第五章 朝が漏れ始める街
最初に異変が起きたのは、
都市第七層の外縁部だった。
永久夜区画。
本来なら、
一日中同じ暗さであるはずの街。
だが――
「……今、
明るくなかった?」
誰かが、
そう呟いた。
午前二時。
街灯が、
必要以上に眩しい。
ネオンの色が、
少しだけ“薄い”。
「気のせいだろ」
「最近、
目が疲れてるんだ」
人々は、
そう言って笑った。
夜に慣れた世界では、
異変よりも“慣れ”が勝つ。
だが。
確実に、
“朝”は漏れていた。
拠点の天文台。
ユウは、
ドームの中央に立っていた。
胸が、
痛む。
第四章以降、
痛みは増している。
まるで、
体の内側が
引っ張られているような感覚。
「……広がってる」
彼の視線の先。
モニターには、
都市マップが表示されていた。
淡い光の斑点。
「局地的夜明け現象」
ミオが言う。
「あなたが
干渉した地点を中心に、
朝の“定義”が
世界へ染み出してる」
街の一角。
市場通り。
露店の照明が、
急に落ちた。
「停電か?」
だが、
闇は来ない。
代わりに――
薄い橙色が、
路地に満ちた。
「……なに、これ」
人々が、
立ち止まる。
影が、
できている。
それは、
永久夜では
存在しないはずのもの。
「影……?」
老人が、
震える声で言う。
「昔、
聞いたことがある」
「朝があった頃は……
人には
影があったって」
周囲が、
ざわつく。
「冗談だろ」
「そんなの、
昔話だ」
だが。
誰も、
自分の足元から
目を離せなかった。
同時刻。
夜明会の施設。
警告音。
【思想不安定区域 発生】
【“朝”関連ワード検知】
ハルカは、
モニターを睨んでいた。
「……始まったか」
側近が、
焦った声を出す。
「司祭、
市民が動揺しています」
「“光が違う”と」
ハルカは、
静かに言った。
「恐怖ではない」
「“思い出”だ」
街では、
小さな変化が
連鎖していた。
眠れない者。
逆に、
深く眠る者。
夜の仕事が、
手につかない者。
「集中できない」
「頭が、
ぼうっとする」
理由は、
誰にも分からない。
だが。
朝は、人のリズムを
壊す。
ユウは、
外に出ていた。
薄明るい空。
完全な朝ではない。
だが、
完全な夜でもない。
「……世界が、
俺に近づいてる」
ミオが、
隣に立つ。
「違う」
「あなたが、
世界から
遠ざかってる」
彼女は、
ユウの手を掴む。
「脈、
速い」
「体温も、
上がってる」
「このままじゃ……」
その時。
遠くで、
悲鳴。
二人は、
走った。
路地裏。
一人の少年が、
うずくまっていた。
目を覆い、
震えている。
「まぶしい……!」
「消してくれ……!」
光そのものに、
怯えている。
「夜しか
知らない子だ」
ミオが、
歯を噛む。
「朝は、
優しいだけじゃない」
ユウは、
少年の前に
しゃがみ込む。
胸の痛みを、
無視して。
「大丈夫」
声が、
自然と出た。
「これは、
壊れる光じゃない」
少年が、
恐る恐る
顔を上げる。
その瞬間。
ユウの視界が、
白く弾けた。
一瞬。
完全な朝。
太陽。
空。
世界。
そして――
自分自身が、
透けていく感覚。
「……ッ」
倒れそうになる。
ミオが、
抱き留める。
「ユウ!」
意識が戻る。
空は、
また夜に近づいている。
「……今の」
「あなたが、
“定義”を
強く発した」
ミオは、
震える声で言った。
「その分、
あなたは
朝側へ引かれた」
街では、
噂が広がり始めていた。
「光を見ると、
不安になる」
「でも……
懐かしい」
「涙が、
出る」
夜を愛する者。
朝を恐れる者。
朝を待ち望む者。
世界は、
二つに割れ始めている。
遠く。
夜明会の塔。
ハルカが、
空を見上げる。
「少年……」
「君は、
もう隠せない」
「朝は、
漏れた」
ユウは、
胸に手を当てた。
痛みは、
確かにある。
だが。
街の片隅で、
影を見つめて
泣く人々の姿が、
頭から離れなかった。
「……もう、
戻れないな」
ミオが、
小さく頷く。
「ええ」
「世界は、
気づいてしまった」
夜明けは、
まだ完全じゃない。
だが。
一度漏れた朝は、
二度と
元には戻らない。




