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第51話 幼馴染彼女と例のワンピース

 普段と比べてかなりのんびりと活動を開始した俺と里桜。怠惰すぎるような気がしないでもないが、たまにはこんな日があってもいいだろう。なにせ俺達は昨夜付き合い始めたばかり。少々お互いに夢中になってしまうのも仕方がないことなのだ。


 ……とても少々とは言い難いがな。


 なにはともあれ、ようやく朝食を食べ終わったところだ。


「ごちそうさまでした」


 里桜が綺麗な所作で手を合わせる。それから使った食器を纏めて、シンクまで運んできた。俺は先に食べ終わり、すでに自分の仕事である洗い物に取り掛かっている。


「隼くん、お願いしまーすっ」


「おう、任せとけ。……って、別に置いといてくれてもいいんだぞ、それくらい俺が取りに行くからさ。里桜は作ってくれてんだし、食べ終わった後くらいゆっくりしてろよ」


「うーん……そう言われてもねぇ。これはもう習慣なんだもん。それにね──」


 不意に里桜がピトッと俺の背中に張り付き、腰辺りに腕を回してくる。


「──んふふっ。無防備な隼くんにちょっかいかけるチャーンスっ!」


「……無防備じゃなくてもちょっかいかけてくるくせに」


「それはそうだけど──せっかく夏休みなんだし、できるだけいっぱい隼くん成分を補給したいのですっ」


 背中にくっついたまま里桜が胸を張る。押し付けられた膨らみの柔らかさにドキッとして、皿を落としかけた。


「ちょっ、あぶねぇって! くっつくのはいいけど、あんま動くなよ」


「あっ、ごめんね、つい。なるべく大人しくしてるね」


「……そうしてくれ」


「えへへ、隼くぅん」


 大人しくすると言ったばかりなのに、里桜は頭なのか頬なのかはわからないがすりすりと背中に擦り付けてくる。


 まったく……つい、じゃねぇんだよなぁ。


 というか、おかしいだろ。寝起きからしこたま補給してたはずだよな?


