ダンジョン生成(1/1)
・ダンジョン改築
・モンスター生成
・アイテム生成
保有魔力:
8,000
追加魔力:
0/1h
――――――――――――――――――――
おっ、保有魔力がかなり増えてる。
てことは私、あれから八時間ぐらい寝てたことになるのか。
ということは、あの羊には悪いことしたかな。八時間もずっと同じ体勢を取らせちゃった。
「後でなんかお礼しよう」
羊だから高級牧草とかがいいかな? それとも良い毛並みを持ってるからブラッシングをしてあげるのもいいかも。ちょっと考えておこう。
ともかく、こんだけ魔力があれば出来ることは色々とある。
ただ問題なのは何から手を付けるべきか、という部分だ。
最終的な目的は、邪神の残滓とやらの掃除と決まってる。それがある場所についても事前に貰った。だけど肝心の今いる場所が分からないんだから、どうにかしようもない。
てことは必要なのは情報だ。
そして情報を手に入れるためには、やはり人里を探す必要がある。
もちろん羊たちにも後で聞いてみるつもりだ。それで何か分かるならそれでいい。そうじゃ無かった場合に備えなくちゃいけないのだ。
既に私の拠点となるダンジョンは作ってしまった。だからここが私のこの世界での活動における中心になる。それを踏まえると、ここにいながらにして周辺地域の様子を探れる手段が欲しい。
「普通に考えればドローンとかだよね。地球ならスマホで一発だけど、こっちの世界に人工衛星なんて飛んでる訳もないし。他だと人が通りかかるまで待つ――無しだな。運頼み過ぎる。てことはやっぱりドローンか何かで地道に探していくしかないか……待てよ?」
私はどうしても地球の価値観で物事を考えてしまう。それは仕方がないことだ。昨日こっちに来たばっかりで何も知らないんだから。
だからこそ、意識して思考を柔軟にしなくちゃいけない。地球での知識に加えて今できることも含めて考えるんだ。
そうすれば、おのずと一つの可能性が見えてくる。
<ダンジョンマスター>に備わった能力の一つ――『モンスター生成』
これは文字通り『モンスター』を生成する能力だ。
当然その中には空を飛ぶことが出来るモンスターだっている。
つまりそういったモンスターを大量に作って、空から人海戦術で人里を探せばいいんじゃないか。
「……」
思い立ったが吉日。
すぐに『モンスター生成』の能力を確認する。
これはこの世界に存在する既存のモンスターを作り出す能力のようだ。使用する魔力はモンスターによってピンキリ。今ある保有魔力で作成できるやつもいれば、どうやったら手が届くんだ?ってやつもいる。
その中から昨日と同じように検索をかけて、私が求めている条件に合致するモンスターを探す。
昨日より頭痛が減ったのは、私がこれを使うのに慣れてきたからかな?
そうして色々と条件を付けたり変えたりしながら検索して……一体のモンスターに目が止まった。
「やってみるか……!」
何事もまずはやってみないと始まらないのだから。
私は目星をつけたモンスターを一先ず作ってみることにした。
いかがでしたでしょうか?
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