諦めなかったその先にー
「ただいま」
出来る限り明るい声で言ってみるが、気分は上がらない。
「おかえり。最近早いわね、帰ってくるの」
「うん、まぁね」
「受験生なんだから勉強しなさい」
「わかってるよ」
「じゃあ、これ受けに行きなさい」
母に紙を突き付けられて受け取ると、大吾も差し出してきたあの案内だ。
「これって」
「もう申し込んで払い込みまでしたから、受けにいくのよ」
「そんな勝手なこと・・・」
「あんたは昔から緊張しいで、本番に弱いでしょ?模試で練習してきなさい」
そういってすずの頭をくしゃっと母は撫でた。
母の笑顔が温かくて涙が溢れそうになる。
自分を1番理解してくれ、心配してくれるそんな母を自分は守れないのだろうか。
「勝手なんだから」
すずは涙をこらえて自分の部屋に駆け込んだ。
そしてその翌日母は倒れ、過去と同じように病院に運ばれた。
原因はわからず、とりあえずしばらく検査するために入院となった。
母は「大丈夫よ」と笑っていたが、この後どうなるかわかっているすずは変えられない過去に悔しさで涙が滲んだ。
結局何もできないまま、模試の日になった。
この日が母の最期の日だ。
すずは朝から病院に向かった。
「すず、あんた何してんの?」
「お見舞いにきたのよ」
「今日模試の日でしょ」
母は怒ってすぐに模試に行くように言ったが、行けるはずない。
「今日はここにいる」
「ダメ。勉強ここまで頑張ってきたじゃない。母さんはすずには大学に行って欲しいのよ」
「お母さん」
「さ、早く行きなさい」
母が優しく頭を撫でてくれる。
「大丈夫よ。すぐ退院して、神社に合格祈願して、お守り買っておいてあげるからね」
これが母の最期の望みならー
急いで駅に向かうと、大吾が見えた。
「おはよ」
「すず、受けることにしたのか?」
私が頷くと、「頑張ろうな」と大吾は笑顔を見せた。
電車に乗って、試験会場まで向かう。
電車がスピードをあげ、見える景色がすごい速さで変わっていく。
母がいなくなると思うと、恐ろしくて手が震えてくる。
やっぱり母を守らなければ―
「どうした?顔色悪いぞ」
大吾が心配そうな顔を向けている。
「大丈夫」
再び窓の外に目を移そうとした時、前に立つ女子高生のお守りが揺れるのが見えた。
可愛らしくて犬の模様が入っている。
学業成就と書かれたお守りだ。
もしかしたら、この子も模試を受けに行くのだろうか、そんなことをぼんやり考えた時、何かが引っかかった。
(あのお守り見たことある)
あの日の母のカバンの中だ。
母のカバンの奥底から出てきて、私のために買ってくれたのだと涙を流した。
でも見るのも辛くて、結局引き出しにしまったままにしてしまったのだ。
母の今朝の言葉が蘇る。
「神社に合格祈願して、お守り買っておいてあげるからね」
母はさっきの時点でお守りは買ってない。
でも今日の夜、亡くなった時点でお守りを持っていた。
つまり―
「すいません!そのお守り、どこのですか?」
突然の問いかけに女子高生はびっくりしたようだったが、「日野浦上神社ですけど」と答えてた。
急いで電車を降りようとするが、特急でまだ止まらない。
次の駅までまだ時間がある。
「もう!」
「どうしたんだよ?!」
「急がなきゃいけないの!」
突然のすずの行動に大吾は驚いて、落ち着かせるようにすずの肩に手を置いた。
「落ち着け!どうしたんだ?ちゃんと言ってくれなきゃわからないだろ」
しばらくして電車が駅のホームへ入ってた。
「私これだけは最後まで諦めるわけにはいかないの。全力で守り抜くって決めたの」
扉が開いて、すずは走り出した。
日野浦上神社なら進行方向が逆だ。
急いで向かいのホームに走ろうとすると、パシッと手を引っ張られる。
「ばかやろう、電車よりタクシーの方が早ぇよ!」
大吾に手を引っ張られて、駅前のタクシー乗り場に向かう。
「すいません、日野浦上神社まで」
運転手に大吾はそう告げた。
「大吾、模試は?」
「んなもん受けなくも、本番には何の問題もねぇ。今は、今はお前の大事なものを守る方が優先だろうが」
お守りを買いに行ったのが原因かはわからない。
でも母は病院を抜け出してお守りを買いに来たのは確かだろう。
もしかしたら助けられるかもしれない。
心臓が強く脈を打つ。
手に汗が滲んでいるのがわかる。
タクシーが神社に着いた。
まだ母は来ていないようだ。
神社の脇で座り込んでいると、「おい」と大吾の声がして見上げると水を差し出している。
「・・・ありがと」
「ここにいれば大丈夫なんだな?」
「うん」
大吾も隣に黙って座り込む。
「理由聞かないの?」
「・・・言えねぇんだろ?それはなんとなくわかる」
「ありがと。・・あ」
雨が降ってきた。
そう言えば、雨の予報だった。
「傘持ってないや」
「俺、ちょっとそこのコンビニで傘買ってくるから、そこの木の陰で待ってろ」
そう言われて木の下で待っていると、雨がひどくなっていく。
木のおかげでそこまで濡れないが、やはり全く濡れないというわけにはいかない。
「どうしよ・・・」
カバンからハンカチを取り出そうとした時、一緒にリップクリームが飛び出して転がっていく。
「・・・最悪」
雨に濡れる覚悟でリップを取りに行こうとすると、神社の階段の上から母が降りてこようとしているのが見える。
「お母さん!」
反射的に走り出す。
母の足が階段を踏み外し、母の身体が傾く。
身体がぐらついて、前のめりに落ちて行こうとしている。
全てがスローモーションに見える。
(お母さん、お母さん、お母さん)
階段を駆け上がり、体全部で母を受け止めようと手を伸ばす。
受け止めた瞬間にぐっと母を抱きしめる。
直後に背中に強い衝撃を感じる。
意識が遠くなっていくが、なぜか痛みは感じない。
でも母親の温かさは感じていた。
(届いた―)
「ん・・・」
うっすらと目を開くと、明るい日差しが差し込んでいる。
起き上がると、ベッドの上のようだ。
天国ではないようだ。
「まだ寝てんのか?」
父親がこっちを見ている。
その顔は明らかに歳を重ねている。
「嘘・・・」
慌てて階段を下りて洗面台の鏡へ向かった。
そこには32歳の自分が映っていた。




