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チャプター6

 刃傷沙汰を見た市民たちが散り散りに逃げ去り、一切の配慮が必要なくなった広場で戦いは始まった。


「死ねしっ!!」


 戦士が怒号を発し、身の丈ほどもある戦斧を私の脳天めがけて振り下ろす。普通に考えれば私は何もわからぬまま綺麗に真っ二つにされるだけだが、どっこい、私には彼女の攻撃が見えていた。


 目線、足の踏み込み、体の捻り……私の目からは戦士の動きがスロー再生するかのごとくつぶさに観察できた。何より、それに対処すべくとんでもない瞬発力で体が動いた。


 私は石畳を蹴って右に跳んだ。この間わずか0.1秒。戦斧は私が消えた後の石畳を虚しく打ち砕いた。


「なっ!?」


 戦士が驚きに目を見張る。きっと私に攻撃を避けられるなんて予想だにしていなかったのだろう。


「このおっ!!」


 戸惑い混じりに横薙ぎの攻撃が繰り出される。私の胴と腰を物別れにせんと迫り来る凶刃を、私は後方宙返りで軽やかにかわした。


「よ、避けたしぃ!?」


 受付嬢のアドバイスは正しかった。シーフの持ち味は速さと幸運。そのことを意識するだけで自然と体が動く。まるでこの世界の何か絶対的な公式が私の能力値を参照して、それに基づく結果を出力しているかのように。


 更に私は、戦士が斧を振り抜いた際に生まれる隙を見逃さなかった。


「今だ」


 戦士が再び斧を振り上げるより早く、私は彼女に踊りかかって包丁で斬りつけた。


「うぐっ……!」


 一撃離脱。すれ違いざまの一太刀は戦士の左肩を捉え、鎧の肩当てを粉々に砕いた。戦士がうめき声を上げて膝をつく。


「このクソがあ……ぶっ殺すし!!」


「私の台詞だよ脳筋ギャル」


 戦士が左腕を庇いながら立ち上がるのを見て、私は勝利を確信した。正直、彼女の攻撃には当たる気がしない。先程は踏み込みが浅かったが、次は確実に喉を掻っ切ってやれる自信がある。


「マジ殺す!!」


 戦士がまたも斧を振るう。怒りの籠もった渾身の一撃と思しきそれは、やはり見え見えの横薙ぎ攻撃だ。私はそれを難なく宙返りで避け、間髪入れず彼女の懐へと飛び込んだ。


 完全に貰った。そう思った時、目を疑うことが起きた。


 戦士が振り抜いた大斧が、突如として彼女の両手から消えた。それと同時に、ごつごつとした木の棍棒が虚空より現れて彼女の右手に握られたのである。


「ちょっ!?」


「バカめ」


 斧と比べて軽い棍棒。しかも片手持ち。鈍重な攻撃しか来ないと高を括っていた私の横っ面をめがけて、戦士が返しの一撃を放った。


「や、やばブグッ!!」


 ジャストミート。踏み込みに合わせてまんまと狙い打たれ、私はホームランボールのようにかっ飛んで石畳に墜落した。


「ぐ……ぐぶぶっ……」


 私はすぐに立ち上がろうと思ったが、体中が痛くて動けない。口の中が血の味でいっぱいだし、頭もガンガンして視界が覚束ない。たったの一撃で手酷くやられてしまった。


「ど〜だ! ざまあ見るしぃ!」


 耳鳴りに紛れて、戦士の勝ち誇る声が聞こえる。そうか、ポーチだ。彼女は自分のポーチに収納していた棍棒と、持っていた斧を瞬時に入れ替えたのだ。自在に武器を持ち替えることであらゆるリーチに対応しつつ、敵の虚を突く……なるほど、腹立たしいほど合理的な戦法だ。


「全く、ヒヤヒヤさせないでください。後はわたくしが」


 倒れ伏す私の前に僧侶が進み出て、厳かな作りの杖をかざした。


「戒めよ在れ」


 杖が光り輝き、私の四肢を光の輪が拘束して空中へ吊り上げた。己の体重が胸部にかかり、咳き込む私。


「さて、誰に頼まれてわたくしたちを襲ったのか。イサムとはどのような関係なのか。貴女には色々と教えて貰わなくてはなりませんね。先に言っておきますが、教会仕込みの尋問は手荒いですよ」


