どこにも行かない
オーベルジュに向かうと、成瀬が「どこに行ってたんだよ、心配したよ」と玄関で待っていた。
不服そうな成瀬をなだめ、ご飯の前に汗を流そうとお風呂に入って、あっという間に夕食の時間になった。
夕食はカジュアルなコース料理で予約していたが、それでも出てくる料理はおいしくて、特にステーキは柔らかくてお代わりをしたくなった。
「美味しかったね」
「えぇ、本当に美味しかったです」
そう言いながら、部屋へ戻り、0時に玄関集合ということで、お互い仮眠をとることになった。
部屋に戻ってベッドに横になるが、昼間のことがちらつく。
大吾の身体が温かかったことや、心臓鼓動が速かったこと・・思い出しては赤面してしまう。
早く寝ないと星空の撮影に遅刻してしまう。
なるべく考えないようにして、布団に潜り込んだ。
23時半ごろに起きて、少し化粧を直すと、玄関に向かった。
大吾と成瀬はすでに玄関のところに立っていた。
オーベルジュの主人もやってきて、楽しんでねと望遠鏡と懐中電灯を貸してくれた。
星空を観に行く客が多いから主人も慣れた様子だ。
昼間にいった大きな木のある開けた場所が星空の観測にはいい場所だと教えてもらい、3人で向かった。
オーベルジュの外でて、空を見上げると満点の星空が広がっている。
都会では見たことのない数の星だ。
「すごい・・・」
思わず声がでた。
「普段見えないだけで、こんなに星があるんだね」
大吾は何も言わないが、星空をじっと見ているから感動しているようだ。
歩き始めると、外灯がないのに月明かりで道が見える。
月もこんなに明るいのかと気づかされた。
やがて開けた場所に着くと、早速カメラや望遠鏡を設置して撮影準備を整えた。
シャッターを開いたままにして星の動きを線で撮影するのを星空の撮影ではよく見るが、今回は満点の星空をそのまま撮影することにした。
撮影が始まると、大吾も成瀬も無言でシャッターを切っていく。
二人とも表情は真剣だ。
すずも自前のカメラで星空を撮影する。
でも写真よりも実際の方が美しい気がして、数枚撮影して、ベンチに腰かけた。
たくさんの星が輝いていて、本当に零れ落ちてきそうだ。
じっと眺めていると、星がきらりと流れた。
「流れ星・・・!」
「願い事した?」
「あ、忘れてました・・・」
「またすぐに見つかるよ。これだけ星があるんだからさ」
成瀬の言う通り、またすぐ流れ星を見つけた。
目を閉じて祈ってみるが、3回願うなんて無理だ。
それだけ願いを叶えるのは難しいということなのだろう。
「願い事いえた?」
成瀬がやってきて隣に腰かける。
「3回なんて無理ですね」
「一瞬だもんなぁ」と言って笑った。
夏だが涼しい地域だからか、肌寒い。
カーディガンを持ってくるつもりだったのに忘れてしまった。
腕をこすっていると、ふわっと上着がかけられた。
「俺暑がりだし、かけときなよ」
成瀬がそういってニカと笑うと、また撮影に戻っていった。
その向こうに立つ大吾の眉間には深い深いしわが刻まれていた。
星空の撮影は大成功で、たくさん写真をとることができたようだ。
大吾も最後は撮影が上手く行ったのか、口数は少ないが雰囲気が柔らかくなっていた。
オーベルジュに戻ると、チェックアウトの時間にロビーでと約束して、部屋に戻った。
パジャマに着替えてベッドに横になると、さすがに疲れていたのか気づいたら眠っていた。
鳥の鳴き声が聞こえて、目を覚ますとまだ早い時間だ。
二度寝しようと横になるが、いつもと違う場所だからか眠れない。
折角旅行に来たのだし、と辺りを散歩することにした。
随分明るくはなっているが、まだ早朝という感じで静かだ。
時折鳥の鳴き声は聞こえるが、それ以外は何も聞こえない。
大吾と距離を縮めるためにきた旅行だったが、成瀬の登場で予定通りとはいかなかったが、いいリフレッシュになった。
こんな自然豊かなところにきたのは久しぶりだ。
田舎出身だったから、都会に憧れて都会が一番だって思っていた。
でも実際は自然に囲まれている方がリラックスできているのが自分でもよくわかる。
「もっと実家に帰ればよかったな」
またあのベンチのところに着いて、腰かけた。
木々が風で揺れて、さわさわと音を立てる。
「でも帰れなかったんだよな・・・あの頃は」
大吾と別れてからは実家に帰るのが嫌になった。
大吾との思い出が田舎にはたくさんあったからだ。
最寄り駅で、バスの中で、家の中で、どこにいても、大吾のことを思い出してしまう。
それが嫌で都会へ就職したのだ。
大吾とは別れるなんて思ってなかった。
二人の関係が変わり始めたのは、大吾が大学を続けられなくなったことがきっかけだった。
大吾の父親は建設業をやっていて、さらに祖父は橋の設計なんかも手掛けていた。
順調に業績を伸ばしていたが、大吾が2回生のころ、リーマンショックなどによる不景気のあおりをうけ、そしてそのタイミングでさらに新たに手を広げた事業が失敗し、あっという間に倒産の危機に陥った。そこで家計を助けて、親の仕事を手伝うため、大吾は大学を退学した。
そして大学生であるすずと働いている大吾との間にずれが生じていった。
あの日もう一度話し合いたい、昔ように戻りたいとすずが大吾をデートに誘った。
でも大吾は現れることはなかった。
寂しくて腹が立って、理由も聞かずに怒りを大吾にぶつけてしまった。
今思えば子供だったのだと思う。
それがきっかけで連絡をとることが減った。
大吾から最後にもう一度会いたいと言われた。
最後と言われて受け止めきれず、返事が出来なかった。
そして自分の気持ちが落ち着いて連絡を取ろうとしたときには、連絡がつかなくなっていた。
慌てて大吾を探して走り回ったが、家も引っ越していて、会社も倒産していた。
完全に連絡が取れなくなって、もう会えないと分かった時、人目もはばからずに泣き崩れた。
「バカみたい・・・」
思い出して涙が溢れてくる。
「すず・・?」
振り返ると、大吾が立っている。
「外に出てるのが見えたから・・・どうした?」
「だいごぉ」
すずは大吾に抱きついた。
「え?あ?」
大吾は驚いているようだったが、なだめるように頭を優しく撫でてくれる。
「もうどこも行かないで」
涙で震える声でそういうと「どこにも行かねぇよ」と大吾は答えてぎゅっと抱きしめた。
「・・・すず、好きだ」
大吾の言葉が静かに響いた。




