第69話 幼馴染彼女と高まる熱
あれから俺達は、浜辺で砂の城(のようなもの。俺達にはセンスがなかったらしい)を作ってみたり、波打ち際を寄り添って散策したり、浅瀬を泳いでみたりと、思い付く限り海を満喫していた。
その途中、里桜は3着目の水着へと着替えて、姿を現した時には俺の目を──いや、それだけじゃなく、周囲の視線すらも釘付けにしていた。
3着目の水着は、黒のワンピースタイプ。ストラップレスで、背中から脇にかけて大きく肌が露出するデザイン。シンプルでありながら、里桜の身体のラインを美しく見せて、色気のある大人っぽい魅力を引き出していた。
周囲の視線に里桜も恥ずかしげにしていたが、それがギャップになって、たまらなく可愛かったな。
夕方に差し掛かり、茜色に染まった空が、里桜の姿をより一層引き立てる。
「いっぱい遊んだし、そろそろ戻ろっか」
里桜の顔には、わずかに寂しさが滲んでいた。
夏の陽は長いが、じきに太陽が水平線にかかる。つまり、この楽しかった海デートも終わりを迎える時間だということだ。
「だなぁ。片付け、すっかぁ」
「うんっ。はぁ……楽しい時間って、本当にあっという間だねぇ」
里桜は名残を惜しむように呟いて、荷物をまとめ始める。俺もパラソルを畳んで、横倒しにしておいた。
「なぁ里桜。もう少しだけ時間、いいか? 陽が沈むの、見ていこうぜ」
「それ名案だよぉっ。せっかくの海、だもんね」
「あぁ……せっかく、だからな」
ほとんど人のいなくなった砂浜に、二人で並んで座り込む。西の空は、刻一刻とその色を変えていった。
「……綺麗だねぇ、隼くん」
「うん、綺麗だな……」
夕陽なんて、あまりにもありふれた光景なはずなのに、海で、里桜と一緒に眺めていると、かけがえのない特別なもののように思えてくる。
横を向くと、里桜も俺を見ていた。そしてふわりと微笑み、俺の肩に頭を乗せてきた。その重みと体温に、また里桜が愛おしくなる。里桜が隣にいる、それだけのことが、とてつもない安心感を与えてくれていた。
でもまぁ、それだけで済まないのが、この里桜という女の子だ。
安心感と同時に、圧倒的な質量を持って俺を飲み込もうとするものがあった。
今日は、起きた瞬間から里桜に翻弄されてきた。猛攻をしかけられていたんだ。
俺の幼馴染兼彼女様は大変積極的で、しかも大胆でいらっしゃるのだ。
水着姿を見せつけられ、密着されたのはまだ序の口。日焼け止めを塗るのを口実にされて、里桜の身体に触れた。事故ではあったが、初めてその柔らかな胸にも触れた。キスをされ、俺からもして。腕枕に膝枕、ふかふかアイマスク、なんてのもあったな。
『今は』とか『帰ったら』とか、そんな言葉で抑えつけていたものが、この夕方という時間になって、現実感を伴って蘇ってくる。
はっきりと言おう。俺はもう、我慢の限界だった。
いや……マジで俺、よくここまで耐えたと思うぞ。何回里桜を連れてさっさと家に帰ろうと思ったことか。里桜と最後まで海を楽しみたくて、もっと気分を高めたくて、どうにかこうにか頑張ったって感じだったな。
俺達が恋人同士になった日の夜、里桜は『我慢できなくなったら、いつでも』と言っていた。それはたぶん、俺に委ねるという里桜の意思表示だ。里桜は、望みながらも、決して無理強いはしない。ただ、俺をその気にさせようとするだけで。
まぁ、それがあり得ないレベルで理性を削ってくるわけだが。時と場所を選ばないのもまた、里桜なんだよな。
「……里桜」
小さく名前を呼んで、里桜の肩を抱き寄せる。夕焼けの色を映した瞳が、潤みを帯びて真っ直ぐに俺を見上げていた。
「んっ……」
迷わず、唇を重ねた。軽く、短く。理性を飛ばすほどではなく、家までの、わずかばかりの時間を我慢するためのもの。
これは、今日こそ里桜の望みに応えるという、俺の明確な決意表明だった。
唇が離れると、里桜は満足そうに、幸せそうに、うっとりと目を細めた。
