第62話 幼馴染彼女と寝起きドッキリ
「隼くんっ、朝だよーっ! おーきーてーっ!」
頭上から、元気いっぱいでいつにも増してテンション高め、可愛さ3割増な里桜の声が降ってくる。ゆっくりと目を開けると、ぼやけた視界の中央でにっこり笑った里桜が俺を見下ろしていた。
あー……そういやこういう目覚め、なんか久しぶりだな。
最近じゃ俺が起きるまで寝顔を眺められてるとか、頭撫でられてるとか、勝手にキスされてるとか、そんな感じだもんな。
しかし、すっかり一緒に寝るのが当たり前になってんなぁ、俺達。まぁそれも今更か。
「んぅ……おはよ、里桜」
「おはよっ、隼くんっ」
里桜がこてんと小首を傾げて、艷やかな黒髪がさらりと揺れた。それは寝起きのものではなく、しっかりと櫛が通された後のように見える。
「あれ……今って何時だ?」
「7時だよ。いつもと一緒っ」
よかった、寝坊したわけじゃなさそうだ。でも、里桜はすでに身支度を済ませているということは──
「……なぁ里桜、いったいいつから起きてんだよ?」
ちなみにだが、昨夜の里桜は俺よりも早くご就寝あそばされた。俺が寝かしつけたからな。
そこからしばらく、愛くるしい寝顔を堪能させてもらった。起きてても天使のように可愛い里桜の寝顔だ、いくらでも見てられる。最近の俺にとって、これは至福の時間になっているのだ。
「んーとねぇ、30分くらい前からかなぁ」
おいおい……里桜のやつ、浮かれすぎだろ。もう少しゆっくりでもいいだろうに。今から準備したとしても、それでもまだ出かけるには早すぎるぞ。
今日は、里桜と二人で日帰りで海水浴に行くことになっているのだ。夏休みの前、初デートでした約束を果たす時がついにやって来たってことだな。
まぁ約束と言っても、里桜が行きたいよねって零してただけで、俺は返事もしていなかったはずだが。あん時は里桜の水着選びをさせられることに動揺しまくってたもんなぁ。
たださ、里桜が行きたいってんなら連れてってやるのが甲斐性ってもんだろ。
なーんて、偉そうなことは言えねぇんだよなぁ。
こういった娯楽に関わる費用は、基本的に小遣いの範囲内でやり繰りされる。その小遣いは、毎月お互いの家から支給される生活費の残り。そして家計の管理は、基本的には里桜の担当。
買い物するのは里桜の役目になってるからな。俺も荷物持ちとして同行はするが。
つまり、こうして遊びに行けるのは里桜のおかげなのだ。俺がしたことと言えば、海に行きたいと言う里桜に同意した、これだけである。
それに、里桜の希望を全部叶えてやれたわけでもない。
……実のところ、最初里桜は泊まりがけで行きたいって言ってたんだよ。
でもよく考えてみてほしい。俺達は未成年だ、保護者の同意なくして宿泊施設を利用することは不可能。お互いに親元を離れて生活している身としては、これはかなり高いハードルになる。しかも向かう先の海水浴場は電車とバスを乗り継いで1時間弱、泊まりがけにするには近すぎる。
宿泊込みの旅行については、いずれまた、ということで納得してもらうことになった。
「ねぇ隼くん。私の起きた時間がどうしたのー? 早起きしたらダメだった?」
「あぁいや、そんなことはねぇよ。なんかすげぇはしゃいでんなと思っただけ」
ただし、はしゃぐ里桜が可愛すぎる問題が発生中である。
「そりゃはしゃぎもするよっ。だって、隼くんと初めての海水浴だよっ!」
「そういやそうだったな。これまで海辺に行くといや、あの港で花火見るくらいなもんだったしなぁ」
「そうなのっ、だからすっごく楽しみなのっ! というわけで、隼くんも早く起きてっ!」
そう言うと里桜はぴょんと跳ね、俺がベッドから降りられるように一歩後ずさる。
「はいはい、わかっ────」
里桜の全身が目に飛び込んできた瞬間、俺は言葉を失った。
お、おいっ……なんて格好してやがんだよ?!
エプロンを身に着けているのは、すでに朝食の支度に取りかかっている証。だが、それだけだ。
えっ、なに? 裸エプロンなのか……?!
俺、朝っぱらから誘惑されてる?
