20.自分が許せない
その日――アズキが死んでしまった日は、今年最強の寒波の日だった。
交通機関が動かないくらいの雪が降り、黒永は仕事を終えても家に帰れずにいた。
それでも暖房は入れっぱなしにしてきたし、家に着くのが遅くなっても大丈夫だろうと高をくくっていた。
けれど……そうはならなかった。
やっとの思いで帰宅した黒永を迎えたのは、冷え切った家と丸まって震えるアズキだった。
予想以上の冷え込みでエアコンが故障してしまったらしい。
「血の気が失せたよ。すぐ抱きかかえて温めたし、暖房もたくさんつけた。……けど」
アズキの震えは収まらなかった。
病院へはすぐに向かった。
けれどそこで伝えられたのは黒永の心を引き裂くには十分すぎる言葉だった。
「少し前から風邪を引いていたと診断されたんだ。それが寒さで悪化して、腎臓病のダメージも加わって……」
それからすぐ、アズキは息を引き取った。
入院や治療をする時間もなく、あっけなく。
「――なんで気が付いてあげられなかったんだろう」
ぽつりと零された言葉は、自分へ問いかけるようだった。
「……もっと早くに気が付いてやれていれば違ったかもしれない。他の暖房を入れておけば防げたかもしれない。そうじゃなくても仕事なんて放っておいて、もっと早く帰ってやれればっ……アズキより大事なものなんてなかったのに……っ!」
言葉が途切れ、代わりに涙が頬を伝いこぼれた。
ああ、そうか。
黒永はアズキを失った現実を受け入れられなかったわけではない。
アズキがもうこの世にはいないことは分かっているし、それが自分の選択によるものだとも分かっている。
分かっているからこそ、許せない。
そんな選択をした自分が許せないから――
「――だから消そうとしているんですね。自分自身を」
「っ」
勢いよく顔があげられる。
どうして分かったのかと言外に言っていた。
「そんなの貴方を見れば分かります。……私も似たような経験、ありますし」
黒永はアズキの死を否定するのではなく、自分の行動を否定したがっていた。
アズキを救えなかった自分を責めて、生活に支障が出る程思いつめる。
まるでそうしなくてはいけないとでも言うように。それがアズキへの贖罪だとでも言うように。
「でも……それは本当にアズキちゃんが望んでいることなんでしょうか」
「……え?」
「少なくとも私にはそう思えない。だってアズキちゃんは貴方のことを心配してあわせ屋に来たんだもの」
自分が消滅するかもしれないのに、自分のことよりも黒永のことが心配だからととどまる選択をしたアズキ。
そんなアズキが、黒永のことを恨んでいるわけがない。
むしろアズキの願いは全くの逆ではないか。
「……アズキが俺を心配? そんなわけ……」
「いいえ。アズキちゃん言っていました。出会った頃と今の黒永さんからは同じ気配がするって。……黒永さん、アズキちゃんと出会ったとき、外で倒れていたんでしょう? 生きる気力を失った状態で」
「――なんで、知って」
黒永は息を飲んだ。
当然だ。自分しか知るはずのないことを言い当てられたのだから。
「アズキちゃんに聞いたんです」
「アズキにって、……まさか、今までの話は全部……」
「本当の話ですよ」
頷いてみせると、刻まれていた眉間の皺が伸びるほど目が見開かれた。
「言ったでしょう? 私たちはアズキちゃんの願いを叶えるためにここに来たと」
足元へ視線を落とすと、黒永もつられて視線を移した。
紡生には見えないけれど、きっとそこにアズキはいる。
「アズキちゃんはずっと貴方を見ていた。だから今、出会ったときと同じような状態の貴方を放っておけなくてここにいる。……アズキちゃん、逝く前に発破をかけたいって言ってました。そんな子の願いが貴方を消すことな訳がない」
「っ!」
黒永は呆然と紡生の足元を見つめた。
その目は次第に潤んでいき、一滴頬を伝った。




