波乱の予感
「ありがとうございましたー!」
ランチ営業が終わり、お客さんを送り出すと、看板を準備中にひっくり返す。
「今日はまかない私がつくるね」
遥さんはそういうと、調理を始めた。
「俺、この間に足りない物買ってきちゃうわ」
そう言って武史さんも出て行って、一人でぼんやりカウンターに座った。
今日は平日なのでそこまで混んではいないが、それでもかなり人はやって来る。
某サイトの評価も上がっているようだ。
カランコロンという音がして、扉の方をみると成瀬がやってきた。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
成瀬は鞄をドカっと置くと、「姉ちゃーん!俺もまかない食べるからー!」と大声で声をかけた。
遥さんは「働いてない奴に出すもんなんてないよ!」と言いつつも、成瀬の分も準備してカウンターに出した。
遥さんはまだ料理の準備があると言って、また厨房へ戻っていった。
「この前の旅行楽しかったな」
恵美の「なんで旅行の出発時間を知っているのか」という言葉がよぎる。
とはいえ、なぜ知っているのかなんて言えるはずもなく、「楽しかったですね」と合わせて笑うしかない。
「いい写真撮れた?」
「いいかわからないですけど、撮れました」
携帯を操作して、撮影した写真を成瀬に見せると、「いいね」とにこやかに笑って、「美山さんの写真はいつも優しい雰囲気にだよね」と言って褒めてくれた。
「先輩はどんな写真、撮れたんですか?」
「あ、俺?」
成瀬も携帯を取り出すと、撮った写真を見せれた。
大吾は生命力や生き生きとした写真が多いが、成瀬はオシャレでスマートな写真が多い。
同じ星空を撮っているのに受ける印象が全然違う。
「素敵な写真ですね」
「ありがとう。でもなんか川嶋君の写真には負けてるんだよなぁ」
「え?」
「なんか、川嶋君の写真の方が本来の良さが引き出せてるって言うか・・・俺の写真はなんかまとまりすぎてる感じがするんだよな」
自分の写真を眺めながら、成瀬は考え込んでいる。
「どちらの写真もいいなって私は思いますけど」
「ありがと、美山さんに言われたらそれだけで十分だよ」
成瀬の言葉に少しドキッとしてしまう。
どんなつもりでこんなことを言っているのだろう。
大吾と付き合うためにもはっきりと聞いた方がいいのだろうか。
そんなことを考えている内に「俺、大学戻らなきゃいけないから」そう言って、「姉ちゃーん!まかない、サンキュー」と言って店を出て行ってしまった。
それからディナーの時間が近づいても武史さんがなかなか戻ってこなかった。
もう営業を始めようかと考え始めた時に、電話がかかってきた。
それはこの近くの大きな総合病院だった。
遥さんに言われて、予約客に電話し本日の営業が出来ないことを謝罪し、閉店作業をした。
遥さんからは血相を変えて飛び出して行ってからは連絡はない。
武史さんはいい人だ。
いつもニコニコしていて暴走しがちな遥さんを優しい笑顔で受け止めて、すずや成瀬を気にかけて仕事がしやすい環境にしてくれていた。
何かあったらと思うと恐ろしい。
もしかしたら、私が過去を変え、本来関わるはずのない人とこんなにかかわってしまったせいで不幸を呼び寄せたのではないかと思うと、血の気が引いた。
やれることは終わったものの、帰る気にはならない。
遥さんが帰ってくるまで、祈る思いでただ待つしかない。
どれくらいたっただろうか、しばらくしてすごい勢いで扉が開いたかと思うと、「義兄さんが事故に遭ったって本当!?」と言って成瀬が息を切らせながら入ってきた。
「・・・はい」
そう言った瞬間不覚にも涙が溢れてきた。
「姉ちゃんは?」
「病院で付き添ってます」
「そっか。1人で不安だったよね。でも大丈夫、義兄さんならきっと大丈夫」
そう言って成瀬は泣きじゃくるすずの背中を優しく撫でた。
それからもまたしばらくして、遥さんが帰ってきた。
「姉ちゃん」
「大丈夫だったよ」
安堵でその場にへたり込んでしまった。
「すずちゃん、心配かけてごめんね」
「いえ、そんなことは・・。本当に本当に良かったです」
武史さんのけがは命にかかわるものではないものの、複雑骨折をしてしまい、しばらくは店に立てないという。
「しばらく店を休むしかないかな」
「アルバイトを増やすとかできねぇの?」
「そんな今からすぐに見つけるなんて無理よ。適当に選ぶわけにもいかないし」
「どれくらい閉めることになるんだ?」
「二ヶ月くらいかな?あの人が問題なく歩けるようになるにはもっとかかるかもだけど」
「そんなに閉めて大丈夫なのかよ?」
「んー、なんとかなるわよ」
遥さんは笑っているが明らかに無理をしている。
「あの、信用できるアルバイトが増えればいいんですよね?」
「それはそうだけど」
「私に当てがあります」
すずはそう言うと、すぐに携帯を取り出した。
「いらっしゃいませー!」
恵美が張り切って明るい声を出している。
先日までファミレスで働いていただけのことはある。
「2名様こちらへどうぞ」
案内される客はちょっとギョッとしながら大吾の後ろに続いている。
愛想はないが、大吾はすぐに仕事の内容を理解し、テキパキと動いている。
ランチ営業が終わり、まかないの時間になると遥さんは武史さんに洗濯物を引き取ったりしに病院へ出かけていくので、交代でまかない飯を作る。
今日はじゃんけんで負けた大吾が作ったオムライスを口に運んだ。
「美味しい」
美味しいし、なぜか懐かしい味が口の中に広がっていく。
(そういえば・・・)
昔大吾と付き合っていた時に、一度だけオムライスを作ってくれたことを思い出した。
試験前で単位を落とさないように必死に勉強していた時に、大吾が作ってくれたのだ。
あの時は大吾が自分のために作ってくれたのが嬉しくて、幸せだったのを覚えている。
「二人とも本当にありがとう」
「え?全然。むしろありがたかったよ~ファミレスのバイトも飽きてきたところだったし、またすずと一緒に過ごせる時間も増えるから嬉しい」
「恵美」
「それにまかないも美味しいし」
恵美も美味しそうにオムライスを食べた。
「大吾もありがとう」
「・・・おぅ」
カランコロンと扉が開いて、成瀬がやってきた。
「お疲れ様!今日も出勤してくれてありがとう。ディナーは俺も働くから」
そう言って、奥に着替えに行った。
恵美はちらりとそっちの方をみて、すずの耳元に口を寄せた。
「成瀬先輩、変な人かと思ったけど、意外とまともだね」
「普通の人だよ」
「割とイケメンだし、まぁ悪くないよねぇ」
いたずらっぽく恵美が笑うと、話が聞こえていたのか大吾がこちらをじっと見ている。
「川嶋、あんた頑張んなよ」
恵美がそういうと、大吾は「ふん」と鼻を鳴らして、こちらに背を向けた。
「もう、恵美」
「まぁまぁ。いや~波乱の予感だねぇ」
恵美がからかうように言った。
「波乱の予感か…」
私の記憶が正しければ、もうすぐで大吾の親の会社が傾き始める―
それに対して今は出来ることはない。
過去が変わったことで、運命が変わっていることを祈るしかない。
大吾を見ると、オムライスを口いっぱい頬張っている。
どうか、彼の幸せな笑顔が続くようにー
すずは大吾の背中に祈った。




