波乱の旅行
「本当に気を付けて行ってくるのよ?」
母は昨日の夜から心配しきりで、この言葉を何度となく繰り返している。
「わかってる。大丈夫だから」
今日は旅行に出発する日だ。
大吾と二人で一泊二日なんて反対されるのが目に見えていたので、家族にはサークル仲間と行ってくると伝えた。
嘘ではないがまるでグループで行くかのような言い方をしたので、少し後ろめたい気もするが、中身は32歳なのだから問題はない。
「じゃあ、行ってくるね」
荷物を持つと、心配する母をなだめ家を出た。
まだ朝も早いというのにすでに暑い。
空を見上げると雲一つない青空で、今晩はいい星の写真が撮れそうだ。
バスで最寄り駅に着くと、すでに大吾は駅前で立っていた。
撮影器具をなのか大きな荷物を持っているのが離れたところからでもわかる。
服装は珍しく白のタンクトップに、半袖のモスグリーンのシャツを羽織って、ジーパンを履いている。
いつもはスエットだったり、ジャージだったり、割と楽そうな恰好が多いので、今日は大吾もおしゃれをしてくれたのかもしれない。
そう思うと、可愛らしく思える。
すず自身も珍しく短めのズボンを履いてみた。
こんな服装は何年ぶりだろう。
32歳で履くことは絶対できないので、クローゼットで見つけて折角だからと履いてみたのだ。
「おはよう」
「おぅ」
二人で電車に乗り込む。
まずは新幹線のある駅まで電車でいって、そこから新幹線で1時間半ほどいって、そこからバスでオーベルジュへ向かう。
揺れる電車で膝や肩が触れる度にほんの少し恥ずかしくて、でも嬉しくて甘酸っぱい気持ちになる。
中学生かよと自分でツッコみたくなるが、今のすずはそれに近い恋愛偏差値かもしれない。
思えば好きな人と旅行なんて数年ぶりなのだ。
「オーベルジュには早めに行って、ついたら仮眠をとる」
「仮眠?」
「星空を撮影するんだろ?寝ておかないと夜しんどくなる」
「そうだね」
本来の目的を思い出して、仮眠をとることに賛成した。
本当に楽しみでしかない。
ウキウキした気持ちで新幹線の駅まで向かったところで、思いもよらない人物に声をかけられた。
「すずちゃん」
「成瀬先輩?」
成瀬が大きな荷物を持っている。
「川嶋くんもおはよう」
大吾はなんで?と言う顔をしながら「おはようございます」と小さく返事をした。
「どうしたんですか?先輩も旅行とか?」
「あぁ。ちょっと星空でも撮影しようかと思ってね。今日がちょうどいい写真が撮れるって聞いたから。で、君たちは?」
すずと大吾は顔を見合わせた。
一体どうしてこうなってしまったのだろう。
すずは顔はにこにこさせながら、頭の中はぐるぐると混乱していた。
嬉しそうに話す成瀬に、不愛想に相槌だけをうつ大吾、なぜか3人での旅行になってしまった。
大吾と距離を近づけるための旅行だったのに、予想外だ。
こんな奇跡的に目的地が同じってことがあり得るのだろうか。
新幹線を降りると、明らかに大吾は不服そうな顔をしている。
眉間のしわがかなり深くなっている。
「えっと、私ちょっと飲み物買ってきますね」
気持ちを立て直すためにも、一旦二人から離れることにした。
色々考えたところで3人になってしまったものは仕方ない。
目的地は一緒だったが、宿はきっと違う。
まだ旅行は始まったばかりだと自分を鼓舞すると、冷えたジュースを3本持って2人の元へ戻った。
「同じオーベルジュの予約とれたよ。いや~宿はついてから適当に考えようと思ってたから2人と一緒で嬉しいよ」
「あ・・それは良かったです」
そう答えるしかなく、無言のまま駅に立っていると、送迎の車がやってきてオーベルジュへ向かった。
部屋も男女一緒はよくないよという成瀬の意見で、元々大吾と泊まるはずだった二人部屋に成瀬と大吾、成瀬がとった1人部屋にすずが泊まることになった。
「とりあえず晩御飯が18時だから、それを食べて仮眠して、0時過ぎに始めようか」
すっかり3人旅行のリーダーのように成瀬はふるまい、「またね」と大吾を引っ張って部屋に行ってしまった。
ベッドにバフっと飛び込む。
「疲れた・・・」
大吾の機嫌が気になって楽しむどころではない。ましてや仲良くなるなんて到底無理だ。
「はぁ・・・」
思わずため息が漏れる。
とはいえ、ここで諦めるわけにはいかない。
わざわざ過去まで戻ってやり直しているのだ。
すずは携帯を手に取った。
「本当にびっくりしたよね」
すずが大吾にはそう言うと、「すずが誘ったのかと思った」と疑いの眼差して言ってきた。
「そんなわけないじゃん。二人でって話だったし」
「信じるけど」
自然の中にあるオーベルジュなので、とにかく緑が綺麗で心が洗われる。
道も舗装されていないところも多く、両脇を青々とした木々が並んでいる。
「二人で散歩できてよかった」
思わず口に出してしまって、恥ずかしさで赤面してしまう。
大吾が上手いこと成瀬をお風呂に行かせて、その間に二人でこっそり抜け出して、その辺を散策することにしたのだ。
大吾は返事もせずに、カメラで木々や花の写真を撮影している。
「いいの撮れた?」
そう言うと、大吾が撮影してくれた写真を見せてくれる。
確かに同じ場面をみているのに、大吾のカメラで木々や花を切り取ると生命力が感じられるから不思議だ。
「いい写真」
「まだまだだ」
そう言いながら、さらにシャッターを切っている。
「コンクールとか出さないの?」
「今のところは考えてないかな」
「出したらいいのに」
「写真はあくまでも趣味だからな。コンクールで選ばれるような作品じゃなくて、自分が納得する写真が撮りたいから」
「将来は橋の設計士だもんね。勉強は順調?」
「あぁ。お前のおかげで入れた大学だからな、絶対無駄にはしねぇよ」
「そんな大したことはしてないけど、大吾の夢に少しでも力になれたなら嬉しい」
少し歩くと開けた場所で大きな木とその下にベンチがある。
そこで少し休憩することにした。
「暑いね」
「あぁ」
「夜になったら少し寒いかな?」
「この地域は寒暖差激しいらしいぞ」
「そっか。じゃあカーディガンとか持って行こうかな」
「それがいい」
なんとなく無言になる。
二人の間を爽やかな風が通りぬけて気持ちいい。
目を閉じる。
髪が風になびいているのがわかる。
「気持ちいい風だね」
大吾の返事はない。代わりにカシャっとシャッター音がした。
「あ!勝手に撮ったでしょ!」
「いいだろ、別に」
「よくないよ!ブスに写ったら嫌だもん」
そう言ってカメラを奪おうとすずが大吾の方に体を寄せる。
するとバランスを崩した大吾がそのままベンチに転がり、その上にすずが覆いかぶさるような格好になった。
「あ、え・・・」
腕立て伏せをしているような格好だったが、てんぱってそのまま崩れた。
大吾の心臓の音が聞こえてくる。
「ごめん、すぐ起き上がるから」
すずが起き上がろうとすると、大吾がそっと背中を抱きしめた。
「このままでいい」
「・・・うん」
大吾とこうやって一緒に横になったことも昔あった。
あの頃もこうやって優しく抱きしめられていた。
すずは目を閉じた。




