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第56話 幼馴染彼女と出迎える友人・妹の来訪2

 悠人と蛍をリビングに通して、とりあえずソファに座らせておいた。一応客人を招いているということで、俺と里桜はキッチンで飲み物と軽くつまめるお菓子の用意をすることに。


 そこに会話が聞こえてきた。


「ほぇー、ここがお兄と里桜姉の部屋かぁ」


「いい部屋だね。結構広いし、綺麗だし──って、これは高原さんが頑張ってるのかな?」


「たぶんそうですよっ。お兄は昔からそういうところ本当にダメダメなんです」


 ……余計なお世話だ。というか、自分のこと棚に上げてよく言えるな。


 蛍の部屋は、俺の部屋なんかよりよっぽどとっ散らかっているのだ。


「でもさ、こうして二人でちゃんと生活できてるんだからすごいことだと思うよ?」


「それはそうですけどぉ……。あ、あの、悠人先輩っ」


「どうしたの?」


「私も、その……悠人先輩と二人暮らし、してみたいです」


「そうだね。とはいえ、蛍ちゃんはまだ中学生だし、俺だって高校生だから、今すぐ、というわけにはいかないけど──いつか、必ずね」


「絶対、ですよ?」


「うん、絶対。約束するよ」


「やったっ!」


 蛍は喜びの声を上げ、悠人にピタリと寄り添った。


 いや、うん。うまくいっているようでなによりだが──あんま人の家でイチャつかんでくれんかね。色々思い出しちまうから。


 俺と里桜もさっきまで、そのソファで……。


 俺の中には、まだ消え切らない熱が、残り火のように存在していた。


「隼くん?」


「っ?!」


 不意に里桜が俺を呼び、肩に触れ、思わず身体が跳ねた。


「……どしたの、大丈夫?」


「あ、あぁ……ごめん、ちょっとボーっとしてた」


 いかんいかん、落ち着け。どう考えても、今はそんな場合じゃない。


 と思ったが、俺を見つめる里桜の顔にほんの僅かに引ききらない赤みが存在していることに気が付く。


 ……そっか。里桜も、なんだな。


 俺だけじゃないのか、そう思うと、なぜか少しだけホッとした。胸の奥で燻っていた火も、ゆっくりと消えていき、後には温かさだけが残る。


「ふふっ、変な隼くん。ほらこれ、持っていってあげて」


「ん、了解」


 里桜が用意してくれたお盆には、作り置きの麦茶が注がれたグラスが二つと、いくつかのお菓子が乗っていた。


 そのお盆を受け取る時、自然を装って、でも里桜の指先に触れるようにする。このまま離したくないと思ってしまうが、一瞬で切り上げておいた。


 そういうことは、この先いつでもできる。そう思えば、気が狂いそうなほどの里桜への熱も、考え無しで突っ走りかけた焦りも、今は飲み込める。


 だから、これはただの確認作業だ。ちょっとのことで再燃してしまわないかどうかの、な。


「隼、くん……?」


「ほら、里桜も行くぞ。あんま客人を待たすわけにはいかねぇだろ」


「……もう、ばかっ」


 悠人達の元へ向かう俺の背中を、里桜がぺちりと叩いた。


 *


「んで、いったいなんの用だったんだ?」


 ローテーブルを挟んで悠人と蛍の対面に腰を落ち着けたところで本題へと入る。


 こんないきなり押しかけてくるなんて、悠人にしてはなかなか珍しいことなのだ。というか初めてかもしれん。悠人は律儀なやつだからな。


「あぁ、うん。実はさ……今日一日、蛍ちゃんとデートをしてきたんだ」


「……はぁ」


 俺は気の抜けた返事をした。


 別にデートの報告なんていらねぇんだが?

