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第54話 幼馴染彼女とマッサージ

 里桜は昔からくすぐりに弱い女の子だった。


 ……なんでそんなことを知ってるのかって?


 そりゃ、昔はよくそういうじゃれ合いをしていたからな。


 離れ離れになる前はまだ幼かった俺達。今とは違い、お互い身体に触れることにそこまでの躊躇いはなかったのだ。


 いや、『そこまで』というと語弊があるな。ここは全くなかった、と言い直しておこう。なにせ俺と里桜は物心つく前からの付き合いで、なおかつ、自分でも呆れてしまうほどに仲が良かったからな。


 さて、これは俺達が小学2年の冬のとある日のことだ。


 学校が終わった後は、それぞれ一度家に帰り、ランドセルを置いてから再度合流するのが俺達のお決まりだった。


 この日は、「今日は隼くんのおうちであそぼーっ!」と言われていたので、俺は自分の部屋で待機していた。


 しばらく待つとインターホンが鳴り、母さんが里桜を出迎える声が聞こえてくる。続いて、パタパタと廊下を走ってくる軽い足音。


「しゅーんくーんっ!」


 勢いよく部屋のドアが開き、そして里桜が満面の笑みで俺に向かって突撃をかましてくる。


「里桜、いらっしゃ──」


「えいっ!」


「んひっ……!」


 突っ込んできた里桜を受け止めると、キンキンに冷えた手が俺の背中、服の中に突っ込まれたんだ。


 里桜に触れられた部分から全身へ、ゾクゾクした感覚とともに鳥肌が広がっていく。それとは対照的に、里桜は俺の背中をさわさわし続けて、ふやけた声を漏らした。


「ふあぁ……」


「ちょっと里桜っ、つめたいっ……!」


「だってぇ、隼くんのせなか、あったかいんだもんっ」


 里桜は本気で人の嫌がることは絶対にしないが、いたずらは人並みにする女の子だった。気心のしれた相手、特に俺に対してはな。これくらいなら俺が怒ることはない、それを見越しての犯行だろう。


 ただ、ここまでされて黙っている俺でもない。しだいに里桜の手に温かさが戻り、冷たさにも慣れてきたところで反撃に出た。


「りーおー? よくもやったなーっ!」


 俺は軽く里桜を睨みつけつつ、片手を脇の下に、もう片手を脇腹へと伸ばす。そして手をこしょこしょと蠢かせて、くすぐりを開始した。


「んひゃっ! あは、あはは……! 隼、くっ……くすぐっ──あははははっ!」


 里桜は笑い声を上げながら身をよじって逃れようとするが、俺は里桜をぎゅっと抱きしめ、それを阻止してくすぐり続けた。


「ひっ、ひぃっ……んひっ、あはっ! 隼くんっ──くるっ、しいよぉ……! あふ、あはははっ!」


 里桜の身体が息苦しそうにピクピクしてきて、そこでようやく俺は許すことに。


「まいったかー!」


「はぁっ、はぁっ……うん、まいったぁ……」


 笑いすぎた里桜は目尻に小さな涙の雫が浮かべて、肩で息をしていた。やり過ぎたかなと思った俺は、里桜の呼吸が整うまで背中をさすることになったわけだが──


「ふー……やっとおちついたぁ。じゃあ隼くんっ、もっと!」


「……え?」


「だからぁ、もっとしてー!」


 ──さすがに里桜がおかわりを求めてくるとは思わなかったな。


 この時に判明したことなのだが、里桜はくすぐりに弱いながら、決して嫌いではなかったようなのだ。いや、むしろ好きだったんだよな、きっと。


 うん、まぁ……戸惑いながらもくすぐらせていただきましたよ。


 両手を広げて無抵抗の構えを取られたらやらざるを得なかったというかさ……くすぐって、休憩して、それを3セットは繰り返してたな。


 里桜のけたたましい笑い声を聞きつけて様子を見に来た母さんには「……あんた達、なにしてるの?」と聞かれたが、俺はなにも答えることができなかった。里桜の希望でくすぐりをさせられているという謎な状況を、よく理解できてなくてな……。


