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猫とのご縁、おつなぎします。~『あわせ屋』ミケさんと猫社の管理人~  作者: 香散見 羽弥@コミカライズ版『夜の聖女』7/17配信開始!


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36.あやかし<五徳猫>


 ミケは倒れた柴田に視線をやった。



 死んではいない。

 猫たちが放つ怨念の重圧に耐えきれず、意識を失っただけだ。



 とはいえ、猫たちの念がこれだけでなくなるという訳ではない。

 柴田は生き続ける限り、猫たちの負の念にじわじわと蝕まれ続けるだろう。


 心身に影響を受けもう元の生活には戻ることはない。



 それこそが罰――遭わせの仕事なのだ。




自業自得(じごうじとく)だ」



 ミケはもう一度小さくつぶやいて、視線をその上へと向けた。



 死んでからも苦しみ続ける憐れな猫たちが、そこにいた。

 怨霊になるということはつまり、恐怖と恨みに縛られるということ。

 自我を失い苦しみ続け、苦しみから逃れようと生者に害をなす。

 憐れな存在でしかない。



 ミケは目を細め怨霊を見た。



「せめて罪を重ねる前に消してやる」




 ――ゴウッ




 風が入らないはずの部屋で突風が吹いた。

 影が黒炎となりミケを包んだ。



 その炎が消えたとき、その場には四つ足の大型の獣がいた。


 鋭く尖った爪はコンクリートの床を抉り、大きく裂けた口からは巨大な牙が見て取れる。

 青く光る眼は闇の中でも怪しく煌めき、頭に生えた三本角と、二又の尻尾からは真っ赤な炎が上がっていた。


 それがミケのあやかしたる姿。五徳猫(ごとくねこ)としての本来の姿だ。




「悪く思うな」




 ミケは大きく息を吸い真っ赤な炎を吐き出した。

 バチバチと燃え上がった炎は怨霊めがけて真っ直ぐに伸びていく。



「ギャオオオ!」



 雄たけびを上げた怨霊はゴポリと音を上げ、粘液(ねんえき)をまき散らした。

 炎と粘液がぶつかり合い、蒸発して煙が上がる。



 煙に触れた皮膚がピリリとしびれた。



「っち! 毒か!」



 毒で殺されたからこそ、毒の力を得た。


 不思議なことではないが狭い室内では厄介この上ない。



 ミケは咄嗟に窓を割り外へと逃れた。

 大粒の雨が降り続く中、作りかけの足場を伝い屋上へと向かう。




 怨霊も追ってきて、不安定な足場の中再び対峙した。




(長期戦は不利だが……、さて、どうやって戦う?)




 怨霊は常に負の念をまき散らす存在だ。

 長く対峙すればその感情にのまれてしまう。そのため短期決戦が好ましい。



 けれど相手は毒の力を有した怨霊。


 遠距離では先ほどのように相殺され毒の範囲を広げてしまう。

 接近戦をするにしてもあの毒を食らうとただじゃすまないのは明白だ。




「やっぱり一筋縄じゃいかねえか……っ!?」



 どう戦うか考えていると、突然ぐらりと世界が歪んだ。




【痛い】【苦しい】【帰りたい】【……ママ、どこ?】【一人は寂しい】




 途端に雑音交じりの感情の激流が襲ってくる。


 恐らく先ほどの毒の煙を吸い込んでしまったせいで、怨霊になっている猫たちの感情が流れ込んできたのだろう。




「ぐっ!」



 激しい耳鳴りと心の内を掻きまわされるような不快感が体を満たし、ふらりとよろけてしまう。

 怨霊はそれを見逃さず、毒の粘液を打ち込んできた。




「ミケさん!!」




 この場に似つかわしくない高いソプラノの声が聞こえた。


 ドンと体に衝撃(しょうげき)が走り、倒れこむ。



「ミケさん、大丈夫!?」

「アンタ……!」



 ミケの上に乗っていたのは紡生だった。

 どうやらタックルをかまして避けさせたらしい。



 いや、そんなことよりも……



「なんで来た!?」



 関わらせないように遠ざけたはずだ。

 わざと傷つけて、絶対に戻ってこないように。



 ……それなのにどうしてここにいる?



