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第72話 幼馴染彼女の猛攻はここからが本番

 身体がとんでもなく気怠い。瞼は重く、指先一つ動かすのも億劫なくらいだ。ここまでの疲労感は、あまり経験したことがない。


 ただ、心だけは満たされていて、なんかすごくいい夢を見ている気がする。温かくて、いい匂いがして、柔らかくて──


『しゅーんくんっ』


 ──俺を呼ぶ、心地良い声が脳内にリフレインした。




「んっ……眩しっ」


 鋭い光を感じて意識が浮上する。薄く目を開くと、カーテンの隙間から差し込む陽光が俺の顔を直撃していた。


 その光から逃れるように、ボーッとする頭のまま、のそりと起き上がる。身体に掛けられていたタオルケットが、はらりと落ちた。


 視線を落とすと、裸の自分の身体。そしてその横には、ピタリと俺に寄り添い、すやすやと幸せそうに眠る一人の女の子がいる。朝日に照らされた頬はほんのりとピンク色に染まり、長い睫毛が小さく影を落としていた。彼女もまた、裸だった。


 俺の最愛の人である。


 あぁ、そうだ。俺、里桜と……。


 急激に思考がクリアになり、昨夜の記憶が鮮明に蘇ってくる。


 気が狂いそうなほどの熱と、触れ合う肌の感触、美しいとすら感じてしまった嬌声。とめどない愛おしさと、幸せを感じた、俺達の初めて。


 しかし──やっぱ、里桜はどこまでいっても里桜だったなぁ……。


 なにを当たり前なことをと思わなくもないが、これが俺の率直な昨夜の感想なのだ。もちろん、それだけというわけではないのだが。


 一度目が終わった後、俺は荒い息を整えながら里桜の横に寝転がり、その髪をそっと撫でた。少しでも痛みが和らぐように、安心できるようにって。必死で俺を受け止めてくれた里桜が、さらに可愛く見えてきたせいでもある。


 里桜は俺の胸に顔を埋めて、小さく震えていた。痛みに耐えて疲れたんだろうな、俺はそう思っていた。


 余韻に浸る、静かで幸せな時間。一息ついたら、このまま寝ちまってもいいかな、なんて考えていた時だった。


 俺の胸に顔を埋めていた里桜がもぞりと動き、熱っぽい瞳で俺を見上げてきた。


「ねぇ、隼くん……あの、ね……」


「……ん?」


 里桜が小さく、なにかを言い淀む。首を傾げて続きを促すと、里桜は耳まで真っ赤に染めながら、真っ直ぐに俺を見つめて、予想外の言葉を口にした。


「えっと、ね……もし隼くんが無理じゃなかったら、もう一回、してほしいなぁ……って」


「────はぁ?」


 思いっきり間の抜けた声が出た。


 これは俺の想定、というか、理想なのかもしんねぇけどさ。


『隼くん。私ね、今すっごく嬉しいの……』


 とか、


『あぁ、俺もだ。すげぇ幸せだよ』


 とかさぁ。


 もっとこう、そんな感じの雰囲気になるもんだと思ってたんだよ。


 ところがどっこい、まさかのおかわりをご所望とは恐れ入る。予想を裏切るどころか、斜め上をいっていたからな。


 俺は里桜を見誤ってたのかもしれん。


 これでちっとは里桜の猛攻も落ち着くといいな、とか心のどこかで考えていた自分をぶん殴ってやりたい気分だ。里桜がこの程度で満足するわけがねぇだろ、ってな。


「ちょ、ちょっと待てって。初めてなんだから、あんま無理すんなよ。なんだかんだで、痛かったんだろ?」


 俺は慌てて里桜を気遣った。大事な大事な里桜の身体なのだから当然だ。無理をして、二度としたくない、なんて思われたら俺も困る。


 俺だって健康な男、性欲は普通にあるのだから。しかも里桜みたいな可愛い彼女と二人暮らしをしているせいで、もうとんでもないことになっているのだ。これまでは、里桜を大事にしたい気持ちで抑え込んでたけどな。


