第三章 夜を信仰する者たち
銃声が、
地下施設の壁を震わせた。
火花。
金属音。
叫び声。
ユウは、
ミオの背中を必死に追う。
「走って!」
彼女は振り返らない。
夜の中で育ったユウにとって、
闇は慣れ親しんだもののはずだった。
――だが、今は違う。
この闇は、
意思を持って迫ってくる。
「侵入者確認。
コード・ノクス発動」
低い、合成音声。
次の瞬間、
天井から降りてきたのは――
黒い装甲の兵士たちだった。
顔は見えない。
だが、
動きに迷いがない。
「政府軍?」
ユウが叫ぶ。
「違う」
ミオは即答した。
「夜明会」
夜明会。
夜明け消失後に生まれた、
巨大思想集団。
彼らは言う。
「夜は、人を平等にする」
光があるから、
差が生まれる。
影があるから、
弱者が生まれる。
夜は、
それを消す。
「……宗教か?」
「信仰であり、
政治であり、
経済よ」
ミオの声は、
冷えていた。
「夜に救われた人間は、
想像以上に多い」
通路の先。
一人の男が立っていた。
黒衣。
胸に刻まれた、
三日月の紋章。
仮面を外す。
「久しぶりだな、
サンライズの犬」
穏やかな声。
だが、
目は笑っていない。
「……ハルカ」
ミオが、
歯を噛みしめる。
「元・計画幹部。
今は――」
「夜明会司祭」
男は、
両手を広げた。
「歓迎しよう。
夜を壊す者たちよ」
ハルカは、
ユウを見る。
「君が、
“鍵”か」
視線が、
突き刺さる。
「思ったより、
普通だ」
「……夜を返してほしいだけだ」
ユウは、
震える声で言った。
「朝が、
あった世界を」
ハルカは、
小さく笑った。
「朝は、
希望だった」
「だが同時に、
残酷だった」
彼は、
一歩近づく。
「朝は、
働けない者を
照らし出す」
「弱さを、
影として
足元に落とす」
「夜は違う」
彼は、
両腕を広げた。
「皆が同じ。
皆が見えない」
「だから、
救われる」
ミオが、
銃を向ける。
「綺麗事を言うな」
「夜は、
管理の道具だ」
「支配のための
闇よ」
ハルカは、
静かに首を振る。
「支配されてもいい」
その言葉に、
ユウの胸が
ざわついた。
「朝に置いていかれるより、
ずっといい」
次の瞬間。
床が、
光った。
「な――」
「見せてあげよう」
ハルカが、
指を鳴らす。
視界が、
歪む。
ユウは、
別の場所に立っていた。
夜の街。
だが、
そこにいる人々は
笑っている。
影が、
ない。
誰も、
比べられていない。
「……これは」
「夜に救われた世界」
ハルカの声が、
頭に響く。
「朝が戻れば、
この人たちは
居場所を失う」
「それでも、
君は朝を選ぶか?」
胸が、
締めつけられる。
正義じゃない。
単純な話じゃない。
朝は、
誰かを救い、
誰かを切り捨てる。
その時。
ミオの声が、
遠くで聞こえた。
「ユウ!」
視界が、
弾ける。
現実。
「迷うな!」
彼女は、
撃つ。
「選ぶのは、
“完璧な世界”じゃない!」
「進む世界よ!」
ユウは、
目を閉じた。
そして。
胸の奥にある
“データ”が、
熱を持つ。
朝の記録。
夜明け前の光。
「……朝は」
彼は、
呟いた。
「奪われたままじゃ、
ダメだ」
足元が、
光る。
床に、
見たことのない
数式が浮かぶ。
「なに……?」
ミオが、
目を見開く。
ハルカが、
初めて動揺した。
「それは――」
鍵が、目覚めた。
ユウの存在そのものが、
干渉フィールドに
“触れている”。
世界が、
軋む。
「……面白い」
ハルカは、
微笑んだ。
「やはり君は、
夜明けを呼ぶ存在だ」
「だが――」
一歩、
後退する。
「次は、
もっと多くの夜が
君を試す」
警報が、
再び鳴る。
「撤退!」
ミオが、
ユウの腕を掴む。
走る。
背後で、
ハルカの声が響く。
「少年!」
「朝を選ぶなら――」
「夜を殺す覚悟を持て!」
地上へ。
夜空。
だが、
一瞬だけ。
雲の向こうが、
ほんの僅かに明るくなった。
ユウは、
それを見逃さなかった。
「……今の」
ミオは、
小さく笑う。
「ええ」
「世界が、
あなたに
反応した」
夜は、
まだ深い。
だが。
夜明けは、
確実に動き始めていた。