そして、完全に陽が落ちる。その瞬間、
「そろそろ帰るか」
「そろそろ帰ろっか」
ピタリと、言葉が重なった。考えていることも、おそらくはこの後への想いも、お互いに同じだったのだろう。俺達は頷き合い、手を取って立ち上がった。
シャワーを浴び、着替えを済ませて。バスに乗り、電車に乗り換えても、頭の中は家に帰り着いてからのことでいっぱいだった。
だから、帰り道ではほとんど言葉を交わさなかった。座席に身体を沈めると、ぎゅっと、里桜が俺の手に指を絡めてくる。硬く握られた手、いつもは少しヒンヤリしている里桜の手から伝わる熱。その体温を感じていれば、言葉なんて必要はなかった。
唯一した会話といえば、我が家の最寄り駅に着いてから。
「なぁ里桜」
「なぁに?」
「飯、食って帰ろうぜ。今日は疲れただろうし、今から用意すんのは大変だろ」
「うん、そうだね。そうしよ」
たったこれだけ。
俺の言った理由なんてものは、建前にすぎない。このまま帰宅すれば、たぶん夕飯は食いそびれることになる。これが本音だ。里桜の手料理を食うチャンスを一回ふいにするのは惜しい気もするけどな。どのみち食えないのなら、なにかしら腹に入れておくべきだ。
俺はまた里桜の手を引いて、駅近くのファミレスに入った。ボックス席に並んで座り、メニューを開くと、里桜がピタリと身を寄せてくる。
ギリギリを保つ、非常に危険なタイミングでのそれ。でも俺は、なにも言わずに受け入れた。
チリチリと、身体が焦げるような感覚に襲われながらも、静かに食事を済ませる。味なんてさっぱりだった。頭の中は、完全に里桜一色に染め上げられていた。
会計をして店を出ると、生温い夜風が頬を撫でる。そんな温い空気では、俺達の間に漂う熱を冷ますことなどできないというのに。
むしろその逆。一歩、また一歩と家が近付くにつれ、里桜がより強く俺に寄り添い、温度を上げていく。じっとりと、汗ばむような熱気が、俺と里桜の間に漂っていた。
鍵を開け、二人して靴を脱ぎ散らかし家にあがる。真っ暗闇に明かりを灯して、リビングへ。いつも通りの見慣れた光景のはずなのに、今だけは別の世界に迷い込んだかのような緊張感がある。
喉が、ひりつく。
投げ捨てるように荷物を床に置き、俺達はソファへともつれ込んだ。
「里桜っ」
「隼、くんっ」
短く名前を呼び、どちらからともなく抱き合って。そして俺達は、貪るように唇を重ね合わせた。
◆side里桜◆
隼くんと、深く深くキスを交わしながら、私の心は歓喜に震えていた。
ようやく、待ち望んでいた時が来たんだもん。私を丸ごと全部、隼くんのものにしてもらえる時がね。
海で、帰り間際にキスをされた時、なんとなく悟ったの。隼くんが、そのつもりなんだって。
帰る途中も、期待で胸がいっぱいだった。うまく言葉が出てこなくて、ずっと黙っていたけれど、しっかりと握りしめた隼くんの手から、想いが伝わってきた気がしたの。
里桜がほしい。
って。
あくまで私の予想でしかないけど、そう思ってくれてたんじゃないかなぁ。
私ね、すっごく頑張ったんだよ。恥ずかしかったけど、せっかく水着になったんだから、誘惑しなきゃ損だよね?
その結果が今だった。
隼くんは、壊れちゃいそうなほど強く抱きしめてくれてる。キスだって、私を求めてくれているのがわかる。
やっと、報われた。隼くんがその気になってくれた。
嬉しいっ、嬉しいなぁ。
ねぇ、隼くん。
もっともっと私を貪って。
私のこと以外考えられないくらい、夢中になって。
もう二度と離さないで、離れないで。
何度でも、好きって言って。
私を、愛してっ。
そう思った時だった。
すぅっと隼くんの唇が離れていって、じっと私の目を覗き込んだの。その瞳の中には、抑えきれないほどの欲と──
わずかな戸惑いの光が揺れていた。
……あれぇ? なにを、戸惑ってるの?
私は少しだけ、先行きが不安になった。