「そりゃぁね、痛かったは痛かったよ……。実は、今もまだちょっとだけ」


 その痛みのせいか、里桜はわずかに眉を寄せた。


「なら──」


「でっ、でもねっ! それだけじゃなかったっていうか……一瞬だけなんだけど、ビビッときたのっ」


「……なにが?」


「そんなの、まだわかんないよぉ。けどね……なんだかそれがすっごく気になっちゃって」


 里桜の表情からは、未知への好奇心がはっきりと伺えた。初めて出会った得体のしれない感覚、それを思い出すように、目をぱちくりさせていた。


 正直に言えば、俺としてもおかわりは大歓迎というか、なんというか……そんな感じではある。


 まぁ、里桜の身体を、知ってしまったわけだし?


 里桜は、俺の内心を見透かしたようにすり寄り、潤んだ瞳で見上げてきた。


「隼くぅん、お願ぁい……」


「うっ……」


 この甘え声は本当にズルい。俺がこれに弱いの、わかっててやってんだ、里桜は。無理させないように、なんて格好つけていたのがバカらしくなってくる。


「ねぇ……ダメ、かなぁ?」


 里桜のうるうるスリスリ攻撃に、俺の理性はあっさりと弾け飛んだ。

 

「わかった、わかったから……!」


 里桜がいいってんならいいんだろ。やってやろうじゃねぇか。


 ちょっとばかし、やけくそになった俺だった。


「本当っ?! 嬉しいっ!」


 里桜は顔を輝かせ、ぱぁっと花が咲いたように微笑んだ。


 いや、マジでどうなってんだろうな、里桜は。すげぇよ、本当。そりゃ、喜んでくれるのは嬉しいけどさ。


 とにかく、二度目が開始される運びとなった。


 一度目の経験があったせいか、里桜の緊張はかなり薄れていたように思う。初めのうちは、俺の動きに微かな反応を返してくれていただけだったのだが──


 その二度目の最中、里桜は覚醒した。


 なにに覚醒したのかは……俺にはよくわからん。ただ、里桜の身体が、声が、そして瞳の中で揺れる光が、明確に変化したのを感じ取った。


 身体はより深く求めるように動き、声には甘さが混ざり、瞳はとろんと蕩けていた。


 里桜は明らかに、快感を得ていた。これには度肝を抜かれたな。俺としては、ゆっくりと慣らしていくつもりだったわけだし。


「隼、くぅ……んっ。わた、し……わかっちゃったぁ……」


「なにがっ、だよ?」


「これ、もうっ、戻れないっ……。知らなかった、ころにっ……はぁっ♡」


 やがて里桜は、もっともっとと求め始めた。その変化に俺はただただ圧倒され、飲み込まれ、里桜の要求に応え続けるハメになったのだった。


 これは情けないことに、初日にして主導権を里桜に握られた、ということを意味する。そして、散々求められた結果が、今の身体の気怠さってわけだ。


 おまけに言っておくと、続く三度目では、里桜はかなり乱れていた。なのに最後まで元気でピンピンしていたのにはたまげたな。痛みすら吹き飛んでたみたいだし。


 終いには、


「はぁ……♡ 隼くん、すごかったよぉ♡ また、しよーねっ?」


 と、ツヤツヤした顔で言っていたくらいだ。なかなかに末恐ろしい子である。


 ちなみにだが、なにがわかったのかを尋ねたところ、


「えっとねぇ……えへへ、隼くん大好きーって思うとね、とーっても気持ちよくなれるのっ。ほわほわして、ゾクゾクして、隼くんがしてくれてるからって思うと、また好きーってなって、きゅんきゅんしてっ──(中略)──だからねっ、隼くんだーい好きっ!」


 という、とんでもなく熱の籠もった答えが返ってきた。このふわっふわな話を要約すると、どうやら里桜は、俺という存在を軸にして、自分の中で感情と快感を螺旋のように高めていた、ということらしい。


