第63話 幼馴染彼女には過保護になる
「なぁ里桜」
俺は朝食後の洗い物をしながら里桜に声をかけた。里桜はウキウキしながら荷物の確認中だ。昨日も二人でチェックしたはずなんだが、じっとしていられないと見える。
ちなみにだが、里桜は水着を3着も持っていくらしい。全てあのデートで購入したものだ。どれを着てくれるのか非常に気になるところだが、ひとまず今は置いておこう。楽しみは後に取っておくのだ。
まぁ、一通りはすでに着ているところを見ていることだしな。
「なぁにー?」
「あのさ……まさかとは思うけど、その服で行くつもりなのか?」
里桜は、俺が起きた時の格好からエプロンを外しただけ。今のところ、そこから着替える素振りはない。
「うん、そのつもりだよ」
「……結構露出激しいけど、いいのか?」
基本、外出時の里桜はあまり素肌を晒さないのだ。スカートは短くても膝丈だし、トップスにしても、肩が見えていたりすることはまずない。俺と出かける時は張り切っておしゃれをしてくれる里桜だが、その防御力は意外にも高い。
里桜の性格を考えればそれも当然のことだ。夏休みということもあって四六時中一緒にいると忘れがちだが、里桜は人見知りの引っ込み思案。二人きりの時に見せてくれる姿こそが特別なんだよな。
「ちょっと恥ずかしいけど、今日は頑張るのっ。どうせ向こうでは水着になるんだし、少しは慣らしとかないとって思って」
「……まぁ確かになぁ」
「もしかして隼くん、私がこういう服で外に出るの、イヤだったりする?」
「んー……イヤではないんだけど、ちょっと心配っていうか」
もちろん、里桜の素肌を他人に見られるのは複雑な気持ちになる。ただ、これはあくまでも俺の独占欲が原因なので、俺が我慢すればいいだけのことだ。里桜が言う通り、現地では水着になることが確定しているしな。
里桜が羞恥に悶えるだけなら、俺としては可愛い姿が見られて嬉しいところなんだが……滅多なことは起こらないと思うけど、危険性を上げればきりがないのだ。
「ふふっ、そっかぁ。なら移動中は上に一枚羽織ることにしようかなっ。でもね、隼くん」
「ん、なんだ?」
「水着になってからは、ちゃんと隼くんが守ってねっ?」
里桜はそう言うと、俺の返事も待たずに自室へと駆け込んでいった。おそらく、羽織る服を選びに行ったのだろう。
しかし、そんなこと言われるまでもねぇよな。せっかく遊びに行くんだ、楽しい思い出にしてやりてぇし、俺も邪魔が入るのは面白くない。
「ねぇねぇ、こんな感じならどうかなぁ?」
戻ってきた里桜は、半袖のサマーパーカーを追加で着ていた。
「うんまぁ、多少はマシになったかな」
依然として、俺の視線すら釘付けにする生脚は健在だが、あまりあれこれと難癖つけて気分をぶち壊しにしたくはない。なら、これくらいで大目に見ておくべきなんだろうな。
「んじゃ、まだちっと早い気もするが出かけるとすっか」
俺も朝のやることは終わったし、なによりこれ以上は里桜がそわそわして落ち着かなさそうだ。
「うんっ、行こーっ!」
俺達は戸締まりをしっかりとして、家を後にした。早く早くと急かす里桜に腕を引かれて駅へと向かい、電車へと乗り込む。
今日は平日だが、通勤時間を外したおかげか人はまばらで、広々とシートに座ることができた。
「さて、手始めに里桜に一つだけ言っておかなきゃならんことがある」
「うん、なぁに?」
「今日は、絶対に俺から離れるなよ」
これは、今日一日を気兼ねなく楽しむために必要なことなのだ。
だが、里桜はその意味を理解しているのかいないのか、嬉しそうに俺にしがみついてくる。
「はーいっ、これでいーい?」
「あのなぁ、真面目に話してんだぞ。ちゃんと聞けよ」
「聞いてるもんっ。大丈夫だよ、初めから離れるつもりなんてないし。それでいいんでしょ?」
「いーや、ダメだな。例えばだ、俺がトイレに行くとしたら、里桜はどうする?」
「えっ、ついていく?」
「……ついてくんなよ。男子トイレに入るつもりかよ」
「だって、隼くんが離れるなって言うから」
「常識の範囲内で頼むわ……」
「じゃあわかんなーいっ!」
里桜は拗ねるように、ぷくりと頬を膨らませた。察しが良くて頭もいいくせに、たまにポンコツなんだよなぁ、里桜は。
「簡単なことだろ。里桜も行っとけ、用がなくてもな。んで、俺が戻ってるのを確認してから出てこいよ」
「……ねぇ隼くん、それは過保護すぎなんじゃなぁい?」
「過保護くらいでちょうどいいんだよ。海辺は危険がいっぱいなんだぞ。自然の脅威を舐めると痛い目に遭うからな」
「隼くんが心配してるの、自然の脅威じゃないと思うよ……?」
「なんだっていいよ。水を差されなきゃな」
いつ海から野生のチャラ男が飛び出してくるとも限らんのだから。撃退に時間を食うくらいなら、初めから予防しておく方がいいに決まってる。ただでさえ里桜は人目を引くからな。少し目を離した隙に攫われでもしたら困し、そうなれば里桜が怖い思いをする。
「もう、隼くんってばぁ……心配性なんだからっ。でも、わかったよ。それで隼くんが安心できるならそうするね」
「あぁ、手間かけてわりぃな」
「んーん、全然だよ。その代わりっ、私、本当に離れないから、覚悟してね?」
「お、おぉ……」
あれ、選択ミスったか……?
里桜がこう言うということは、本気で覚悟が必要だってことだ。水着の里桜にずっとくっつかれて、果たして俺はいつまで正気を保てるのやら。
「んふふーっ、楽しみだなぁ。早く着かないかなぁ」
まぁ、いっか。俺がしたいのは、この笑顔を守ることだしな。
「そうだな。目一杯楽しもうな」
「うんっ!」
電車からバスに乗り換えて──
かくして俺達は海水浴場へと到着した。バスを降りると、潮風が俺達を出迎えた。
眼前に広がるのは、照りつける太陽を反射する砂浜とそこに打ち寄せる波。早めに着いたので、まだあまり人はいないらしい。
「着いたーっ! 海だよっ、隼くんっ!」
里桜はトンッと軽やかにステップを踏み、小走りで駆けていく。
「おーいっ、あんまはしゃいで転ぶなよ」
「わかってるもーんっ。ほーらっ、隼くんも早くおいでよーっ!」
「はいはい、あんま急かすなって」
離れるなって言ったのになぁ。
「っとに、可愛いやつ……」
俺は小さく呟いて、里桜の後を追った。




