幸せな瞬間と変わってしまった未来
「楽しかったぁ」
すずはベンチに座って、シェイクを飲みながら大吾を見た。
大吾も少し疲れたようでベンチに持たれながら空を見上げている。
「疲れた?」
「ちょっとな」
ベンチの前には大きな湖がある。
そこに夕陽が映って湖全体がオレンジ色に光っている。
「楽しかった?」
「あぁ」
「ほんとに?」
「あぁ」
大吾は抑揚のないトーンで答えた。
「もう」
すずはそういうと、大吾の頬に手を当てた。
「楽しかったならそういう顔してよ」
すずは大吾の顔を両手できゅっと引っ張り、無理やり口角を上げる。
「私はあなたの心を読めないの。ちゃんと楽しいことは楽しいって言ってほしいし、笑ってほしい。悲しい時とかしんどい時も言ってほしい」
「ふぁかった」
口を引っ張られて話にくそうだ。
「わかった?」
コクコクと頷く大吾をみて手を離すと、大吾は痛かったのか頬を撫でた。
「引っ張らなくてもいいだろ」
「だって、いつも大吾は感情を顔に出さないんだもん」
「そうか?」
「そうだよ」
「そんなつもりは…」
「私のこと、好きなんでしょ?それなら分かりやすくしてよ」
大吾の顔が赤くなっていく。
「私も素直にならなきゃね…」
「え?」
「大吾のことが大好きだよ。ずっと昔から」
驚いた顔の大吾を無視して、抱きついた。
「これから色んなことがあると思うけど、絶対離さないから」
「あぁ」
大吾の手がすずをぎゅっと抱きしめた。
その後、成瀬と恵美に合流して、勝手に離れたことを謝罪して、大吾と付き合うことになったことを報告した。
恵美は手を叩いて喜び、おめでとうと何度も言った。
成瀬はなんとも言えない顔をしながらも、おめでとうと小さく言ってくれた。
これから起きることを忘れて、すずは今の幸せに浸っていた。
ずっとこの幸せが続くよう祈った。
でもその日は突然やってきた。
「大事な話がある」
大吾に突然電話で言われて、待ち合わせのカフェに向かった。
家を出ると、風は冷たくて、分厚いコートの前をきゅっと締めた。
カフェに入ると暖かくてほっとした気持ちになったが、大吾は深刻そうな顔をみてこの時がきたのだと気づいてしまった。
「…座ってくれ」
大吾に促されて向かいに座った。
大吾の雰囲気や表情で、深刻さが伝わってくる。
昔のことを思い出すと動悸がしてくる。
「親父の会社がまずい状況になった」
「…うん」
やっぱりかと思ったが、ここからが肝心だ。
「私にできることはある?」
「今のところは…」
「だよね…」
「大学を退学することも考えてる」
大吾は俯いて、ため息をついた。
「それは待って。奨学金もあるし、学費なら一緒に稼げばいい」
「いや、すずにそこまでしてもらうわけにはいかないし、まだあと3年間も大学に通わなきゃいけない」
「でも、結論を出すのは待って。大学に入るためにめちゃくちゃ頑張ったじゃない。それに夢もあるんでしょう?それを簡単に手放しちゃダメだよ」
すずは鞄から封筒を取り出して、大吾に差し出した。
「なんだよ、これ」
「少ないけど、お金が入ってる。アルバイト代使わずに貯めてたから」
万が一この話だったらと、お金を下ろして持ってきていた。
「こんなの受け取れねぇよ」
封筒をつきかえす大吾の手をすずは制した。
「色んな複雑な気持ちがあるのはわかる。でも今はそんなことに構ってる場合じゃないでしょう?叶えるんでしょう、夢」
「すず・・・」
「二人でバイトすればなんとかなるよ。あと奨学金やら色々調べてやれること全部調べましょ」
「ありがとう」
大吾はそういうと封筒を大事そうに鞄にしまった。
国公立理系の残りの学費は約200万程度だ。
二人でアルバイトをすれば生活費も含めてなんとかなるかもしれない。
学生の頃は、こんなこと考えも出来なくて、大吾が大学を辞めるというだけで半ばパニック状態だった。
32歳にもなるとお金の計算は早い。
何より2度目の経験なのでパニックにもならないのだ。
だが、そう簡単に解決はしなかった。
「え・・・」
すずは息を呑んだ。
寒さが一層厳しくなった2月にまた大吾に夜に突然呼び出された。
デートの時も浮かない顔をしていることが多かったので、何か良くないことが起きているそんな感じはしていたが・・・
「倒産したの・・?」
「・・・あぁ」
大吾は顔を覆ってうつむいた。
確か本来なら大吾のお父さんの会社は倒産しそうにはなったものの、立て直したはずだ。
そこで大吾が2代目の社長となり、ここまで会社を立て直した立役者として雑誌の取材を受けていたのだ。
いい意味でも悪い意味でも過去を変えれば未来が変わる―
「今度はもうお手上げだよ。借金もあるし、大学どころじゃない。学費稼ぐどころか借金の返済にあてることしかできない」
自虐的に笑うと、大吾はハッキリと言った。
「別れよう」
「大吾、何を言って・・・」
「借金まみれの俺にすずは幸せに出来ない」
「いや、待ってよ」
大吾はこれ以上はなにもいうことはないと席を立った。
慌てて会計をして店の外まで追いかけたが、大吾の姿はなかった。
雪がちらほら降り始めて、すずの心の奥底までひんやりと冷やした。




