32.ことの始まり
ことの始まりは、地域猫の数が突然減ったことだったという。
そう言えば前にミケがぼやいているのを聞いたことがあった。
けれどその時は気にもとめていなかった。
だって、地域猫と言えど野良であればケンカや縄張り争いでいなくなることはあるから。
だからそれ自体はおかしなことではない。
けれどアメは明らかに異常事態だと断言した。
「あたしが把握している限りでも十匹以上の行方が分からなくなっているの」
「じゅ、じゅう!?」
「ええ。一気にそんなに減るなんておかしいでしょう?」
流石にそんな数の猫が一気に減るなんて、自然ではありえない。
確かに異常事態だ。
「この街でなにかが起こっている。それはすぐに分かったわ。だからまずは近隣でも同じことが起きていないか調べてもらったの」
「うん。僕が管理している五社の狛の力を借りてねぇ」
アメの視線を受けた神余は頷いた。
神余は管理者として五つの神社を渡っていく際に、互いの街の情報を共有する役目も担っているらしい。
「でも異変は猫に、もっと言えばこの街だけに限られていたんだぁ。ということはこの街に原因があるってことになるねぇ」
「ええ。そして時を同じくして、この街に《《よくないモノ》》が生まれた気配があったの」
「よくないモノ……?」
アメは少しだけ躊躇したが、目を伏せて口を開いた。
「……怨霊って分かるかしら」
「怨霊……」
よく心霊番組とかで耳にする言葉だ。
確か幽霊、特に強い未練があるものがなると言われていて、生きている人に危害を加えるなど悪さをする者だったような気がする。
「だいたいは合っているけれど少し違うわね」
アメの話によると、怨霊とは強い未練をもつ魂のうち「恨み」に支配された者が、周りの思念を取り込んで肥大化したもののことを言うらしい。
「混ざりに混ざった状態ゆえ自我すら失い、恨みのままに疫をまき散らす。よく恨みの元につくものだと思われているけれど、彼らは生者すべてに負の感情を向けている。だから無差別に害を与えるわ」
怨霊は強い負の感情が集まったもの。
十の相手に一では太刀打ちできないように、生者では怨霊に対抗することはできないらしい。
「……そんなのがこの街に?」
「ええ。産まれそうな気配はずっとしていたんだけど、ここ数日で気配が確かなものになった。アタシがそう感じられたということは、その怨霊の核が猫でできているということ。……つまり」
「――……《《行方不明の猫たちが》》、怨霊に?」
足がふらついた。
だって、怨霊になったということは魂になったということ。
もっと言えば恨みを抱いて死んでしまったということになる。
「そうよ。だから昨日五社で緊急会議が開かれた」
「あ……」
そう言えば紡生が起きたときそんな話をされた気がする。
「で、問題は何が原因なのかってことだけど……。ここ最近で恨みをもった猫と言えば何を思い浮かべる?」
「……毒」
脳裏にすぐに浮かんだのはギンのことだった。
夏苗から聞いた話だと弱い毒でじわじわと苦しめて死に追いやる……それが毒事件の犯人のやり方だと。
そして少なくとも五匹、毒を飲まされて病院に連れ込まれた猫がいると。
夏苗に聞いた数と、アメのいう数では差異がある。
そのうち病院に運ばれなかった猫が既に死んでしまっているとしたら……怨霊になるほど恨みを抱いていてもおかしくはない。
「そう。つまりね、アタシ達が追っていた事件と紡生ちゃんがたどり着いてしまった先は同じなの。……もっと言えばミケが貴女を追い出した理由もここにあると思うわ」
「え?」
「本来ならね、怨霊が産まれても神がすぐに祓いにいくわけにはいかない。だからこの件とあわせ屋はなんの関係もなかったはずだったんだけど……」
ちょうど今朝、この件と関連のある願いが祈られた。
一月半ほど前に脱走した猫の捜索依頼だった。
「その願いはね、もう叶えられないの」
「……それって」
アメは沈痛な面持ちで頷いた。
「その子はもうこの世にはいないわ。それどころか、《《怨霊の核がその子》》なの。……きっと初めの被害者だったのね」
「そんな……」
「……願われた子がもういない場合、神が魂を導いてあげることになっているの。でも、怨霊になっていたら導けない。怨霊は複数の魂が融合してしまって解けない塊だから。……できるのは消してあげることだけよ」
「……」
アメの言葉が重くのしかかった。
消す……つまりは消滅させるということだろう。
前にアズキの魂がやってきたときに聞いた。
普通の魂たちが天に昇り来世に向かうのだとすれば、消滅はその輪に還ることもなく永遠に消え去ることを意味すると……。
「……消すしか、ないんですか?」
「……」
思わず言葉がこぼれてしまった。
何も言わないアメにじっと見つめられたけれど、湧き上がってくる感情は止められない。
「だって……だって今の話が本当なら、怨霊は被害者なんじゃないの!?」
なにも悪いことはしていないのに、訳も分からず怖い思いをして苦しめられて……挙句の果てに殺された。
怨霊になっているのはそんな子たちの集合体なのだ。
それなのに消すしかないだなんて、そんなのあんまりではないか。
悔しくて、悲しくて拳が震える。
「してあげられることは、ないんですか……」
神がないと言うのだ。本当にないのだろう。
それは分かっているけれど、どうしても救いを求めてしまう。
自分にできることがあるのならやってあげたい。
被害者の存在を消して解決だなんて、そんなの嫌だから。




