14.やってきた仕事
大きな桜の木が風に揺すられ、花弁が舞い落ちる。
温かい陽の光が差し込む縁側に置かれた湯呑からは、一筋の湯気が上がっていた。
まるで絵にかいたような穏やかな時間。
居心地がよく、ついまどろんでしまう。
ふと気が付くと、目の前に女の人が座っていた。
この湯呑は彼女のものだったらしい。
強い風が吹いて、目を閉じた。
風が止み、再び目を開くと女性がいない。
いや、違う。
私だ。私が彼女になっているのだ。
驚いて手を陽にかざしてみると、白い指先が少し透けて薄紅色になる。
ああ、生きている。
これは自分が生きている証拠。
血が巡り、肉体を動かしている証明。
ただそれだけのことなのに、なぜか泣きたくなってきた。
――?
誰かが、私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
そしてすぐ傍、私の膝の上に温もりが乗る。
胸に愛おしさがあふれる。
ああ――。
私はこの温もりを知っている。この毛並みも、声も知っている。
そのはずなのに……どうして姿が思い出せないのだろう。
膝の上を見ようとしてもモヤが掛かって見えない。
どうしてもこれが誰なのか、分からない。
貴方は――
◇
「だれ……」
紡生は薄暗い部屋の中で目を覚ました。
ゆっくり体を起こすと、生暖かい雫が頬を伝った。
どうやらなにか悲しい夢を見ていたらしい。
けれど何を見たのか思い出そうとしても、どうにも思い出せない。
今紡生の胸にあるのは「懐かしい」という感情だけだった。
◇ ◇ ◇
「うう~。ちょっと温かくなったかと思ったけどまだ寒い~!」
突然吹いた風に、猫社の掃除をしていた紡生は首を縮こませた。
冬本番は脱したとはいえ、まだ三月上旬。
三寒四温はまだ終わらず、境内にある梅の木も咲くタイミングを見極めきれていないでいるみたいだ。
こんな日は早くあわせ屋に戻って温かいお茶でも飲みたい。
紡生はかじかむ手に息を吹きつけ、掃除道具を片付け始めた。
「さてと。後はお供えものをもって……ああそうだ、お賽銭の回収もしないと」
紡生が猫社に関わるようになって早二週間。
初めは神余についてまわっていたけれど、今は一通り一人でこなせるようになった。
少しずつではあるが慣れてきた証拠だ。
「とはいっても四月になれば大学が始まるから来られる日も少なくなるんだけど」
今は春休み真っ只中の紡生だが、本分は女子大生。
しかも一応獣医学部。
一年のときは座学が多かったが、進級すれば実習なども入ってくる予定だ。
今みたいに毎日猫社に来るわけにもいかなくなる。
「……まあでも、今のところ私がいなくても回ってるけどね」
紡生は思わずため息を吐いてしまった。
というのもこの二週間、紡生が任される仕事――つまり人間と深く関わる仕事はハチの一件だけだったのだ。
初めは飼い主のフォローなど自分にできるか不安だった。
でもアメはああ言いだしたら聞かないというのはもう分かっていたし、紡生としても猫と飼い主の想いが通じるところを見られるのは嬉しいと思っていた。
だからまあ、仕方がないからやるかあ……なんて覚悟を決めたのだけど。
「こうも活躍できることがないとなぁ……」
何というか、肩透かし感が否めない。
バチバチに決めてしまった覚悟、どうすればいいのよ。と思ってしまうのも仕方がないだろう。
「ケガした子がいないのはいいことなんだけどなあ」
最近の紡生の仕事は主に猫社の管理と、ミケのサポートばかりだ。
しかもミケのサポートと言っても猫探しで役に立てることなどなく、やっていることと言えばミケが誘導した家のチャイムを鳴らしてダッシュすることだけだ。
……弁明するけれど、別にピンポンダッシュをしたくてしているわけではない。
ミケが誘導しても家の人に気が付かれなかったら仕事が終わらないから、気が付いてもらえる(出てきてもらえる)ようにしているだけだ。
だから決してイタズラ目当てではない。勘違いはしないでいただきたい。
「はあ」
なんて自分に言い聞かせてみるけど、どうしてもため息が出てしまう。
こう自分への仕事がないと、果たして自分があわせ屋にいる意味とは、と考えてしまうのだ。
「まあ考えても仕方ないか」
仕事は適材適所。自分にやれることをやればいい。
それが例えピンポンダッシュだろうと、仕事なのだから仕方がない。
紡生は開き直ることにした。
――チリン
そのとき鈴の音が聞こえた。
「あれ? 誰もいない」
誰かがお参りに来たのかと思って表に回ってみるけれど、人の姿は見つけられなかった。
だとしたら風にあおられて鈴が鳴ってしまったかと思うけれど、そんなに強い風が吹いた感覚はなかったはずだ。
首をひねっていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「紡生ちゃん」
「え?」
「下よ。下」
声がした方を見れば、何もなかったはずの場所にアメの姿があった。
「アメちゃん。どうしたの?」
慌てて駆けよりしゃがむと、アメは嬉しそうな顔ですり寄ってきた。
「仕事よ。仕事がきたの!」
「え? 仕事って」
「貴女に頼みたい仕事! 詳しく説明するからあわせ屋に来てちょうだい! じゃあ待ってるねん!」
「え、あっ、ちょっと!」
アメはそれだけ言い残してどろんと消えた。
言いたいことだけ言って消える。この自由な猫ルールも、もう何度目だろうか。
「仕方がないなぁ」
そう言いつつもまんざらではなかった。
やはり自分にできることがあるのは嬉しいのだ。
紡生は急ぎ足であわせ屋へと向かった。
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