 戸惑うミケの視界の隅で、怨霊が動き出したのが見えた。

 ゴポリと毒を吐き出す音がする。



「くそっ!」

「うわっ」



 ミケは紡生を口に(くわ)え飛び退いた。

 足場に粘液がかかり、ドロリと溶けて煙が上がる。


 もしもあそこにいたままであったら……。

 そう考えるとぞっとする。



 ミケは紡生を咥えたまま大きく距離を取り、物陰に身をひそめた。



「ここはアンタが来ていいような場所じゃない。いいか、オレが気を引いている間に逃げろ」



 今は煙で見えていないだろうが、すぐにはれるだろう。

 そうなれば怨霊は再び攻撃してくるに違いない。


 あやかしの自分ですら苦戦する相手だ。

 人間の、なんの力ももたないやつなんて対峙するだけで危ない。


 それに紡生を気にしながら戦っていては勝ち目はない。

 早くこの場を離れてもらわなければ全滅だ。



 だというのに



「嫌です。逃げません」



 紡生はそう言い切った。



「は、はあ!?」

「私はミケさんを支えるために戻ってきたんだ」

「バカか!? 冗談(じょうだん)なんて言っている場合じゃないんだぞ!?」

「冗談なんかじゃないよ」



 はっきりとした言葉に振り返ると、真剣な赤茶色の瞳とかち合う。



「全部聞いたよ。怨霊のことも、あわせ屋の役目のことも、ミケさんの本質が炎だってことも――すべて知った上でここにいるの」

「……アメか」



 紡生の言葉には決意が宿っていた。


 その様子に、ミケは苦虫を噛み潰したような顔になる。



「……聞いたならわかるだろ。オレ(あやかし)の傍にいたらアンタも無事じゃすまない。ましてオレはアンタの苦手な炎そのものだ。ムリして共にいる必要などない。アメに頼まれたのなら――」

「ここにくることを選んだのは私だよ。アメちゃんは最後まで渋っていたけど説得したの」



 きっぱりと言い切った紡生に目を見開く。



「……なぜ」

「ミケさんには私が誰かのために身を削っているように見えているんでしょう? でも違うよ。私が誰かの役に立とうと……ミケさんの役に立とうとしているのは私自身のためだもの」



 理不尽(りふじん)に立ち向かおうとするミケが理不尽に奪われることがないように傍にいたい。傍で支えたい。

 それらはすべて理不尽に負けるところを見たくないという紡生のわがままだ。



「私はミケさんが思っているようなできた人間じゃない。わがままだし、怒るときは怒るし、諦めの悪いただの人間。でもね……だからこそミケさんが心配するように簡単に潰れたりしない。そう()()してあげる」



 そういうと紡生はポケットから青いリボンのついた首輪(くびわ)を取り出した。

 見覚えのあるそれに瞬く。



「……それ」

「うん。初めて一緒に仕事をしたときに引っかかっちゃった首輪だよ」



 ハチを探して河川敷にやってきたとき、血痕を発見するきっかけになったものだ。



「これね、あの子――怨霊の核になっているルルーちゃんのものだったみたいなの」

「なっ!?」



 紡生はアメから話を聞いた後、怨霊の核となった猫のことを探っていた。


 神余と共にルルーの飼い主の元へ話を聞きにいき、話の流れでアルバムを見せてもらった。

 そこに写っていた首輪を見て、あの日のことを思い出したのだ。



「あの河川敷、()()()()()があるって言ったでしょ? ほら、私の友達にも変な音を聞いた子がいるって言っていたやつ」



 夜に近づくと川に引きずり込まれるという怪談話だ。



「何かを掘る様な音だったって言っていた。そしてそこにルルーちゃんの首輪は落ちていた。だから思ったんだ。友達の聞いた音は()()()()()だったんじゃないかって――」