 とにかく一つだけ言えることは、里桜が楽しそうで良かった、それに尽きる。


 というわけで、里桜は昔からくすぐりに弱かったんだ。本人はなぜか喜んでいたけども。


 ***


 8月に突入して数日が経ったある日の夕方のことだった。


 俺と里桜はリビングにいた。いつもと同じように肩を寄せ合って課題に向き合う時間だ。とはいえ、里桜は早々に自分の分を終わらせて、ローテーブルに頬杖をつき、ずっとニコニコと俺の横顔を眺めていたのだが。


 それでもどうにか集中力を持続させて頑張っているのは、早く里桜に構いたいからに他ならない。


 時折、分からない問題を里桜に教えてもらいつつ、休まず手を動かし続けて、ついに──


「……終わった、終わったぞ!」


 俺はペンを置き、パタリと問題集を閉じた。


 そう、終わったのだ。今日のノルマが、そして、絶望すら感じるほどの夏休みの課題、その全てが。


 こんなにも早く終えられたのは、俺のこれまでを考えればとんでもない快挙である。


「隼くん、お疲れ様っ」


 よしよしと里桜が頭を撫でてくれる。これだけで頑張った甲斐があるというものだが、真に労われるべきは俺ではなく里桜の方だろう。


 スケジュール管理から、俺のわからなかった問題の手伝いまで、完璧にサポートしてくれたのは里桜なのだから。


「ありがとな。里桜のおかげで終わらせられたわ」


「んーん、それは隼くんが頑張ったからだよ。私はほんの少し手を貸しただけだもん」


 どこまでも謙虚な彼女である。もっと自分の功績を主張してもいいのにな。


 まぁ、里桜がどう思おうが、俺は俺で勝手に感謝を伝えるまでだ。


「んなわけねぇだろ。そもそもさ、里桜がいなかったらたぶん俺、まだ始めてもねぇからな?」


「……それは、たしかに?」


 こうもあっさり認められると複雑だが……里桜も俺がスロースターターだったのを知ってるからな。


「というわけでだ、礼と言ってはなんだが、なにかしてほしいこととかないか?」


「じゃあ……ちゅー、して?」


「お安い御用だ」


 俺は里桜を抱き寄せて、唇を重ね合わせた。感謝と愛情を込めて、一度だけではなく、二度、三度と。しっとりぷるぷるの里桜の唇が、吸い付くみたいで。


 やっぱ、里桜とのキスは最高だな。


「……で、あとは?」


「えぇっ? 私、これで満足、だよ……?」


 おいおい、里桜よ。こんなんで俺の気が済むとでも思ってるのか? 


 こんなん俺が嬉しいだけじゃねぇか。というか、礼じゃなくてもキスくらいしてやるってのに。してほしいって言われたからしたけれど、これは礼じゃなくて愛情表情なんだぞ。


「俺が満足できねぇんだよ。里桜だってそれくらいわかってんだろ?」


 このくだりは試験の時にもやったはずだ。


「わかってるけど……むぅ──」


 なにをそんなに悩むことがあるのかねぇ。いつも結構我儘言うくせにさ。


「──うーん……じゃあ隼くんがそこまで言うなら、一つだけ」


「別に一つじゃなくてもいいんだぞ?」


「いいのっ。別にお礼が欲しくてしたんじゃないもんっ」


「わかったわかった。とにかく聞かせてくれ」


 ……これは俺の悪い癖か。礼なのに無理強いしても仕方ねぇってのに。つい押し付けがましくなるのは俺も気をつけんとな。


「うん……えっとねぇ──マッサージ、してもらってもいいかなぁ?」


「もちろんいいけど、そんなこと言うの珍しいな。どこか凝ってんのか?」


 珍しいというか初めてか。普段はそんな素振り、全く見せないもんな。


「肩がねぇ……ほら、ここのところずっと課題頑張ってたから」


 あー、なるほどな。あんだけ集中してたんなら肩くらい凝るか。


 おまけに……うん、一般的に大きい人は凝るって言われるしな。里桜は結構なものをお持ちなのだ。


 そういうことなら、気合入れて揉んでやりますかね。


 おっと──もちろん肩をだぞ。


「よしっ、それじゃ里桜はそのまま座っててくれな」


 俺は一度立ち上がり、里桜を脚の間に挟むような形でソファに腰を下ろした。前に里桜にゲームをやらせた時と同じ形だ。あの時は里桜に無理やりさせられたが、今回は俺の意思で。


