未来への選択
電車の窓に映る山は赤くなって、秋が深まってきた。
季節が移り変わるのが早いと感じるのは、今の私が高校生だからだろうか。
そんなことを考えていると高校の最寄駅についた。
今日は恵美が風邪で休みなので、仕方なく1人で登校だ。
電車を降りて、ぐーっと背伸びすると歩き出す。
同じ高校の子達がたくさん高校に向かって歩いていく。
この光景ももう見慣れたものだ。
大吾との噂は今や誰もしてこない。
誰も話しかけてすら来ない。
堂々としていれば噂されないと言われて、隠すから噂されるんだと思って実行したが、どうやら噂されないのは私も本当はヤンキーであると認識されて怯えられているからだった。
特に不便も感じないし、理由はどうあれ陰でごちゃごちゃ言われるよりはマジだ。
教室に入ると、大吾はいつものように教室の後で眉間に皺を寄せている。
「おはよ」
「おぅ」
「また数学?」
大吾の机を覗き込むと、数学の問題が並んでいる。
「やっぱベクトル苦手だ」
そういって頭を伏せて、「カーッ」と頭を掻いた。
「朝から勉強なんて感心感心」
すずは隣に椅子を置くと、いつものように教える。
こうやって過ごすのも当たり前になってきた。
担任も最初こそ大吾と仲良くするすずを心配していたが、大吾の素行が良くなってきたこともあり、なぜか感謝されるようになっていた。
大吾が中間テストで高得点をとってきた時には、大吾より褒められてしまった。
模試の点数もまずまずで、すずはB判定、大吾はC判定まででた。
「負けた…」と大吾は不服そうだったが、こればっかりは仕方ない。
受験生なので勉強ばかりの日々だが、確実に距離は縮まっているのをすずは感じていた。
それと同時に、過ぎていく日々に不安が募る。
「どうしたんだ?ため息なんてついて」
気づいたらため息をついていたらしい。
図書館の壁にかけられているカレンダーは12月になっている。
周りにいる人もダウンコートなど分厚いコートを着て、寒そうに肩にコートをかけたり、マフラーを膝掛けのようにして過ごしている。
「もうすぐセンターだもんな」
返事をしてないのに大吾は1人で納得してペンをくるりと回している。
「そうだね」
母のことを考えると、胸が苦しくなる。
どうしても母のことが気がかりで病院に行かせることはできた。
でも検査結果は問題なしだった。
何か原因でも見つかれば運命が変わるかもしれない。
そんな期待をしていたから、それを聞いた時は心臓が痛み、血の気が引いた。
あと2週間。
どうすれば母を救えるのだろう。
「すず、顔色悪いぞ?」
「大丈夫」
わざと目を逸らして、英文に目をやるが、まるで頭には入ってこない。
やがて気付けば涙がこぼれそうになり、英文は滲んで見えなくなる。
「何があったんだ?」
泣きじゃくるすずを図書館から連れ出し、大吾は近くの公園のベンチに座らせた。
ただ黙って隣に座っている。
こちらを見るでもなく、無視しているわけでもない。
ただ隣で静かに落ち着くのを待ってくれている。
そんな大吾の優しさが伝わってきて、少しずつ気持ちが落ち着いてくるのが自分でもわかった。
「…もしもの話なんだけど」
「ん?」
「もしこの先にすごく悲しいことがあるのはわかってて、でもそれを避けられなくて・・・」
未来がわかっているのに何もできない。
自分が無力すぎて辛い。
自分の手がふわっと温かいものに包まれた。
「それは避け方がまだ見つかってないだけかもしれない。俺なら・・・」
すずの手を大吾の手が優しく包んで、そっとすずの右手と左手を離した。
思ったよりきつく握っていたようで、左手が赤くなっている。
「俺なら、最後まであきらめない。避ける方法が見つかるまで、全力で探し続ける」
そう言って、穏やかな目をして微笑んだ。
そこからの帰り道、すずは大吾にお願いして、手を握ったまま分かれ道まで歩いた。
大吾の温かい手から勇気がもらえる気がした。
