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チャプター3

 馬車でやって来たのは、黒いローブを纏ったお婆さんだった。お婆さんは私を御者台の隣に乗せてくれ、暗い森の中を進んでいく。


「なるほど、異なる世界から来たお人じゃったか。この常闇の森は不思議な場所でな、時折お主のような者が流れ着く。もっとも、そんな短剣でドラコンダを倒したというのは前代未聞じゃがな……エハハハハッ!」


 耳障りな声で笑うお婆さんの口の端からは真っ黒く染められた歯が覗いており、大きな鷲鼻の突き出た顔はどぎつい青色に塗られている。悪い人じゃなさそうだけど、お伽噺の魔女みたいでちょっと怖い。


「ワシは魔老女マンジという。悪運の強いお人よ、お主の名は何じゃな?」


 ほら自分から魔老女って言っちゃってるし。フレンドリーなのは良いけど、その顔にまだ慣れてないからこっち見ないで欲しいな。


「……ヒメミだよ。道成寺ヒメミ。ねぇマンジさん、この森に詳しいなら、今日流れ着いた男の子のこととか知らない?」


「はてな……ワシとて仕事でたまさか来るぐらいじゃからな。全ての漂流者を把握できるものでもないが……若い男なら一ヶ月ほど前にギルドに新規登録があったと聞く。恐らく漂流者じゃろう」


 一ヶ月前か。イサムくんが消えたのは今日のことだから、それは違う人だ。私は肩を落とした。


「名は確か、イース……いやイーサンだったか……?」


 が、マンジの言葉の続きを聞いて事情が変わった。


「イサム!?」


「おお、そうそうイサムよ。耳慣れぬ響きゆえ忘れておったわ」


 どういうことだろう。たまたま同じ名前の人が一ヶ月前に流れ着いた? いや、そんな偶然は考えにくい。時間のズレは気になるけど、マンジが言っているのはきっと私のイサムくんのことだ。


「お願いマンジさん、私をギルドまで連れてって! 私、イサムくんを探すためにここまで来たの!!」


 マンジの顔を不気味がっていたことなど忘れて、私は彼女に取り縋って訴えた。


「おお、急にグイグイ来おるな。まあ良かろう。最寄りのギルドに知り合いがおる。顔を繋いでやるぞえ」


「ほんと? ありがとう! 最高だよマンジさん!」


 まさかこんなに早くイサムくんの足取りが掴めるなんて。ギルドってどんな所か知らないけど、何だか光明が差して来た感じがする。


「ヒヒヒ……調子の良いことじゃな。ところでヒメミよ、お主なかなか良い物を持っておるな」


 と、マンジが私の手元のあたりを見て言った。私は咄嗟に、手に持っていた包丁をかざして見せたが、どうも違うらしい。


「得物のことではない。お主のポーチに入っておる“竜蛇の秘法”のことじゃ」


「りゅうじゃの……え、ポーチ? 何?」


 私の所持品は家から持って来た包丁だけだ。丸腰でワームホールに飛び込んだからポーチはおろか財布すら持っていない。私が戸惑っていると、マンジが笑いながら補足を入れた。


「ポーチとはな、一人にひとつずつ持てる空間の懐……目に見えぬ道具入れのことじゃ。大抵の物はそこへ放り込んでおけば嵩張ることなく容易に運べるし、好きに取り出せる。ほれ、この通り」


 マンジが手をかざすと、何もない所から木製の杖が現れ、彼女の手に握られた。すげぇ、魔法みたいだ。


「如何にもワシは魔老女じゃが、ポーチに関しては誰にでも習得できる基本的な技術じゃ。現に、お主のポーチには既に道具が入っておる。それが“竜蛇の秘法”……先程ドラコンダを倒した折、ドロップ品が転がり込んだのじゃろうな」


「ふーん……よくわかんないけど、レアアイテム的なこと?」


 何だか、イサムくんが家でやっていたゲームみたいな話になって来た。もっとも私自身はゲームなんか興味ないから聞きかじりの知識しかないし、マンジの言うポーチを自分が持ってるなんて全然ピンと来ないんだけど。


「ドラコンダはこの森で最強の捕食者……圧倒的な魔力を持つ亜竜の一種じゃ。“竜蛇の秘法”はその魔力の結晶でな、使う者に恐るべき力を与えるが、これがなかなかドロップせん! このオババも出会うのは初めてゆえ、ひとつ取り出してよく見せてもらえぬか?」


 なるほど。こないだイサムくんがレアドロップ狙いとか言って同じ敵を何百体も倒してたけど、それだけ価値が高いアイテムだったんだね。すると、私ってば二重に運が良かったわけだ。マンジには助けられたし、“竜蛇の秘法”とやらを見せてあげたいのは山々だけど……


「……ポーチの中身って、どうやって出すの?」


「あたっ、まあそうよな」


 それからマンジが教えてくれた所によると、腰の位置あたりに手頃な袋を提げている様をイメージして手をかざすとポーチの存在を認識しやすく、それが出来れば息をするように物の出し入れが可能になるという。曰く、本当に感覚的かつ基本的なことなので本来なら説明など要らないとのことだったのだが。


「ハァ……ハァ……だ、だめだぁ。全然わからんっ!」


 馬車に揺られながらいくら練習しても、私にはその感覚が全く掴めなかった。


「フム、中にはポーチの操作を苦手とする者もおるにはおるが、全く出来ないというのもまた前代未聞じゃな。まあ、出せぬというなら仕方がないわい。“竜蛇の秘法”は諦めるとしよう」


「うう……ごめんねマンジさん。なんか私こういうの全くダメみたい……」


 思えば私、勘を身に着けるとかコツを掴むとかそういったセンスの領域は昔からからきしだった。気落ちする私を見て、マンジがエハハハと笑う。


「そう腐るものではないぞえ。何かの拍子に体得できるやもしれんし、ひとまず持っておいて損はなかろうよ。ほれ、前を見てみよ。あれが森の出口じゃ」


 マンジが指差した方を見ると、木々が開けた所から眩しい陽光が差しており、やがて馬車はその光をくぐって青空の下へと出た。信じられないことだが、どうやら今まで居た森の中だけが夜で、外の世界は真昼だったらしい。


「変な世界だねぇ、ここって」


 遠く道の向こうに、防壁で囲まれた街が見える。イサムくんを迎え入れたギルドもそこにあるのだろうか。私は逸る胸を抑えながら、今しばらく馬車に揺られるのでした。


《つづく》


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