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第70話 幼馴染彼女と初めての夜

 今日一日で蓄積された欲──いや、それ以前から溜まりに溜まっていた感情の全て。それが帰宅した、という安心感をトリガーに爆発した。


 里桜が好きだ。

 好きで好きでたまらない。


 俺は、里桜とのキスに溺れていた。


 熱くて、苦しくて、このまま意識がどこか遠くへ飛ばされてしまいそうになる。


 肺が酸素を求めて悲鳴を上げ、頭がクラクラするほど情熱的で激しいキス。


「んっ、んんっ……ふっ、はぁっ……」


 里桜の漏らす吐息も、どこか苦しそうで。


 自然と、唇が離れた。荒い息を整えようと、肩で呼吸を繰り返す。里桜もまた、荒く息をしていた。全力疾走でもしたかのように、頭が、顔が、身体が熱い。高鳴りすぎた心臓の鼓動が、ガンガンとうるさいほどに耳に響く。


 んで、この後は……。











 どうすりゃ、いいんだ……?


 この先は初めての、未知の領域だった。抱きしめ合って、キスをして、その次。よくよく考えてみれば、プランなんてものは一切用意がなかった。


 もっと里桜がほしい。


 ここまではただ、その気持ちだけに動かされていた。


 潤んだ里桜の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめてくる。俺も、里桜の瞳を見つめ返す。


 お互いが無言で、気まずいような、不思議な空白の時間。里桜の瞳に、小さな不安が宿る。


 やべっ……不安にさせちゃ、ダメ、だろ。本当は、安心させてやんなきゃいけねぇはずなのに。


 焦りが胸を埋めていく。焦れば焦るほどに、どうすればいいのかわからなくなる。沈黙がプレッシャーとなり、また俺を焦らせる。


 無意識に、俺の身体が動いた。里桜の背に回していた腕を、そのまま頭へと持っていった。幾度となくしてきた行動、里桜の髪に触れ、安心させようとしていたのかもしれない。


 そこで、気付いた。いつもと指通りが違う、と。キシキシしていて、触り慣れた滑らかさがない。俺の大のお気に入りの、艶々な黒髪なのに。


「──里桜、髪が……。海水で、傷んじまったか?」


「あー……うん。ちょっとパサパサになっちゃった、かなぁ」


 里桜が前髪を触りつつ、少しだけ残念そうに呟いた。


「これ、元に戻るのか……?」


「大丈夫、だよ。ちゃんとケアすれば、ある程度は、ね」


「そっか……よかった。俺さ、里桜の髪、好きなんだよ」


「私もね、隼くんの髪好きだよ。あっ、でも──」


 今度は、里桜の手が俺の頭に触れた。


「──やっぱり、隼くんの髪もパサついちゃってるね。自分のついでに、隼くんにもお手入れ、してあげよっか?」


 髪の、手入れ……。


 そうか、風呂だ。

 それなら今日の疲れも癒やせるし、その後の流れも作りやすいかもしれない。


 そしてなにより──


「せっかくだから、お願いすっかな。ならさ……一緒に風呂、入るか?」


 ──あの日、初めて里桜が風呂に全裸凸をしてきた日の、明確な応えになるはずだ。


 俺の髪をいじっていた里桜の手が、ピクリと震え、止まる。里桜は耳まで真っ赤に染め上げて、でも、すぐにふわりと微笑む。


「……っ! 入るっ! 隼くんと一緒に、お風呂っ」


 弾むような声だった。迷いなんて、一切感じられない。むしろ前屈みすぎて、少しだけ俺が押されてしまったくらいだ。


「じゃあ風呂、沸かすな」


「うんっ!」


 すぐそこの、給湯器の操作パネルのボタンを押すだけなのに、なぜか里桜もくっついてきた。湯が溜まるまでの間は、またソファに戻り、里桜を膝の上で抱きしめて過ごす。里桜の髪や身体からは、まだ微かに海の匂いがした。


 ──〜〜♪ 『お風呂が沸きました』


 毎度おなじみの単調なメロディと、機械的な声。俺達は顔を見合わせ、頷く。そして二人で立ち上がり、手を取り合って脱衣所へ向かう。ドアを閉め、服を脱ぎ、お互いの素肌が露わになった。


 あれだけ水着姿を見ていたというのに、一糸纏わぬ里桜の肌にまた心臓が跳ねる。里桜は一切を隠すことなく、俺の前に立っていた。まるで、俺に見せつけるかのように。


 俺も、なにも隠すことなく里桜の前に立つ。里桜の視線が俺のある一部に注がれている気がするが、あまり恥ずかしいとは思わなかった。里桜のせいでそうなっているのだ、存分に見ればいい。


 どうせタオルで隠そうにも、こんなになってたら隠しきれねぇし、どのみち見られることになるからな……。


「ほら、行くぞ……」


「あっ、うん……」


 身体を洗い清めて、湯船に浸かる。髪は、里桜が丹念にトリートメントをしてくれた。温かい湯が一日の疲れを解し、高ぶる熱を優しく包み込む。


 浴室には、夢でも見ているかのように、湯気が満ちている。でも、これは現実だ。


「隼、くぅん……」


 里桜が甘えた声を上げ、俺に身を寄せようとする。俺は里桜の肩を掴み、一度、その動きを止めた。里桜が少しだけ不安そうに、潤んだ瞳で俺を見上げてくる。


 止めたのは、拒絶じゃない。これは、今まで里桜にリードされっぱなしだった俺の覚悟だ。ここからは、俺が──


「里桜」


「……なぁに?」


 浴室に反響する自分の声が震えているのを感じながら、さらに言葉を紡ぐ。


「俺さ、もっと、里桜に触れたい」


 単なる欲望ではない、と思いたい。幼少期から今に至るまで、積み重ねてきた里桜への愛おしさ。これから始まるであろう二人の時間を大切に、特別なものにしたいという願い。それを短い言葉に込めて、里桜に問う。


