未来が変わる
「戻ってきちゃったんだ・・・」
いつかは覚める夢だと思っていたが、まさかこのタイミングで覚めるとは思わなかった。
さっきまでの出来事を思い出して、急いで自分の部屋に戻る。
この机の引き出しには、あのお守りを入れていたはずだ。
もし母を守ることが出来ていたのならー
机の引き出しをそっと開く。
犬の刺繍がされたお守りが入っている。
私は膝から崩れ落ちた。
このお守りがここにあるってことは、母はお守りをやっぱり取りに行ったのだ。
そしてきっと階段から落ちたに違いない。
手が届いたはずなのにー
やはり全ては夢だったのだ。
お守りを握っていると、涙が溢れてくる。
守れなかった。
変えれなかった。
しばらくして、少し気持ちが落ち着くと、一階に降りた。
父親はいつもと変わらない調子でお茶を飲んでいる。
ダイニングテーブルにつくと、父親に顔色が悪いと心配そうにこちらを見てきた。
適当に誤魔化して水を飲んだ。
「そんな顔で母ちゃんに会いに行ったら心配されるぞ」
「・・・そうだね。天国でまで心配かけるわけにはいかないもんね」
「お前なんてこというんだ!」
父親が「冗談でもそんなこというな」と珍しく怒って声を荒げた。
「母ちゃんに絶対そんなこと言うなよ」
「言うなって・・・もしかして」
急いで和室へ向かって仏壇を開く。
母の遺影がない。
「すず、心配かけちゃってごめんね」
母は少し年老いていたが、元気そうに笑っている。
「良性の腫瘍だったみたいだから、すぐ退院できるらしいぞ」
父親は母親の洗濯物を片付けながら、嬉しそうに笑っている。
「姉ちゃん、泣かなくても大丈夫だよ」
看護師になった妹がからかうような笑顔でこっちを見ている。
「・・・いいでしょ。安心したんだもん」
「すずは本当に泣き虫だから」
母はそう言ってすずの頭をくしゃっと撫でた。
過去を変えたことで母は今も生きていて、今回は腫瘍が見つかって入院していた。
それも経過をみて問題なければすぐに退院できるとのことだった。
未来を変えられた。
その喜びと安心で眠くなってきた。
母と会った時に念のために大吾とのことも未来で変わっていないかどうか確認しようとさり気なく、家族に聞いてみたが、やはり別れたままのようだった。
「そこまではさすがに欲張り過ぎかな」
眠くて仕方ない。
うとうとして意識がはっきりしなくなってくる。
そう言えば過去に戻る直前、バスで事故にあったような気がする。
しかし、ケガ一つしていない。
あれも夢だったというのか。
一体何が夢で現実なんだろう。
「夢でも現実でもお母さんが助かっただけで十分だよね」
すずは抵抗することなく、夢の中へと落ちていった。
「すず!すず!起きなさい!」
母の声が聞こえる。
「もう少しだけ・・・」
そんな願いは届かず、バッと布団が引っぺがされ、一気に冷気が身体を包む。
「寒っ」
母が仁王立ちでこちらを見ている。
そんな母は昨日見た時より、若くて元気だ。
「早く準備しないと、センター試験に遅刻するわよ!」
「・・・センター試験?」
「すず、緊張しすぎておかしくなってるんじゃないの?今日はセンター試験でしょう?」
「まさか」
急いで起き上がって、洗面台に向かう。
そこには18歳の私が映っていた。
(やばい、どうしよ・・・)
正直母が助かって終わりだと思っていた。
まさか戻ってくるとは想定外だ。
「センター試験とか、マジか」
受験票に筆記用具、なんとか必要なものを鞄に詰め込むと、家を飛び出した。
(なんとかなるもんだな)
センター試験自体は問題なく解けた。
考えたら一度解いた問題なので、うっすら記憶に残っていた。
とはいえ、確証はないので、自己採点してる間は生きた心地がしなかった。
「どうだ?」
父がまるで興味なさそうに聞いてくるが、新聞が逆さまだ。
「志望校には出せそう」
「ふーん。そうか」
「やったじゃない!さすが、私の娘!」
母はスキップしながらキッチンへ向かうと、ケーキを持ってきた。
「お祝いよ、お祝い」
「まだ早いよ」
「やったー!」
真っ先に妹がケーキを選ぼうとして母に怒られている。
平和な光景だ。
「良かった」
これで一つ絶対やり直したい過去を変えられた。
あとは大吾だいごのことだけだ。
未来が変わった以上、ここは過去だ。
夢じゃない。
諦めなければ、大吾の側にいる未来も手に入るかもしれない。
ケーキをパクりと一口食べた。
甘くて優しいミルク味が広がった。
センター試験は大吾も問題なくクリアをしていた。
もちろん、第一志望にお互い出願した。
そこからは勉強に集中し、あっという間に2次試験となり、合格発表日を迎えた。
「番号あったわ」
それを聞いた瞬間、両親が大喜びで今夜はパーティーだと騒いでいる。
ネットで受験番号を確認したが、センターよりは緊張しなかった。
両親の方がよっぽどドキドキしていたに違いない。
合否については必ず報告しようと大吾とで決めていた。
合格発表日の15時に公園で待ち合わせて、そこでお互いに合否を伝えることになっている。
大吾は合格したのだろうか。
過去の行動で未来が変わることは母の一件で証明された。
今回は未来が良い方向に進んだが、全てが良い方向に進むかはわからない。
ドキドキと公園に近づくほどに心臓は鼓動を強くしていくのがわかる。
当時も待ち合わせて伝え合った記憶があるが、もやがかかったように思い出せない。
修学旅行の時と同じだ。
余計にドキドキしてくる。
公園に入ると、大吾がベンチの背もたれに腕をかけ、空を見上げているのが見える。
表情は読み取れない。
「大吾・・・?」
顔をこちらに向けてくるが、その顔はぐったりとしている。
「あ、えっと」
上手く言葉が出ない。
「すず、お前はもちろん、受かってるよな」
小さく頷く。
大吾はため息をついた。
「・・もだよ」
「え?」
「俺もだよ」
「う、受かった?」
「そうだよ、当たり前だろうが」
そう言って大吾はニカっと笑った。
こうして私たちは大学生になった。