 仲良くやってんなら、俺としては知ったこっちゃないわけだし。


 ただ、里桜はそうじゃないらしい。里桜も女の子、恋バナは好きなようだ。


「わぁっ。よかったねぇ、蛍ちゃん。楽しかった?」


「うんっ! もう、本当に悠人先輩が優しくってね──どっかのバカ兄も見習ってほしいくらい」


「あっ、ダメだよっ。いくら蛍ちゃんでも、隼くんをバカにするのは許せないなぁ。隼くんだって、すっごく優しいんだからね?」


 里桜はぷくりと頬を膨らませた。本気で怒っているわけではないが、しっかりと不満は表現する、絶妙な表情だった。


「……そりゃ里桜姉だからだよ。お兄って、昔から里桜姉だけは特別扱いだったし」


「えっ、えへへ……そうかなぁ」


 里桜は照れたようにデレッとして、頬を押さえた。


 そりゃそうだろうよ。どこに好きな女の子と妹を同列に扱う男がいるってんだ。


「そんな話はどうでもいいだろ。話が脱線するから蛍は少し黙ってろよ」


「あーっ、ほらまた里桜姉だけ特別扱いだ。里桜姉が始めた話なのにっ!」


「お前が余計なこと言うからだろうが!」


 まったく、相変わらず反抗的な妹だな、蛍は。昔はもっと可愛げがあったってのに。


「まぁまぁ隼くん、落ち着いて。私も悪かったから、ね?」


「……しょうがねぇなぁ。ここは里桜に免じて許してやるよ」


「へーへー、悪うございましたねっ」


 こいつ……!


 いや、いかん。ここで挑発に乗ったらまた話が進まなくなる。


「時雨くんもごめんね、話の腰を折って」


「いや、いいよ。こういうのを見てるのも、俺は楽しいからね。まぁでも、せっかくだから話を戻させてもらうよ」


 悠人がマジでできた男すぎる。スマートというか、なんというか。こういうところは、俺も見習いたいもんだ。っても、蛍相手には無理だろうけどな。


「あぁ、そうだったな。ってことは、今はその帰りってわけか?」


「うん。だから早めにお暇しようとは思ってるんだけど──ほら、蛍ちゃん。あれ、出してくれるかな?」


「はーいっ、悠人先輩っ!」


 さっきまでの悪辣な口調はどこへやら、元気よく悠人に返事をした蛍は、持ってきていた紙袋を漁り始めた。


「……あれって?」


「えっと、ショッピングモールに行ってきてさ、そこで見つけたものなんだけど──」


「はいこれ。里桜姉と──それから一応、お兄にも」


「……なんだこれ?」「これなぁに?」


 蛍が紙袋からなにやら取り出して、ローテーブルに並べた。綺麗に包装されていて中身はわからないが、なかなかに大きい。しかも、それが二つ。一つは青色のラッピング、もう一つはピンク色だった。


「ささやかだけど、俺と蛍ちゃんからのお礼だよ。二人で選んだんだ。よかったらもらってほしいな」


「お礼って、なんのだよ?」


「そんなの決まってるじゃん。こうして、蛍ちゃんと付き合えるようになったことに対して、だよ。ほら、隼がお膳立てしてくれたでしょ?」


「あー……まぁ、そういえばそうだったけど」


 ……まじかよ。あれはちょっとした悪戯心だったんだが、まさかこんな形で返ってくることになるとはな。


「えーっとぉ……私もいいの? 私、特になにもしてないよ……?」


「いいのいいのっ。里桜姉には、普段お兄の面倒見てもらってるし。そのお礼だと思って?」


「うーん……そういうことなら。でもそっかぁ。なんか嬉しいね、隼くんっ」


 里桜が俺の面倒を見てくれている点に関しては、蛍には言われたくねぇけど──そこまで感謝してくれているのなら、無下にするわけにもいかんよな。


「そうだな。ありがたくもらっておくわ」


「そうしてくれると俺も嬉しいよ」


「んで、この中身はなんなんだ?」


「ふふーん、パジャマだよっ。しかも可愛いやつ!」


 蛍が、なぜか少しだけニヤけた顔で答えた。


「ねぇ蛍ちゃん、時雨くん。開けてみてもいい?」


「うん、もちろん」


「里桜姉は絶対気に入ると思うよっ!」


「蛍ちゃんがそこまで言うなら期待しちゃうなぁ。ほら、隼くんもっ。見てみよ?」


「ん、わかった」


「ちなみに青が隼用で、ピンクが高原さんのだよ」


 うん、それはなんとなくわかってた。とにかく、促されるまま包みを開いてみることに。


「わぁっ、かーわいーっ! ねっ、ねっ、隼くん見て見てっ!」


 先に中身を確認した里桜が嬉しそうな声を上げる。手を止めて視線を向けると、黒い生地にフードが付いている。そのフードに縫い付けられているのは二つの三角形の布。どうやら、黒猫モチーフの着ぐるみパジャマのようだ。


