25.向かない仕事
「……」
紡生が眠りに落ちてから数十分。
そのそばで、ミケはじっとその顔を見つめていた。
紡生の上から退いたアメもその隣に腰を降ろす。
「そんな顔するもんじゃないよ」
「……るせ」
短い反発に苦笑いがこぼれる。
「ほんと素直じゃないよね~。心配なら心配だって言えばいいのにさ」
「そんなんじゃねぇ。ただ、ちょっと気になっただけだ」
「それを心配っていうんじゃない?」
「……ふん」
指摘されるとミケは眉間にしわを寄せた。
けれどそれ以上言い返してこない。それだけでミケの心の内がよくわかる。
「でも倒れちゃうなんて、よっぽど強いトラウマなんだね。ミケの心配もよくわかるなぁ」
「おい。だから心配なんざしてねえって」
「はいはい。そういうのいいから。……で、どう思う?」
アメは強引にミケを黙らせると再び口を開いた。
「どうって?」
「紡生ちゃんのことよ。あたしには『火事』がトラウマというより『ムギを救えなかったこと』が肝なのかなって思うんだけど」
紡生はやたらと明るく振る舞っていたけれど、いまだに根強いトラウマを抱えているのは明白だった。
そしてアメから見れば炎への恐怖よりも、自分の非力さを思い知らされることを恐れているように見えた。
「だから少し無茶をしてでも誰かの役に立とうとするのね」
初めて会ったときもそうだった。
動けないほど頭に怪我を負っているのに、這ってでもコムギを探しに行こうとしていた。
ハチのときも、アズキのときもそうだ。
自分の不調も気持ちも無視し、人のことを優先した。
ごく自然にその選択をしたところを見ると、もう癖になっているのだろう。
「……獣医師になるってのも、そう言うことだろうな」
獣医師になれば……いや、その過程でも血を見ることは避けられない。
赤が苦手と言っておきながら日常的に赤を見るという選択肢を選んでいる。
自分の気持ちやメンタルよりも、直接的に動物を救うことを選んだのだ。
「でもその道は人の子には酷なものでしかない。このまま進めば紡生ちゃんはいずれ……」
アメはそっと目を伏せた。
言わんとすることはミケにもはっきりと伝わった。
「……こういう人間は自分のせいにして自らを追い込むのが好きだよな」
ぽつりとこぼされた言葉には悲壮感が漂っていた。
ミケは眠る紡生の顔に掛かった髪を払い、その目元をジッと見つめる。
「助けられなかったものを自分の力不足って思うような子は優しい子が多いからね」
「……」
「――……あの人もそうだった。優しくて自分よりも誰かの為にを優先する。多少の無茶も厭わず助けられる可能性があるのならやってみる。……それで自分がどうなろうとも」
ミケはちらりとアメを見た。
何も言わなかったけれど、その目には深い悲しみが現れている。
しばらくの沈黙の後、ミケは静かに口を開いた。
「だから嫌だったんだ。人間をここに入れるなんて。……なあ、アメ」
「なあに」
「あわせ屋の依頼の中には助けられないモノだっている。助けられた仕事ですらこれだけ危なっかしいんだ。助けられない仕事を見ちまったら……」
――助けられないものにまで手を伸ばしてしまうだろう。
それが何を意味するか、二人には分かっていた。
「それにオレもアンタも炎の力を持った人外だ。そんなのがこいつの近くにいたらいけねぇだろ」
炎にトラウマがあるのなら、自分たちの傍にいるのは苦痛になる。
今はまだその力を見せてはいないけれど、助けられないモノに対する依頼が来てしまったら……。
「こいつはあわせ屋にはむいてない。辞めさせた方がいいんじゃないか」
「ミケは紡生ちゃんにあの人と同じようになってほしくないのね」
「……悪いか」
「ううん。別に悪くないよ。だってあたしもそうだもん」
だから今まで紡生には「そういう仕事」を見せてこなかった。
キレイな部分だけを見せてきたのだ。
「でもね、結論を出すにはまだ早いと思うんだ」
「……なにか理由があるのか」
「そうねぇ……」
アメのオッドアイがミケをまっすぐに貫く。
「縁が巡ってきたってところかな。紡生ちゃんも猫社の縁結びの対象者なの」
「は? そりゃあそうだろ」
紡生もコムギとの縁結びの対象だった。
だからそう言われてもそりゃそうだとしか言いようがない。
「あら、分からないのね。ミケもまだまだってことかな~?」
「は?」
「精進あるのみよ!」
アメは小首をかしげてニヤリと笑った。
どうにもはぐらかすつもりらしい。
「……はあ」
ミケは一つため息をついた。
こういうときのアメは何をしても口を割らない。だからこれ以上聞いても意味がないのだ。
「お話し中申し訳ありません。アメ、そろそろ会議に向かわなくては遅れてしまいますわ」
沈黙が訪れた所で、今まで静観していたイブキが口を開いた。
「あれ、もうそんな時間?」
「ええ。神余ももうついているらしいですわ」
「やば。ってことはあたし達が最後? やだなー。また《《犬》》にどやされるじゃん」
「うふふ。珍しく猫が会議をたてたからって三〇分前から待機していたみたいですわ」
「げえ! イジル気満々じゃん! やだー! 行きたくないー!」
アメはその場でのたうち回り駄々をこねたが、笑みを浮かべたイブキに抱えられ光り出した。転移の光だった。
「それではミケ、わらわはこれで失礼しますわ」
「ああ。世話になった。それからそいつを頼んだ」
「ええ、確と」
そう言い残し、光の中に消えた。
一人残されたミケは寝息を立てる紡生の顔をじっと見つめる。
すやすやと気持ちよさそうに眠る紡生は、時折むにゃむにゃと幸せそうな笑みを浮かべた。
悪夢は見ていないらしい。
「……まぬけな顔」
呟かれた言葉は、静かな部屋に寂しく消えていった。




