嫉妬心
「だからお願いしたのに・・・」
すずは天を仰いだ。
「悪かったよ」
大吾は少し落ち込んだ声で小さく頭を下げた。
「予定空けてねってお願いしてたよね?だってすっごく楽しみにしてたんだよ?遊園地」
「すまない。実験がまだ終わらなくて・・・」
大吾が申し訳なさそうにぺこっと頭を下げた。
「まぁ大吾の性格的に実験に手を抜くなんて出来ないもんねぇ・・・」
もったいぶったように、じとっと大吾の顔を見ると、すずはニカっと笑った。
「まかない1回分で手を打とう」
ホッとした様子で大吾は息を吐いた。
「了解」
「今回だけだからね?」
「おぅ」
大吾は手を挙げると「じゃあ俺授業があるから」と去っていった。
去っていく大吾の背中を見ながらため息をついた。
「・・・残念だな」
近くのベンチに座って、遊園地のチケットを見つめた。
「それ、どうしたの?」
振り返ると、成瀬が不思議そうな顔で立っている。
「あ~・・・遊園地のチケットです」
「遊園地行くんだ、いいじゃん」
「今週末行く予定だったんですけど、一緒に行く相手に予定ができちゃって行けなくなっちゃいました」
「それは残念だね」
そう言いながら、成瀬は隣に座った。
「あげますよ、先輩に」
「え!いいの?」
成瀬は驚きながらチケットを受け取った。
「一人でいくのも寂しいですし」
「じゃあ、俺と行こう」
「え?」
成瀬はにこっと笑うと、1枚を差し出される。
受け取るのを躊躇うと、「俺とは嫌?」と聞いてくる。
そんなこと言われて断るなんて出来るはずもない。
すずが受け取るのを満足気に見て「またサークルで」と歩き出した。
「え、あの!先輩!」
成瀬に声をかけるが、立ち止まることなく、ひらひらと手を振って歩いて去っていった。
「どうしよう・・・」
すずはさっきより深いため息をついた。
「すず、なんか悩んでる?」
アルバイト中に恵美が声をかけてきた。
「うん、まぁ・・・」
「どうしたのよ?」
大吾は相変わらず笑顔ではないものの、テキパキと料理を運んでいる。
「それが・・・」
すずが成瀬と遊園地に行く話をすると「えぇ!」と恵美が声をあげた。
「すいません!」と驚いてこちらを見るお客さんに謝ると「もう」と恵美をたしなめた。
恵美は小さく「ごめん」と言って、すぐにお客さんに呼ばれてその場を離れた。
そこからは忙しくなって恵美と話すことなく、閉店時間となってしまった。
仕事終わりに恵美に少しだけお茶しようと誘われて、アルバイトが終わると駅前のカフェに向かった。
「ふーん、そういう流れでね」
「そう」
恵美はカフェラテをふぅふぅと息を吹きかけ、「やるなぁ、成瀬先輩」と言って一口飲んだ。
「一応断ろうと思って、メッセージ送ったんだよ。周りに変に誤解されても困るだろうし、私じゃなくて他のお友達誘ってくださいって」
「そしたら?」
「誤解されても困らないって」
「負けないねぇ~、さすが先輩。でもその断り方ならそう言われるよね。自分が誤解されたら嫌なんだって言わなきゃ」
「確かに・・・でもなんか言いづらいっていうか」
「でもイヤなんでしょ?大吾に誤解されるの」
「・・・うん」
「じゃあちゃんと断るしかないんじゃない?」
「そうだよね」
「大丈夫。ちゃんと話せばわかってくれるよ」
「うん。そうだよね」
すずは今度直接断るぞと心に決めて、ぐっとコーヒーを飲んだ。
翌日になって、大学の講義を終えると、サークルの集まりへ向かった。
そこには成瀬がいるはずだ。こっそり話す機会もあるだろう。
そこで断れれば万事OKだ。
サークルへ向かう途中に大吾が歩いているのが見えた。
「大吾・・」と声をかけようとして、すずは立ち止まった。
大吾の隣には背が低めの可愛らしい女の子が立っている。
あれはカメラサークルの女の子だ。
女の子が嬉しそうに身振り、手振りを使いながら話をしていて、それを大吾がうんうん頷きながら聞いている。
大吾がふっと微笑んでいる。
すずはくるりと向きを変えると、その日は少し迷って家に帰ろうと駅に向かった。
それからも大吾が他の女の子と楽しそうにしている姿が浮かんで、サークルから足が遠のくようになった。
大吾からはサークルに来ないのかと連絡がきたが、体調がよくないと一言返すだけで終わった。
こんなことで嫉妬するなんて、32にもなって何をしてるのかと思うが、気持ちは収まらない。
そうこうしていると、もう明日は遊園地に行く日だ。
「どうしよ」
部屋のベッドで横になりながら携帯を見つめた。
すると、メッセージ通知が届いた。
開いてみると、成瀬からだった。
明日の集合時間と場所が書いてある。
体調不良だと断ることもできるだろう。
でも大吾にそこまでして義理立てする必要はあるのだろうか。
どうしたものかと返事に迷っていると、さらに成瀬からメッセージが来た。
“明日思いっきり遊んで、憂鬱な気持ちを吹き飛ばそう。絶対後悔させないからさ”
すずは、少し躊躇いつつ“楽しみにしてます”とメッセージを返した。
翌日は目覚めてカーテンを開けると、天気はすこぶるよい。
白のTシャツにジーパンに着替えると、玄関に向かった。
「こんな朝早くから今日は大吾くんとどこに行くの?」
母は欠伸をしながら、そう尋ねてきた。
「・・・大吾じゃないよ」
「え?」
「何でもない。いってきます」
すずは家を出ると、最寄り駅へ向かった。