 まぁ、里桜に触れるのにももっと慣れないといけないから、一石二鳥だな。


「あの……隼、くん? 疲れたら、いつでもやめていいからね?」


「おいおい、見くびるなよ? そこまでやわじゃねぇって。きっちりほぐしてやるから覚悟しとけ。でも、マッサージなんてした経験ねぇから、痛かったら言ってくれな」


「わかった……えへへ、隼くん、お願いします」


「おう」


 俺は短く返事をして、里桜の肩に触れた。包み込むようにして、まずは凝り具合を確かめる。ゴリゴリとした感触が返ってきた。


 あー、こりゃ結構硬いな。こんなになるまで頑張ってたのか。まったく……無茶しすぎだ、里桜は。


 でも、俺との時間を増やすためだって言ってたよな。本当、可愛いやつ。


 んじゃ、いっちょ気持ちよくしてやりますかね。


 俺がグッと手に力を込めると、


「んっ……」


 里桜の口から吐息が漏れた。


「んんっ、あぁ……」


「どうだ? 痛くねぇか?」


「だい、じょう、ぶっ……気持ちいい、よ」


「ならもっとするな」


 里桜の反応に気を良くして、更に揉み込んでいく。触れてみて、張っている部分を少しずつ移動しながら。


 ──肩を


「あ、んっ……ふあぁ……んぁっ」


 ──首筋を


「ふっ、んぁっ……んぅ……」


 ──肩甲骨のまわりを


「はぁ、んっ……あっ、あぁっ……。そこ、ぐりぐり、すごいっ……」


 なぁ──俺、マッサージしてるだけだよな?


 なんか里桜の声が、めちゃくちゃエロいんだが……?


 かれこれ30分程、里桜の凝りと格闘しているわけだが、揉めば揉むほどに里桜の声が甘く、蕩けていった。もはや、喘いでるようにしか聞こえない。


 もちろん気持ちよさそうにしてくれているのは嬉しいんだけどさ……これはちょっとまずいというか、変な気分になってくるというか。時折ピクンと身体が跳ねるのも、やけに艶めかしくて。


 里桜にそんな意図がないのはわかっているはずなのに、俺は理性に甚大なダメージを受けていた。


「隼くぅん……気持ちいよぉ……」


 ぐぅっ……これ以上は、マズイ。邪な考えが頭を支配しようとしている。


 ほんの僅かに手を下に滑らせれば、里桜の豊かな膨らみに触れることができてしまうのだ。マッサージと称して、揉みしだいてやろうか。その柔らかさはすでに知っているが、これまで手で触れたことはなかったしな。


 って、違う違う。これは里桜への礼のはずだろ。いや、でも……里桜ももっと触れてほしいって……。


 うわ……頭がおかしくなりそうだ。


 それならやめればいいだけの話なんだが──今やめたところで、きっとこの欲と熱はすぐに冷めることはない。そして、今の里桜の顔を見たら最後、俺の理性は完全に崩壊する気がする。


 あんな声を上げてんだ、そりゃもうとろっとろな顔してるんだろうからな。


 今の時間をゆっくりと大切に積み上げながら進むんだという決意と、今すぐ里桜を身も心も全て俺のものにしたいという欲が胸の内で激しくせめぎ合う。


 俺の本心としては、決意の方を応援したい。そこに至るまでの過程も、俺は楽しみにしてんだから。だが、それに反して肉体の方は欲に染まりかけている。


 そんな葛藤を繰り広げながらマッサージを続けていると、不意に手が滑り、右手の親指が里桜の脇の下を掠めた。


「ひゃっ……あはっ! 隼くんっ、くすぐったいよぉ……!」


 っ?!

 ……これだっ!


