第六章 夜が牙を剥く
夜は、
黙っているだけの存在ではない。
奪われそうになった瞬間、
必ず――
噛み返す。
警報は、
夜明会全域に響き渡った。
【思想矯正フェーズ2 移行】
【“朝”関連現象を
国家異常事象として認定】
その瞬間、
都市の空気が変わった。
装甲部隊が、
街へ展開する。
黒い人型外骨格。
光を吸う装甲。
彼らは、
機械のように正確だった。
「対象区域、
制圧開始」
市場通り。
昨日まで、
影を見つめて
泣いていた人々。
今は、
走っていた。
「来るぞ!」
「夜明会だ!」
だが、
逃げ場はない。
夜に慣れた街は、
監視に最適化されている。
「止まれ」
冷たい声。
兵士が、
一人の男を掴む。
「光を見たと言ったな」
「……見た」
次の瞬間。
男は、
地面に押さえつけられた。
「思想不安定」
「再教育対象」
悲鳴。
だが、
誰も助けない。
助ければ、
次は自分だから。
拠点。
ミオが、
歯を食いしばる。
「もう、
始まった」
「予想より、
早い……」
ユウは、
モニターを見ていた。
赤く染まる街区。
「……俺のせいだ」
「違う!」
ミオが、
即座に否定する。
「夜は、
ずっと噛む準備を
していただけ」
その時。
通信。
「こちら第三区」
「“朝を見る者”が
集団で発生」
「制御不能です!」
ハルカの声が、
割り込む。
「構わない」
「“見た者”を
消しなさい」
ユウの指が、
震えた。
「……消す?」
「殺す、
って意味だ」
ミオは、
はっきり言った。
「夜は、
朝を
生かしておけない」
街角。
一人の少女が、
立ち尽くしていた。
昨日、
影を踏んで
笑った少女。
「……きれい」
夜空に、
わずかな橙色。
彼女は、
それを見上げていた。
銃声。
少女は、
倒れた。
光は、
夜に吸われて
消えた。
ユウの視界が、
揺れた。
胸の奥が、
裂ける。
「……やめろ」
声が、
漏れる。
拠点の壁が、
揺れた。
衝撃。
「見つかった!」
ミオが、
叫ぶ。
「ユウ、
移動する!」
ノクス・ガードが、
突入してくる。
銃口。
「対象発見」
「“朝の起点”」
ユウは、
一歩前に出た。
恐怖は、
確かにあった。
だが。
それ以上に――
怒りがあった。
「……夜は、
人を守るために
あったんじゃないのか」
兵士が、
一瞬だけ
動きを止める。
その瞬間。
ユウの中で、
何かが
決壊した。
空間が、
軋む。
光ではない。
闇でもない。
“境界”が、
歪む。
兵士の装甲に、
影が走る。
光を拒むはずの装甲が、
影を
“拒めない”。
「な……」
次の瞬間。
影が、
兵士を包んだ。
倒れる。
沈黙。
ノクス・ガードが、
後退する。
「未知現象!」
「報告を――」
通信が、
途切れた。
ユウは、
膝をついた。
呼吸が、
荒い。
ミオが、
駆け寄る。
「今の……
何をしたの?」
「分からない」
ユウは、
正直に言った。
「でも……
夜と朝の
間に
触った気がする」
遠く。
夜明会の塔。
ハルカは、
モニターを
見つめていた。
「……ついに」
唇が、
歪む。
「少年は、
“兵器”になった」
街は、
分断される。
夜を守る者。
朝を望む者。
どちらも、
正義だと思っている。
だが。
銃を持つのは、
夜だけだった。
ユウは、
立ち上がる。
足は、
震えている。
それでも。
「……もう、
逃げない」
ミオが、
静かに言う。
「あなたは、
もう象徴よ」
「世界が、
殺そうとする
“朝”そのもの」
夜は、
完全に牙を剥いた。
そして。
この瞬間から、
戦争が始まった。