 僧侶が低い声色で私に告げる。頭は回らないが、私を萎縮させようとしているのはよくわかった。


「げぼっ……ふふっ、とりすましちゃってバカみたい。モテなさそ……」


 癪に障った私がそう嘲笑うと、僧侶は溜息をついて再び杖を光らせた。


(くびき)よ在れ」


 新たに光の縄が私の首に巻き付き、ギリギリと食い込んで締め上げて来た。まずった。煽るタイミングじゃなかったかもしれない。


「ご自分の立場がわかっていないようですね。いいでしょう。このまま眠っていただき、後ほど腰を据えてお話をしましょう。それはもうじっくりと」


 僧侶の口の端に、サディスティックな笑みが浮かぶ。光の縄が更に締まり、呼吸がいよいよ苦しくなる。堪らず私が顔を上げると、目線の先にイサムくんが居た。


「……イ、イサムくん……た、す、け、て……!」


 いつも私に力をくれるイサムくん。私は救いを求めたが……彼は僧侶が私をいたぶるのを止めなかった。私の声に反応して一歩踏み出しかけたものの、それは戦士によってさり気なく阻止され、彼もそれを受け入れた。


「うっ……ひぐうっ……!」


 結局、イサムくんは私を捨ててこの女たちを選んだんだ。そう思うとなんだか情けなくて、泣けて来て、私は心が黒く染まっていくのを感じた。


 と、その時だった。


「キエエエエエエエエエエエイ!!!!」


 耳をつんざくような猿叫が辺りに響き渡り、見ると広場を見下ろす尖塔の上にマンジが立っていた。私をギルドに押し付けてトンズラした、あのマンジが。


「良いぞヒメミ! それで良い! 怒り、悲しみ、そして求めよ! さすれば“竜蛇の秘法”はお主に応える! さあ、お主は今何を欲するか!!」


 杖を振りかざして喚き散らすマンジ。それに反応したのはなんと僧侶だった。


「魔老女マンジ!? そうですか……あの女の手の者だったのですね。汚らわしい! 貴女への尋問は取りやめです。今すぐ冥府に送って差し上げます!」


 僧侶が杖を光らせ、私の首が一気に締め付けられる。窒息死どころか首の骨まで折りかねない勢いだ。みるみる気が遠くなっていく中、私はマンジの叫んだ言葉を反芻していた。私の求めるもの……私が、何を欲するか……だって?


 そんなの決まってる。イサムくんをこの手に奪い返す力が欲しい。彼が頼りにする女たちを蹴散らして、踏み潰して、跡形もなく消し去って、是非もなく彼を攫ってしまえるような力が欲しい。それが叶うというのなら……応えてみせなさいよ!! “竜蛇の秘法”!!


 目にも見えず、触れもしない自分のポーチに眠っている“竜蛇の秘法”に向かって私は心の中で訴えかけた。するとどうだろう、何やら体の内側から熱いエネルギーがマグマのごとく込み上げて来て……やがて私の全身の毛穴から猛烈な蒸気となって噴き出した。


「どわあっ!!」


「な、何です!?」


 戦士と僧侶が驚きたじろぐ。その間にも、私の体は蒸気の渦の中で変貌を始めていた。


 拘束を破って体が膨らむ。長く伸びる。口が耳まで裂け、鋭い牙と毒腺が生成される。手足がどこにあるのかわからなくなり、代わりに鋼のような鱗と魔力のオーラが全身をくまなく覆い尽くす。


『そうか……そういうことなんだ』


 口から出る声も、人が聞けば空気が漏れるような威嚇音に変わっているに違いない。この姿を私は知っている。無論、この力の恐ろしさも。


『蹂躙してあげるよ、泥棒猫ども!!』


 これこそ“竜蛇の秘法”の力。私は、常闇の森の最強捕食者ドラコンダへと変身を遂げていたのでした。


《つづく》


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