「俺に手伝えることはないか?」
大吾はそう言ってくれたけれど、未来での出来事を話すわけにはいかない。
厳密にはルールなんて知らないけれど、何となくそんな気がした。
大吾にはお礼だけ伝えて、家に帰った。
「おかえり」
母は孫の手で背中をかきながら、横になっている。
「ただいま」
部屋に入ると、最後まであきらめないと心に決め、カレンダーをみた。
あと2週間。
出来ることは、まだあるはずだ。
そう思って過ごしたけれど、そう簡単にどうしていいかはわからない。
母になるべくくっついているが、結局亡くなった当日以外は元気に過ごしているので、どうにもならない。
学校にも、図書館にも行かずにくっついていたら、母の怒りを買ってしまって、結局高校へ来ている。
「まったくどうしたものか・・・」
小さくため息がでた。
「すず」
「ん?」
大吾が真剣な顔で何かの案内を差し出している。
「俺、センター試験の前にこれ受けとこうと思う」
何の案内だろうと受け取ってみると、模試の案内だった。
そう言えば、この時期に一緒に模試を受けた気がする。
日付を見ると、母の亡くなった日の前日だ。
「うん、いいんじゃない?」
「すずは受けないのか?」
「ちょっと考えてみるね」
「・・・そうか」
大吾は少し残念そうな顔をしたが、すぐにまた数学の問題に取り組んでいる。
この模試をきっかけに大吾は志望校を決めて、より一層勉強に取り組むようになる。
そして私自身もこの模試で苦手な部分がわかり、そこを対策することで受かった。
つまり、2人の未来にとって大事な模試なのだ。
でも今回は模試に行くことは出来ない。
その日こそ母が亡くなるきっかけになった日だからだ。
(そういえばあの日も寒かったな…)
■□■
「大吾!こんな寒いとこで待たされたら風邪ひいちゃうでしょ!」
模試の受験会場まで一緒に行こうと待ち合わせしたのに、大幅に大吾が遅刻してきた。
それでなくても初めて行く会場で迷うかもしれないのにと、すずは焦っていた。
「まぁ大丈夫だって」
大吾はそう言いながら、マイペースに歩いている。
「あのね、これが本番だったら終わりだよ?お!わ!り!」
「そう言うなって。1限目地歴だろ?遅刻したって満点とれるぜ」
「そんな冗談言ってる場合じゃないから!」
走りながら怒って、なんとか会場に滑り込んだ。
模試はいざ受けてみると、いつもより難しく感じた。
実際には問題の難易度は高くなっていたわけではないのだが、緊張から解けなくなってしまっていた。
焦る中、時間だけが過ぎていく。
午前の試験が終わった段階で、吐きそうなくらい気分が悪くなっていた。
「大丈夫か?」
試験会場の隣の公園でお弁当を広げてみるが、食欲はない。
「うん、なんとか」
「メシ・・・は食えないよな」
「そんなことな・・・」
大吾は心配そうに顔をのぞき込んだかと思うと、すずの顔を見てニヤニヤ笑いだした。
「お前、緊張してるだろ?」
顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。
「き、緊張してるわよ!別にいいでしょ」
すずの肩に大吾がコートをかけて立ち上がると、座っているすずの頭をぽんぽん叩いた。
「気楽にいこうぜ」
「・・・私が先生なのに」
「そんなこと言えるなら大丈夫だな。お守りもあるんだし、大丈夫だ」
すずのカバンのお守りを指差した。
「これ、恋愛成就のお守り」
「え?」
「全然効果がないお守りだよ」
つんとお守りをつつく。
「・・・そんなことねぇだろ」
小さく大吾がつぶやいて、口をとがらせている。
そんな姿が可愛らしくて、思わず吹き出してしまう。
「午後も頑張りますか」
「おぅ」
あの時の大吾の眩しい笑顔が浮かぶ。
あの思い出も無くなってしまうのか―
胸の奥がツンと痛む。
でも今は母を守るのが最優先だ。
大吾に今日も図書館に行けないと断ると、まっすぐ家に帰った。