 昔から猫好きな里桜である、このパジャマをいたく気に入ったらしい。顔を綻ばせて、ぎゅっと胸に抱きしめた。


 これはナイスと言わざるを得ない。悠人か蛍か、どっちが選んだかは知らんが、どちらにせよナイスだ。


 ただでさえ可愛い里桜がこれを着ているところを想像するだけで、勝手にだらしない顔になってしまう。これは可愛いが渋滞を起こしそうだな。


 猫真似とかされた日には悶える自信があるぞ。


「よかったな、里桜」


「うんっ、すっごく嬉しいっ! それで、隼くんのはどんなのだった?」


「ちょっと待てって。まだ開ききってねぇんだ」


 俺も急いで開封を再開したのだが、そこで少しだけ心に引っ掛かりを覚えた。


 ──待てよ? 里桜のがこれってことは、もしかして俺のも似たような物って可能性もあるんじゃねぇか?


 蛍は可愛いやつだと言っていた。しかも、どこか含みのあるニヤけ顔でだ。


 まさかっ……。


 封を解く手が震えてもたつく。でも、その時はすぐにやってきた。


「お、おい……悠人、蛍。これは、どういうつもりだ?」


 俺の手元に現れたのは真っ白なパジャマだった。里桜のと同じように、フードには耳が付いている。だが、その耳が問題だ。長く垂れ下がるそれは、どう見ても兎のもの。


「ぷふっ……ロップイヤーだよ! お兄に似合うかと思っ──くっ、ぷぷっ……」


 蛍は、俺の反応に吹き出した。


「うんうん、可愛いと思うよ、隼」


 悠人は吹き出しこそしないものの、ニヤニヤを隠そうともしない。


「うわぁっ、隼くんのも可愛いっ!」


 里桜だけが目を輝かせて、俺の顔と兎パジャマを交互に見つめていた。


「なんで俺が兎なんだよ……」


「だーって、お兄は寂しがり屋じゃん? 里桜姉が引っ越していなくなってから、ずーっと浮かない顔してたの、私が気付いてないとでも思った?」


「…………」


 否定は、できねぇんだよなぁ。蛍に見破られてるとは思ってなかったが、寂しかったのは事実なのだ。寂しくて寂しくて、でも素直になれなくて。


「というわけで、観念して里桜姉と仲良く着ることっ! 里桜姉、着たら写真送ってねっ」


「わかった! 兎な隼くんなんて、絶対可愛いに決まってるもんね!」


「いや、撮るなよ?! というか、撮らせねぇからな!」


「やーだぁっ! 可愛い隼くん、永久保存版にするのーっ!」


 あぁもう、勘弁してくれよ。そんなことされたら恥ずか死ぬだろ。


 って言っても、結局写真は撮られることになるんだろうなぁ。こうなった里桜が一歩も引かないってことは、俺が一番よく知ってるんだ。


 ただ、これだけは言っておきたい。


「悠人、覚えとけよ」


「あはは。なら忘れないように俺も蛍ちゃんから写真もらうことにするよ」


 ……くそっ、自滅するようなこと言っちまった。どいつもこいつも俺で遊びやがって。


 里桜だけは純粋な気持ちで言ってそうだが──それはそれで少しばかり複雑だった。


 その後、悠人と蛍は俺を散々玩具にして満足したのか、ホクホク顔で帰っていった。


「しゅーんくんっ!」


 玄関で二人を見送ると、里桜が満面の笑みで飛びついてくる。


「なんだよ……」


 俺はすっかりぐったりしていた。里桜にくっつかれても、また燃え上がれるような元気はない。


「このパジャマ、今からお洗濯するから、明日の夜に着てみよーねっ?」


「はぁ……わかった」


 俺に逃げ場はない。たぶんこうなるのは、俺が里桜を好きになった時から決まっていたんだろうな。


 もう、諦めるしかないのだ。

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