チャプター4
ギルドとは、武芸者や魔法使いといった腕に覚えのある者たちを冒険者として登録し、荒仕事を斡旋する組合のことだそうだ。そしてそれは往々にして地域経済の中心となっているらしく、現に私とマンジが訪れた街のギルドは、宿や酒場が軒を連ねる大通りを抜けた先の広場に施設を構えていた。
「身寄りのない漂流者がまともに食べていくには、冒険者になるより他はない。お主の思い人も、まず間違いなくこのギルドの門を叩いたはずじゃ」
「わかった。ここまでありがとうマンジさん。私、必ずイサムくんに会うよ」
ギルドの受付ロビーに足を踏み入れた直後、マンジは係員を捕まえて何事か耳打ちしていた。恐らく私のことを紹介してくれていたのだろう。彼女の計らいに感謝しつつ、私は受付嬢に向かい合う。
「あ、あのぅ……私、別の世界から来た者なんですけど、ちょっとお尋ねしたいことがありましてぇ……」
ここへ来て緊張が出てしまいモゴモゴとした物言いになってしまったが、耳の長い受付嬢はニコッと笑ってこう答えた。
「はい、冒険者登録ですね。すぐに始められますよ」
「えっ!? いや違っ」
予想外の言葉に硬直する私。その間に、受付嬢はどこからかバレーボール大の水晶玉を取り出してカウンターにドカンと置いた。
「ステータス読み取り開始〜!」
彼女がそう言うや否や、水晶玉の鏡面が私の姿を映したまま仄かに光り始め、やがて鏡像の各部分を分析するように細々とした文字が浮かび上がった。いや待って待って。話が早すぎてついて行けない。
「ふむふむ、力と体格は人並み。それに応じて体力もちょっと低めですね。ですが速さと幸運に恵まれています。技の伸び次第では、前衛として問題なくやっていけるかと」
「あの、その、だから違くて」
私には読めないが、どうやら水晶玉には私の能力についてアレコレ品評が書かれているらしい。うん、良いんだけどさ、そうじゃなくて私が聞きたいのはね?
「おや? ここに来るまでに大きな戦闘をこなされたようですね。武器レベルの上昇と、スキルの解放が確認できます。これらを総合すると……出ました! 貴女の職業は“シーフ”となりま〜す!」
「わ〜い、ってなるかあああああああああああっ!!」
置いてけぼりの状況に耐えかね、私はカウンターに包丁を思いきり突き立てた。受付嬢の指の間スレスレを刃が通り、彼女が「うわ危なっ!」と飛び退く。
「いい? 私はイサムくんを探しに来ただけなの。冒険者になる気なんてさらさらないの! それなのに人の話も聞かないでわけわかんないことばっかペラペラペラペラと! 挙句に初対面でいきなりシーフ(盗賊)呼ばわりって何!? 喧嘩売ってんの!?」
「便宜上の分類ですのでご容赦を。あと暴力はんた〜い」
いきり立つ私から距離を取りながらも、受付嬢はニコニコ笑顔を崩さない。流石に接客業従事者は強いな。でも本当に意味わかんないんだけど。なんで私、流れるように冒険者にさせられようとしてるの?
「魔老女のマンジ様がですね、貴女は筋が良いから勢いで冒険者に仕立て上げたら面白いんじゃないか〜ってね! おっしゃってたんですって。だからワタシに怒られても困るんで、とりあえずナイフは仕舞って貰えます?」
なんだと。本当かそれは。私は額に青筋を立て、先程マンジが立っていた辺りを振り返った。しかし彼女の姿は既になく、ギルドの利用者たちが怪訝な顔で私を眺めているだけだ。あのオババめ……逃げたな。一体どういうつもりなんだろう。
「……私、ギルドの仕事なんかしないけど?」
私は包丁を持つ手を下ろした。こう相手に手応えがないと、流石にこちらも鼻息が整って来るというものだ。
「それならそれで結構です。クエスト(冒険/冒険依頼)を受ける受けないは登録者の自由ですから。とは言えですね、ご自分の能力と適性は把握しといた方が良いですよ」
そう言いながら、受付嬢が再び水晶玉を覗き込む。
「ヒメミさんの場合ですと……敵に悟られず移動する“隠行”ですとか、死角を突きやすい“背後取り”、あとは攻撃対象の昏倒確率が上がる“当て身”といったスキルが既に備わっていますね。それぞれシーフの固有スキルだったり、上級職のアサシンが持つスキルの下位版だったりですが、要するに奇襲戦法や捕獲に向いています。どうせ命を張るなら、適性を活かしてラクに勝ちたいですよね?」
「むむむ……」
私は思わず唸ってしまった。受付嬢の話す理屈に同意したからではない。イサムくんを部屋に閉じ込めた時のことを思い出したからだ。
思えば、毎日彼を尾行して適切な襲撃ポイントを決めたり、足音を立てずに背後に接近する練習をしたり、脳に障害を残さず気絶させられる殴り方を調べたり、入念な訓練と対策を重ねて彼を誘拐した。
そういう研鑽の積み重ねを数値に置き換えて比較したり、スキル(特殊技能)として明文化したりする習慣がこの世界にはあるらしい。これまたゲーム的と言えばそれまでだが、自分の努力の成果がハッキリ形になるのは悪くない気分だ。
「つまり、イサムくんを愛する気持ちが私を強くしてくれるわけね」
「ちょっと何言ってるかわかんないですね〜」
そこは同意してよ。接客業でしょ。
「そのイサムという方ですが、先月漂流して来られたイサムさんで良いんですよね? あの方とどういうご関係かは存じませんが、もしお近づきになりたいのであればちょっと難しいですよ」
「はぁ? なんで」
私のイサムくんだぞ。お近づきも何もないんだけど。思わず眉間にシワが寄る私に、受付嬢はこう言った。
「彼、めちゃくちゃモテてますから」
瞬間、私の脳みそがガラスのようにひび割れる気がした。
「……あぁん?」
威圧的な低音と共に、一度下ろした包丁が再び上がって来る私。首尾良くイサムくんの消息を掴めたのはいいけど、なんだか風雲急を告げるギルドデビューなのでした。
《つづく》