 突如として、この状況の打開策が降って湧いた。


 里桜はくすぐりに弱かったはすだよな。なら、この欲も里桜の笑いで吹き飛ばしてもらえばいい。


 そうと決まれば、善は急げだ。


「そういや里桜って、こういうの好きだったよな」


「……へ? こういうのって……?」


「そりゃ──」


「んひっ! ちょっと、隼く、んっ……! あは、あはははっ!」


 軽く触れてワキワキと手を動かせば、里桜は面白いくらいに笑い転げる。俺は里桜の弱いところなんて知り尽くしているのだ。だてに幼馴染してねぇからな。さぁて、マッサージはこれくらいにして、ここからはじゃれ合いの時間といこうか。


 脇の下とか脇腹とか、かなり際どい部分に触れることに違いはないが、あんな声を聞かされ続けるよりはマシだよな。


「ほれほれ、里桜は相変わらずよわよわだな」


「あはっ……わかってるなら、やめっ……んひひっ、あははははっ!」


「んー? でも昔はよく、もっとって言ってなかったかぁ?」


「言って、たっ、けどぉ……んっ、くっ……ふひひ……苦しっ、お腹痛いよぉっ……もう許しっ、んふふふっ! ひっ、ひぃっ……」


 いかんいかん、さすがに里桜が窒息するのは困る。


 俺が手を止めると、里桜は荒く息をしながらくったりと倒れ込んできた。


「……やりすぎたか?」


「はぁっ……ふぅっ……。もーっ、急にくすぐるなんて隼くんひどいよぉっ。せっかくマッサージ気持ちよかったのにぃっ!」


「ごめんって。なんか昔のこと思い出しちゃってな」


 実際はそれだけじゃなかったんだが、本当のことなんてとてもじゃねぇが言えねぇよな。それを口にしたら、また里桜が暴走しかねん。


「まったくもう……。でも、そうだねぇ。私達、よくこんなことしてたよね。懐かしいなぁ」


 里桜の目が、過去の情景を思い浮かべるように遠くを見つめた。


 良かった、上手く誤魔化せたようだ。ついでに俺の方もだいぶ落ち着いてきたな。


「だろ? それでつい、な。あとは……俺、里桜の笑う声、好きだからさ」


 俺がそう言うと、里桜は少し困ったような顔で微笑んだ。


「しょうがないなぁ。そういうことなら……急にくすぐったことは不問にしてあげるっ。でもね、隼くん──」


「ん?」


「──今はくすぐられるよりも、こっちの方が好きなんだよ?」


 里桜はおもむろに立ち上がると、ポスンと俺の膝の上に腰を下ろし、そっと抱きついてくる。そして、甘え顔で俺を見上げた。


「……そうだな。俺もだよ」


「でしょー? えへへ、隼くぅん」


「ん、よしよし」


 まるで撫でろと言わんばかりに頭を擦り付けてきたので応じてやると、里桜は気持ち良さそうに目を細める。


 そんな顔を見ていると、純粋な里桜への愛おしさだけが胸の内に満ちていった。


「里桜、こっち向いて」


「なぁに──んっ……」


 里桜が顔を上げたところに、俺はすかさずキスをした。そして俺達はまた、ゆっくり、じっくりと時間をかけて、触れ合う唇から愛情を確かめ合う。


「もうっ、隼くんってばぁ……ちゅー、しすぎっ」


「なら、もうしない」


 俺がわずかに身を引くと、すぐに里桜が追いすがってくる。


「それはいーやっ!」


「って言うと思った。ほら、もっとこっち来いよ」


 俺は更に強く里桜を抱き寄せた。


「えへっ。隼くんからこうしてくれるようになったの、すごく嬉しいなぁ。課題も終わったし、なんだかんだで肩もすっきりしたし、今日はいい日だね」


「そりゃよかった」


 あぁ、やっぱりいいなぁ、こういうの。懐かしくて、でもあの頃とは少しずつ色んなことが変化していってさ。


 欲に身を任せないで正解だった。俺、今すげぇ幸せだわ。里桜と付き合い始めてから、幸せ度は日々更新し続けてんだ。


 でもまぁ、そろそろそういうことも真剣に考えていかないといけないんだよな。俺達の関係の進展、それを里桜が期待していることは俺も知っている。


 告白まではかなり待たせたしな……今回はあまり時間をかけるつもりはないんだ。遅くても夏休みが終わるまでに、とは思っている。


 だからさ、里桜。

 もうちょっとだけ、あとほんの少しだけ待ってろよ。ちゃんと応えるから──しばらくはこのままで、穏やかな幸せを噛み締めさせてくれ。

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