 たぶん。


 いや、もうさぁ……こんなこと言われたらたまらんよなぁ。可愛すぎるだろうが、ちくしょう。


 俺の中の里桜大好きメーターが爆速で回り出したのは言うまでもない。その前から振り切れてたんだけどな。


 隣で眠る里桜の穏やかな寝顔と、昨夜の俺を求める表情。そのギャップに呆れつつも、胸にわきあがるのは、とめどない愛おしさだけだった。


 ……ったく、敵わねぇよ、里桜には。まぁ、俺もなんだかんだでかなり燃え上がっちまったし、めっちゃ気持ちよかったけどさ。


 俺達はきっと、色々と相性がいいんだろうな。それは、とても嬉しいことだと思う。


 さらりと、里桜の額にかかる前髪を払う。その瞬間、里桜の身体がピクリと反応した。


「んぅ……?」


 里桜が身動ぎをして、剥き出しの胸がふるんと震える。瞼が薄く開かれ、朝陽を映した瞳がぼんやりと俺を捉えた。


「ふあぁ……しゅん、くぅん、おはよぉ……」


 やや掠れた声で、里桜は甘えるように俺を呼ぶ。その声に、また心臓が騒ぐ。


「おはよ、里桜」


 優しく挨拶を返すと、里桜はふにゃりと笑顔になった。そして、もぞもぞと起き上がると、躊躇なく俺に腕を絡ませ、身体を押し付けてくる。つけっぱなしにしていた冷房のせいか、その身体は少しだけヒンヤリとしていた。


「えへへ、隼くんあったかぁい……」


 俺の胸に顔を埋め、すりすりと頬擦りをして、また甘えた声を出す里桜。その里桜の愛らしさに、俺の身体は正直に反応し始めた。


 おいおい……あんだけしたってのに元気だな、お前は。


 つい、心の中で自分の半身に語りかけてしまった。


 そして、それはあっさりと里桜にバレた。いまだ下半身に覆い被さっているタオルケットが、一部だけ盛り上がっていれば無理からぬことだろう。


 里桜の手が、俺の腰周りに触れる。視線は、俺のそこへと釘付けになっていた。


「しゅーんくんっ。えへへ……この子、すごいことになっちゃってるよぉ?」


「しょうがねぇだろ……里桜にくっつかれたら勝手になっちまうんだよ。しかもまだ裸だし……」


「ふぅん、そっかそっかぁ。私のせいなんだねぇ。ならっ、責任取ってあげなきゃ、だよね? なんてったって私、隼くんの彼女だもんねっ」


 にへらっと子供のように無邪気に笑う里桜。ただその笑顔は、とてつもない色気を帯び、確かな欲望に染まっていた。


「ねぇ、隼くん?」


「な、なんだよ……」


 あぁ、これは抗えない。この後に続く一言を聞いてしまったら、また快楽に流されちまう。


 まだ、朝だってのにな。


 でも、心の何処かでそれを期待している自分がいる。


 そして里桜は、あっさりと、事も無げに、当たり前のようにその一言を口にする。


「また、しちゃおっか? 私ね、隼くんといーっぱいしたいなぁ?」


「うぐっ……」


 里桜の猛攻は衰えることを知らなかった。


 仲直りをして、恋人同士になって、初体験を済ませて尚健在だった。むしろ、より熾烈を極めている気さえする。もしかすると、ここからが本番なのかもしれんな。


 そんなもの、俺ごときが太刀打ちできるはずがないのだ。軽く理性を打ち壊されて、求められるがままに応えて、ますます里桜の虜になっていく。


 俺の幼馴染兼彼女様はどこまでも貪欲らしい。まったく、どれだけ俺を夢中にさせれば気が済むんだろうな。


 とはいえ、俺にとっても悪い話ってわけじゃねぇよな。えっちな彼女とか、最高じゃねぇか。心臓への負担と、体力の消耗を考慮に入れなければ、だけども。


 里桜との同棲が始まってからこっち、一人で発散することもできなかったのだ。主に、里桜が無遠慮に俺の部屋に突入してくるせいでな。なら、その分の負債は、きっちりと払ってもらう必要がある。


「ねぇー、しないのぉ?」


「……するに決まってんだろ」


 これ以上煽られたら頭がおかしくなる。俺は里桜の唇を塞いで黙らせて、優しくベッドへと押し倒すのだった。


 そして俺はまた、マシュマロのようにふわふわで、蜂蜜のように甘い里桜に、どこまでも溺れていく。


 この先、いつまでも。



【第三部 完】

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