第60話 幼馴染彼女ともしもの備え2
どうにか里桜を振り切り、一人で家を出てきたわけだが──
うっわ、なんか胃のあたりがキリキリしてきた……。
目的地が近付くにつれ、今まで経験したことのないなにかが胸の内からわいてくる。恥ずかしい、が一番大きいかもしれない。そこに不安とか躊躇いとか、諸々の小さな感情がくっついたような、そんな感じだ。
できることなら、このまま踵を返して家に帰りたい。でも、このチャンスを逃すわけにはいかないのだ。また里桜を説得するのは大変だし、何度も寂しい思いをさせるのはもっとイヤだ。しゅんとした里桜の顔を思うだけで心苦しいもんな。
まぁもとより、このまますごすごと帰るつもりなんてさらさらねぇんだが。
俺達の関係の進展というものにおいて、俺はここまで里桜に頼り切りになっている。
里桜は大好きな家族のもとを離れてまで、俺のところに戻ってきてくれた。過去を払拭して、仲直りができたのも、里桜の立てた計画とやらのおかげ。告白をしたのは俺からだが、里桜は俺の気持ちを汲んで待ってくれていた。
これは、俺と里桜の二人の問題なのだ。里桜だけが頑張ればいい話じゃない。
ならさ、これくらいは俺がどうにかせんと立つ瀬がねぇよな。
「ふぅ……よしっ、行くか」
俺は入り口の前で呼吸を整えてから、ドラッグストアへと足を踏み入れた。
*
入店からわずか5分後、俺は店内の一角で立ち尽くすことになった。
おいおい、マジかよ……。
幸いにして、目立てのブツはすぐに見つけることができた。ならばさっさと購入して里桜の待つ家に飛んで帰るのが筋だとは思うのだが──
種類が、多すぎるっ……!
品揃えが良すぎるのも考えものだ。
こちとら初心者以下だぞ。
ちっとは手加減してくれやっ!
そんな文句も言いたくなるが、店員に噛みついたところで悪質クレーマーが一人できあがるだけ。大人しく商品を見ていくことにする。
パッケージの表面に目立つように書かれている数字は──なるほど、厚みか。これは……薄い方を選ぶべきなのかね。俺も里桜も初めてなわけだし、抵抗は少しでも小さい方がいいだろう、たぶん、知らんけど。強度に関しては、メーカーの技術力を信用するしかねぇな。
次はえぇっと──サイズ?
おいおい、身長じゃあるまいに。俺、自分のサイズなんて知らんぞ。
これはあれか?
物差し使って測れってことなのか?
世の男どもは皆、把握してるもんなのかよ……。
まぁいいや。わからんもんはわからんし、今更戻って測ってくるわけにもいかん。サイズは、無駄になるのを覚悟でいくつか見繕うことにしよう。
後はなにか違いが……。
んんっ?! ちょっと待ってくれ……味、だとっ?!
こんなもんに味付けしてどうしようってんだよ。まさかっ……食うのか? 狂気の沙汰だな。
って、んなわけねぇよなぁ、ガムじゃあるまいし。ってことは──まぁそういうことなんだろうな。俺も知識としては知ってるぞ……っと、それを考えるのはやめとくか。いきなり飛ばしすぎだ。
それに、こんなもんを買ってったのがもしも里桜にバレたりしたら……ドン引かれるかもしれん。味付きは除外、普通でいいんだ、普通で。
他にも色々と違いはあるらしい。里桜の身体に触れるものであることを考慮すれば、じっくりと吟味したいところではあるが……いかんせん長時間この場に留まるのはいたたまれない。今だってギリギリなんだ。頭から追い出そうとはしてみるものの、どうしても周囲の視線が気になる。
俺はパッケージの見た目が無難なものに目を付け、大中小とサイズ違いで三つを手に取った。ようやく商品選びは完了した、だがこれで終わりではない。最後の難所が残っているのだ。
そう、会計である。
金を払わずに店外へと持ち出せば、それはただの万引き、犯罪だ。バレれば警察への通報から親の呼び出し、学校への報告まで、想像もしたくない事態のオンパレード。
そもそもそんな後暗いもん、使いたくねぇしな。里桜の価値まで貶めることになる。俺もそこまで落ちぶれちゃいないつもり……というか、普通に考えて犯罪はダメだろ。
というわけで会計をしないといけないんだが──
くっそ……なんでこの店にはセルフレジがねぇんだ。それならしれっと買えるってのにさ。
対人レジに立っているのは、おばちゃん店員だった。若い女性店員よりは幾分マシかもしれんが、誰が相手だろうとそう大した違いはない。
ただ、このままいつまでもうろついていても埒が明かないのも事実。帰宅がどんどん遅くなるだけなので、素直にレジ待ちの列へと並ぶ。
俺の前には、会計中の爺さんが一人だけ。入れ歯の洗浄剤を購入していた。
って、後ろから丸見えなの辛いな。俺の後ろには誰も並ばないことを祈るしか──
──ないと思った矢先に並びやがったよ。
30台前半くらいの女性だ。色々と日用品の入ったカゴを手にしている。
……奥さん、買い忘れはないのかい?
心の中で問いかけてみるも、返事はない。当たり前だ、声に出していないのだから。俺はブツを自分の身体で隠すように持ち直した。
「お次のお客様、どうぞー」
爺さんが立ち退き、おばちゃん店員から声がかかる。俺の番だ。一歩、二歩と前に出る。
気にしすぎなのは、わかってる。堂々としていた方がいいってことも。それでも俺は緊張がピークに達し、震える手で商品をカウンターへと置いた。
おばちゃん店員は商品を見て、それから俺の顔を見る。あまり感情のうかがえない、二つの瞳が俺に向いていた。
……な、なんだよ?
もしかして──三つも買うなんてお盛んですね、とか思われてるんじゃ……。
「レジ袋有料ですが、お付けしますか?」
えっ? あっ、そっちか。
いかんいかん、落ち着け。冷静になれ柊木隼。相手はただの店員、どう思われようと影響はないだろ。
そんなことよりも袋だ。そういや、里桜を抑えるので必死だったせいで、買い物袋は忘れてきたな。これを裸のまま持って帰るのはさすがにきついし……。
うん、よし。俺は落ち着いている。
「お願いしましゅ──あっ」
どこが落ち着いてんだよっ!
自己紹介の時の里桜みたいな噛み方したじゃねぇか……。
おばちゃん店員は一瞬だけキョトンとした後クスリと小さく笑い、袋を一枚取り出した。そして商品のバーコードを読み込んでいく。その動きは、実に事務的だった。
あぁもう恥ずかしすぎる……穴があったら入りたい。
それからのことはあまりよく覚えていない。というか、思い出したくもない。
財布から小銭をぶち撒けたことなんてな。後ろにいた奥さんにも拾うのを手伝ってもらって、会計を済ませた後は礼だけ告げて逃げるように店を飛び出してきた。
「はぁ……どっと疲れた……」
なんてハードなミッションだったんだ。自分の小心者加減が恨めしいぜ。次は、もう少しスマートにいけるといいなぁ……。
というか、なんで俺、下調べとかしてこなかったんだよ。だがまぁ、これで憂いは消えた。あとは成り行き任せってわけだ。
さて、里桜が待ってる。早く帰るって約束したしな。
俺は少しだけ軽くなった心で駆け出した。里桜からはそこまで急がなくてもいいと言われているが、自然と急いてしまう。
我儘を通して出てきた俺だけどさ、あまり長く里桜と離れていたくねぇんだ。
すっかり里桜に染められちまったなぁ、俺も。でも今は、それがたまらなく嬉しかった。