「そんなこと……」

「うん。荒唐無稽(こうとうむけい)に思えるでしょ? でもお姉ちゃんに聞いた話を思い出したの」



 紡生が気絶してしまった原因となったボヤ騒ぎ。

 その現場にも猫の遺体があったと。



「警察はボヤ騒ぎと連続猫殺しは同一犯だって言ってたって。……たぶん犯人は弱った猫の処分方法にこだわってはいなかったんだね」



 毒でいたぶることだけが目的で、これ以上楽しめなくなったから捨てた。

 ゴミに出してみたり、燃やしてみたり、様々な方法で処分を試みてきたはずだ。



「でも見つかってしまったり、うまくできなくて騒ぎを起こしてしまったりしたんじゃないかな。そんな犯人だから、埋めたこともあるんじゃないかって」



 ミステリーやサスペンスでは割とメジャーな隠し方法だ。

 あの怪談話ではないが、埋めるというのは急いで隠すには最適な気がする。




「だから()()()()()

「掘ってみたって……」



 思わず絶句(ぜっく)してしまう。


 紡生はあの場所を怖がっていたはずだ。

 それなのに可能性があるから掘ってみたという。


 やたらと思い切りのいい人間だとは思っていたけれど、そんなことまでするとは。


 何が彼女をそこまで駆り立てるのか。

 ミケには理解ができなかった。



「……なんで」

「私にはミケさんやアメちゃんみたいな力はないし、地道に可能性を潰していくしかできないからね。やれることはなんでもやるよ」



 ミケの疑問に、紡生は当然という顔で言ってのけた。

 そして少しだけうつむく。



「……予想は的中していたよ」



 ちょうど首輪が落ちていた辺りを掘ってみたら、ゴミ袋に詰められて埋められていた猫の遺体を発見した。



「その子に埋められていたマイクロチップがね、ルルーちゃんだって教えてくれたんだ」

「……。アンタ、大丈夫なのか」



 気まずげに様子を伺ってくるミケに、思わず苦笑いがもれる。



「……全く何も感じていないわけじゃないよ」



 ルルーの亡骸を帰したときの飼い主の慟哭(どうこく)が今も忘れられない。


 悲痛に満ち、痛みに悶え、後悔に溺れる。

 助けられなかったことを悔やみ、脱走させてしまった己を呪い、涙に暮れていた。



 そんなところを見て、平気なわけがなかった。



「でも言ったでしょう。そう簡単に潰れないって」



 紡生は晴れ渡る様な笑みをうかべてみせた。



「だってミケさんがいるから」

「は?」

「確かに辛いことも悲しいこともたくさんあるし、一人だと潰れてしまいそうなときだってあるよ。でもさ……あわせ屋にはミケさんがいて、アメちゃんもいて、神余(かなまる)さんもいてくれる。一人じゃないなら、きっと大丈夫だって思うんだ」



 一人じゃ耐えられなくても傍に誰かが、分け合える仲間がいてくれるのなら乗り越えられる。


 紡生はそう信じていると穏やかな笑みを浮かべた。



「ミケさんは私を守ろうとして遠ざけてくれたんだよね。……でもそれだと全部ミケさんが背負わなきゃいけなくなっちゃう。そんなのは嫌だよ」



 ミケは紡生が潰れてしまうのを見たくないと思ってくれていた。

 けれどミケが潰れるところを見たくないのは紡生も同じだ。



「だから一緒にいようよ」

「……っ」



 目を見開いたミケの大きな手に、自分の手を重ねる。


 見た目も、性別も、種族さえ違う。

 けれど手のぬくもりや、心の温かさ、人を想う気持ちは同じ。それは知っているから――。


 ミケは迷うように目を伏せた。



「……だがアンタが怨霊と対峙なんて」

「それは大丈夫。流石にいくら私でも無策で突っ込むなんてしないから」

「何か策があるのか?」



 紡生は大きく頷いた。



「前の作戦では遭わせを実行した後、アメちゃんたちと合流して怨霊を消してあげる手筈だったでしょう?」



 ミケが遭わせを実行している間にアメが力を貯える。

 神余はその補助をして、怨霊を消してあげる手はずだった。



「その作戦に私を入れて組み直したんだ。結末は変えられなくても、《《過程》》は変えられるかもしれない」



 そういう紡生の顔は勝ち気でいて、希望にあふれたものだった。



「皆が少しでも良い結末を迎えるための作戦を考えてある。私一人じゃできないけど、皆がいればできるって信じている。だからミケさんも私を信じて。……作戦は――」



「……ほんと、バカだな」



 紡生の作戦を聞いたミケは呆れたようにため息をついた。


 けれどその顔はどこか吹っ切れたように笑っていた。



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