「里桜……触っても、いいか?」


 里桜の瞳が、大きく見開かれる。そして、真夏に桜の花が咲いた様に微笑んだ。その顔にはもう、先程の不安の色はなかった。


「……もちろん、だよ。だって、私はとっくに隼くんのものなんだから。隼くんのしたいように、していいんだよ?」


 里桜の言葉は飾り気がなく、俺への絶対的な信頼と愛情、この先への期待に満ちている。これまでにも何度か伝えてもらっていたこの言葉。その想いに応えようと、俺は腕を伸ばす。


「里桜、好きだっ」


「隼くん、大好きっ」


 湯の中で、里桜の柔らかな身体を抱き寄せた。肌と肌が触れ合う、最高に愛おしい感触。里桜も俺の首に腕を回して、覆い被さるようにぎゅうっと抱きついてくる。


 こつんと、額がぶつかった。

 蕩けるような笑みに、クラリとする。


 唇が重なる。ちょんと、軽く。


 そんなんじゃ、全然足りない。もう一回。もう一回。


 もっと、もっと、もっともっともっともっと。


 もっと里桜を、俺だけのものにしたい。


 小さくキスをするたびに、身を焦がす炎は大きくなっていく。より強く、さらに深くと、里桜を求める気持ちが止まらない。


 湯気の中で、俺達二人の吐息が混じり合う。甘い甘い、どこまでも甘いキス。


「はぁ……んっ、ちゅっ。隼くぅん、もっとぉ……」


「あぁ、いくらでも、しような……」


「うん、嬉しっ……」


 触れるだけのキスから、啄み、吸い付くようなものに変わり、やがて舌を絡ませる深いキスへ。浴室には、俺達が奏でる、甘く艶めかしいリップ音が響いていた。


 キスをしながら、里桜の背中を撫でる。手の平が吸い付くような、滑らかな肌の感触。背中から腰、そしてお尻へと向かう。その丸みにそって手を滑らせると、里桜の身体が甘く震え、湯の水面に幾重にも波紋を広げる。


 再会した初日に、うっかり見てしまった里桜のお尻。今、そこに触れているんだと思うと、たまらなく気分が高揚した。


「ふぁっ、んっ……隼くっ、んぁっ……!」


 里桜の声が、湯気に溶けては消えていく。消えたかと思うと、また里桜が声を漏らす。愛情と興奮が、どこまでも高まって──


 もう、ダメだ。これ以上は、待てない。


「里桜……そろそろ、上がろうか」


「触るのは、もういいの……? ほら、こことか、まだ、だよ?」


 ちゃぷんと湯を揺らしながら、里桜が腕で豊かな胸を持ち上げた。ずっと押し付けられてはいたが、まだそこには手で触れてはいない。誘惑に負け手を伸ばしかけて、途中で踏みとどまる。


「そこは……今触ったら逆上せちまうから、また後でな。だから、もう出るぞ」


「じゃあ、この続きは……隼くんのお部屋で?」


「……そう、だな」


 苦労して手に入れた例のブツは俺の部屋だしな。それがいいだろう。とにかく、ここで始めるのはまずい。


「わかったよ。それじゃ、行こっ」


 里桜は俺の唇にキスを一つ落として、俺の上から退いた。


 浴室を出て、黙々とバスタオルで身体の水気を拭き取る。ケアしてもらったばかりだが、今日は髪を乾かしている心の余裕はない。そんな時間すら、今は惜しい。この熱が、冷めてしまうような気がして。


 まぁ、冷めるわけがないんだがな。里桜の纏う色気がすごすぎて。自らの意思で触れた里桜の肌の感触が、この手に焼き付いて。


 お互いに、バスタオルを巻き付けただけで脱衣所を後にする。そのまま、俺の部屋へと向かった。もちろん、しっかりと手を繋いで。ドアを開け、里桜を招き入れる。薄暗く灯した明かりの下、湯上がりで火照った、バスタオル一枚の里桜が立っている。


 その姿は、今日一日で見たどの水着姿よりも妖艶で、里桜が俺の、俺だけのものなんだと、強く感じられた。


 じっと、里桜の瞳を見つめる。そこには、迷いも恐れもない。里桜は目だけで、早く早くと俺を急かしていた。


「里桜……」


「隼くん……」


 これだけで、全ての想いが通じ合った気がした。なら、もう言葉は不要だ。


 ゆっくりと、里桜のバスタオルに手をかける。里桜も、俺のバスタオルを手をかけてくれた。


 この手に力を込めれば、もう止められない。止める気なんて、さらさらねぇけどな。俺も、里桜を受け止める準備は、もうできているのだから。


 はらりと、同時にお互いのバスタオルが床に落ちる。これで俺達を遮るものはなにもなくなった。里桜を抱き寄せ、またキスをして。


「隼くん、だーい好き」


 耳元で囁かれた言葉が、痺れるように全身に広がり、俺の理性を完全に吹き飛ばした。


「好きだ、里桜っ……」


 思いの丈を吐き出し、里桜をベッドへと優しく押し倒す。


 そして、俺達の初めての夜が始まった。

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