ここで俺の理性がぷっつんしたら、きっと海水浴は延期になると思うが?
いや、まさかな。里桜がそんなことするはずが──
…………。
ないとは言い切れねぇんだよなぁ、これが……。
「どしたの、隼くん?」
俺が急に黙ったからだろうか、里桜はキョトンとした顔をする。
「えっ、あぁ、いや……ところで里桜、今日のその格好についてなんだが……」
「あぁ、これ? なんか今日は今年の最高気温更新するらしいから、一番涼しいのにしてみましたっ!」
そりゃ涼しいだろうよ!
エプロンだけだもんなぁっ!
「ほら見てっ、すっごくいい天気! 絶好の海水浴日和だよっ!」
里桜はそう言うと俺に背を向け、窓のカーテンを開けた。朝の陽光が部屋に差し込み、目が眩みそうになるが、俺は里桜の後ろ姿に釘付けだった。
「……はぁ?」
口から、間抜けな声が漏れる。
里桜の後ろ姿は、裸ではなかったのだ。
眩しすぎる美脚を惜しげもなく披露してはいるが、腰回りはしっかりと覆われている。デニム生地のホットパンツに。
そして上半身。肩は完全に、背中も大きく露出しているものの、胸から下、腹部に至るまでは布地で隠されていた。真っ白なチューブトップに。
……俺はなんてベタな勘違いをしてんだよ。
本当にこんな勘違いするやつが存在してたんだな。俺のことだが……。
でも、しかたねぇよなぁ。俺、里桜がこんな服持ってるなんて知らねぇもん。
ただ、俺の胸中には期待を裏切られたような感情が渦巻いている。そして、気付けば里桜が、ぼけーっと開かれた俺の目をじっと覗き込んでいた。俺の心の底を見透かすようなあの目で。
「ふふっ、もしかして隼くん」
「な、なんだよ……」
「私が服着てないと思ったんでしょー? えっちなんだからぁっ、もうっ!」
えっちはどっちだよ?!
毎度毎度俺の理性に攻撃を仕掛けてきておいて。
「あのなぁ、り──んむっ」
俺の抗議の声は、里桜からのキスによってすぐさま遮られた。唇が離れると、里桜は悪戯に成功した子供のように笑う。
「えへへ。朝イチのちゅー、ごちそうさまっ」
こいつ、全部計算の上でやってやがるな……。
里桜は策士なんだ。恐ろしく計画性の高い策士なんだ。自分がどう行動すれば、俺がどう反応するのかってのを理解してんだよ。だから、エプロンで完全に隠れる服を選んだ。立ち位置すら考え抜かれている。そうに違いない。
となれば、すでに里桜の術中に落ちている俺はもう観念するしかないわけだ。後手に回った俺が、里桜に太刀打ちできる道理はない。抗議しようが受け入れようが、里桜を喜ばせるだけなのだから。
あれ、里桜が喜ぶならいいんじゃね?
なら、いっそこのまま裸に剥いて、もう一回エプロンを着せれば────いいわけないよなぁ……。
初めてはもっとしっとりした雰囲気でさぁ……ってそれも違うっ!
それじゃ出かけられなくなるって言ってんだろうがっ! 俺だって里桜と海に行くの楽しみにしてんだぞ。
まったく、タイミングってものを考えてくれよなぁ。寝起きドッキリ的なのを仕掛けたかったんだろうけどさ、せめて帰ってからにしてくれりゃ俺も……。
先日苦労して手に入れたブツ、その出番はまだ来ていないのだ。あれからも色々と策を繰り出してくる里桜だが、なぜか微妙に間が悪かったりして。
具体的に言うと、眠気でフラフラになりながら誘惑してきたりとかな。そんな状態で里桜に無理なんてさせられねぇし、つい俺も寝かしつけモードに入ることになる。
これって、俺がヘタレなわけじゃねぇよなぁ……?
「はぁ……」
俺はため息を一つつき、心を落ち着かせる。焼け石に水だが、しないよりはマシだ。
「あれれ、おはようのちゅーはお気に召さなかった?」
「……もう一回だ。今度は不意打ちじゃなくて、普通にしてくれ」
「はーいっ。隼くんっ、ちゅーっ」
うん、やっぱ里桜とのキスは最高だな。ひとまず今は、これで心を慰めるとしよう。
はぁ……そろそろマジでつらい。




