41.雨降って……
――ザッ、ザッ
箒を動かすたびに桜色の花弁が踊る。
いつの間にか満開になっていた桜は、猫社の参道を埋め尽くしていた。
あの事件から二週間。
三月下旬となった街はいたるところで薄紅色の花を咲かせていた。
「やっぱりこの時期は毎日掃かないと、すぐに積もっちゃうね」
「でもこの作業、なんだか楽しいです!」
「あはは~。それなら良かった」
紡生と神余は、二人掛かりで、降り積もった桜の花びらをどかしていた。
「本当に、あっという間に満開になりましたよね」
「そうだね~。最近本当に温かくて、ついうたたねしちゃうよ」
「あはは。ミケさんも最近よく寝ていますよ。ほら、裏手側に大きな桜の木があるでしょう? あそこで花見しながら、縁側で。贅沢ですよね~」
あわせ屋の屋敷には広い前庭があるのでしばらく気が付かなかったが、居住スペースから見えるように中庭も作られていた。
そこには大きな桜の木があった。
屋敷を額縁として中庭を切り取ると、薄紅色の花弁を舞い踊らせるそれはまるで美しい一枚の絵画のように見えるのだ。
「あはは。あそこでミケ君がお昼寝しているのか~。穏やかな時間そのものって感じだねぇ」
「そういう絵、ありそうですよね」
桜の舞い散る縁側で、一匹の猫が眠っている。
どこかで見たような構図で珍しいものでもないけれど、見ていると心がほっこりする。
そんな不思議な魔力がある構図だ。
「いいなぁ。僕もお昼寝したくなってきたぁ」
「分かります。あっ、でも今日はこの後お花見するんですよね?」
「そうそう。ちょうど見ごろだし、紡生ちゃんの誕生日も近いからねぇ。ごちそうを持ち寄って宴会だよぉ!」
神余はにっこりと紡生に笑いかけた。
なんと紡生の誕生日のお祝いも一緒にしてくれるのだという。
「今年で十九歳だっけ? まだお酒はダメだから、僕のとっておきのジュースを用意してあるんだよぉ」
「ふふ、嬉しいです! あ、そうだ。私もせっかくだし商店街でなにか買っていこうかな」
「あ、いいね~。じゃあ早く終わらせて戻ろうかぁ」
楽しみなことがあると仕事にも熱が入る。
紡生は箒を抱え直し、気合を入れて掃除をしていく。
「あ、いたいた! 小宮さん!」
そのときふいに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
顔を上げてみると猫社の鳥居の前に見覚えのある姿が見えた。
肉屋の文字がプリントされたエプロンを着ている女性、強面の顔に笑みを浮かべた男性、杖をつきながらも懸命に歩いてくるご年配の婦人――赤堀、黒永、蒼樹の三人だった。
「あれ、こんにちは。どうしてご一緒に?」
面識があったのだろうかと首をひねっているとカラカラとした豪快な笑い声が聞こえてくる。
「違う違う。さっき会ったばかりよ」
「え? それならどうして」
「ちょうど商店街の交差点で会ってさ、皆同じ方へ向かっていたから気になって聞いてみたんだよ。そしたらやっぱり猫社に行くって言われてね。せっかくだし一緒にってことになったんだ」
赤堀の言葉に黒永と蒼樹も同意するように頷いた。
「そうそう。聞けば皆君達にお世話になったみたいで。俺もお礼をしたくてさ」
「わたしもよ。そしたら偶然、貴方たちに縁のある人が集まっていたの。ビックリしちゃったわ。不思議なこともあるものねぇ」
和やかな笑い声が上がる。
以前は皆落ち込み影を落としていた人たちだが、今は吹っ切れたように笑っている。
紡生にはそれがまぶしく映った。
「あ、そうだ。報告しておくことあったんだった」
ふと黒永が思い出したように声を上げた。
「白動物病院で保護されていた《《ギンちゃん》》だけど、オレが飼うことになったんだ」
「! 本当ですか!」
ギンと言えば、例の事件で毒を盛られて捨てられていた子だ。
夏苗の病院に連れ込んだ後一命をとりとめてはいたが、回復するかどうかは怪しく、もうだめかと思われていた。
そんなギンだったが犯人逮捕の後意識を取り戻し、順調に回復に向かったと連絡をもらっていたのだ。
「もともと野良猫でもう成猫だったから引き取り手がいないかと心配していたんです。でも黒永さんが面倒を見てくれるのなら安心ですね!」
「うん。俺としても放っておけなかったし、きっとアズキがいたらそうしろっていうだろうと思ってさ」
黒永は穏やかに微笑んだ。
「アズキのこともギンのことも、重ね重ねありがとう。俺も頑張るよ。……そうだ、よかったらこれ」
「え?」
差し出されたのは上等なお酒やお菓子の入った紙袋だった。
「今日会えるかどうか分からなかったから日持ちしそうなものを買ってみたんだ。あと猫社の神様にはお酒のお供えをね」
「あ、ありがとうございます!」
「あ、でも……小宮さんはまだお酒ダメだったかな? それに他の二人もお礼を持ってきたみたいだから重くなっちゃうよな」
見れば赤堀と蒼樹も同じような紙袋を持っている。
確かに重そうだし、大きい紙袋なので一人で持つには大変だ。
どうしようかと迷っていると、神余がすっと前に出た。
「僕も持つの手伝うので大丈夫ですよぉ」
「あっ、神余さん」
面識のある蒼樹がにこやかに頭を下げ、残る二人に紹介するとあっという間に警戒心を解いたらしい。
お礼の品を神余に預け一礼をしていく。
「じゃあアタシ達はお参りしていくね。小宮さん、本当にありがとう。ミケさんにもよろしく伝えてね」
「前を向くことができたのは君たちのおかげだ」
「この御恩は忘れないわ。もしも困ったことがあったら言って頂戴ね。きっと力になるわ」
それぞれにお礼の言葉を告げられ、心が温まる。
ああ、自分の選択は間違っていなかったのだと、改めてそう思った。