 およそ30分もの間キスしまくっていたというのに、それでもまだ足りないってのかよ。


 まぁ……可愛いからいいんだけどさ。


 というか──実は俺も足りていなかったりする。ずっと里桜とくっついていてもいいかなと思ってしまうくらいには。


 俺はどうにか洗い物を片付けて、タオルで手を拭く。そして里桜に向き直りそっと抱きしめた。


「ほれ、こっち向きの方がいいだろ。里桜が邪魔しなきゃもっと早くこうしてやれたんだぞ」


 もっと早くしたかったのは、俺の方である。背中にくっつかれてちゃ、顔も見えねぇんだよ。


「そうかもしれないけどね、あれはあれでいいものなんだよ? 隼くんの背中、大っきくて温かくて大好きなんだもん」


「……そうかよ」


「けど安心してね、背中だけじゃなくて全部好きだからっ」


「……そうかよ」


 どこまでも俺を全肯定する里桜にこそばゆくなって、同じ言葉を繰り返した。今日も今日とて朝から心臓が忙しない。


「ところで隼くん」


 そう言って、里桜が腕の中から見上げてくる。長い睫毛に縁取られた瞳をじっと見つめ返しながら、俺は返事をした。


「なんだ?」


「今日のご予定は?」


「んー、特にはねぇかな」


 この夏休み最大の予定は昨日終わったところなわけで、今日を含めて今後の予定は全くの白紙と言っていい。


 そもそも予定があるのなら、前もって里桜にも伝えているからな。悠人と二人だけで遊びに行くとかじゃなきゃ、基本的には里桜も一緒になるだろうし。


 強いて言うなら、さっさと課題の山をやっつけて、この可愛い彼女とどう過ごすかの計画を立てるくらいなもんか。確か、海かプールに行きたいとか言ってたよな。


「ということは、今日はずっとおうちにいる感じ?」


「そのつもりだけど……なにかあるのか?」


「ううん、聞いてみただけっ。それじゃ、お着替えしてこよっかなぁ」


「……わかった。俺もそうするわ」


 学校がある時は朝食時には制服に着替えを済ませている俺達だが、夏休みということでまだ二人とも寝間着のままなのだ。


「うんっ。また後でねっ」


「はいよ」


 里桜はニパッと笑うと俺から離れて、うきうきと自分の部屋に駆け込んでいった。


 いったいなんだったんだろうな。朝から予定を確認してくることなんて今までなかったのに。まさか、俺がずっと家にいるとまずかったか? でもなんか嬉しそうだったしなぁ。


 まぁいいか。早く着替えねぇと里桜が洗濯できんからな。


 閉ざされた里桜の部屋のドアに一度だけ視線を送り、俺も自室へと戻った。


 半袖のTシャツにハーフパンツ、それが夏における俺の家での基本スタイルである。手早く着替えを済ませて、脱いだ寝間着は洗面所の脱衣カゴに放り込んでおいた。


 それからリビングのソファに身体を沈める。普段の里桜ならこれくらいのタイミングで部屋から出てくるはずなのだが……どうやら今日は時間がかかっているらしい。


 里桜が部屋に行ってからそれほど時間は経っていないというのに、早くも少しだけ寂しくなっている俺がいた。


 うーん……まだか?


 しばらく経っても姿を現さない里桜に痺れを切らした俺は、里桜の部屋のドアをノックしてみることに。


「おーい、里桜? なにしてんだ?」


「あっ、隼くぅん……ちょうどよかったよ。悪いんだけどね、ちょっと手伝ってくれるかなぁ?」


「……どうした?」


「とりあえず入ってきてー」


 言われた通りにドアを開くと──


「遅くってごめんねぇ。やっぱりこれ、自分じゃ留めるの難しくって……」


 ──真っ白な里桜の背中があった。もちろん全裸というわけじゃないが、それでもブラのホックが見えてしまうくらいには、大胆に背中が披露されている。


 デジャヴ、というよりはまんまあの時と同じ状況。里桜は買い物デートで購入したワンピースを身に纏い、またしても背中のボタンに悪戦苦闘していた。


 このワンピースは家専用、俺にしか見せないと言っていたもの。つまり、さっきの確認はこれを着るためだったというわけか。


「なんで自分で着られない服買っちゃったんだよ」


「だって可愛かったし。それに……隼くんの反応がすごく良かったから。似合うって、言ってくれたでしょ?」


「そりゃ似合うけどさぁ」


「というわけでっ、またボタン、お願いしてもいい?」


 里桜はするりと俺に近寄ってくると背中を向けてきた。


 距離が近くなると、ますます肌のキメ細かさがわかる。シミも、小傷すら一つとしてなく、透き通るような滑らかさで。つい、吸い寄せられるようにじっくりと眺めてしまっていた。


「……隼くん、どしたの?」


「あ、あぁ……ごめん。里桜の背中、すげぇ綺麗だなって」


 ……って、俺はなにを素直に白状してんだ。


「ふふっ、触ってみる?」


「いや、それはだな……」


「遠慮することないのに。外だと恥ずかしいけど、おうちでなら、いいよ。昨日も言ったでしょ、私の全部、隼くんのものだって。だからね、私にしたいこと、なんでもして?」


「なんでも、はダメだろ……」


 俺がとんでもないことしようとしたらどうす──


「ダメじゃないもん。隼くんが私に酷いことするはずないし……私ね、隼くんにもっと触れてほしいって、思ってるんだよ?」


 俺の心の中を読んだように思考を遮った里桜は、首だけを動かして振り返り、照れ笑いを浮かべた。


 あぁもう、里桜は……。

 俺の逃げ道を先回りして全部潰しやがって。


「ったく……わかった。そこまで言うなら触ってやるよ」


「うんっ。ほら、どーぞ?」


「……どうなっても知らんからな?」


 そう前置きをして、里桜の背中に指を近付けていく。壊れそうなほど心臓の鼓動が速くなって、胸が苦しい。


 でも、触れたらさぞ気持ちいいんだろうな。すべすべでやわやわなのは見ただけでもわかる。思わず生唾を飲み込むと、ゴクリと、異様に音が響いたような気がした。


 意を決して、目の前の柔肌に指を押し当てる。思った通り、しっとりとして、吸い付くような質感だった。


「んっ……」


 里桜は小さく喉を鳴らして、体を震わせた。その指を背筋に沿ってつぅっと下に向かって滑らせると、肩がピクリと跳ねる。今度は上に向かって撫で上げると、里桜の口から甘い声が漏れ始めた。


「ひゃっ、んぅっ……」


 下へ上へと背中を撫で回していると、ふと、里桜が今どんな表情をしているのかが気になってきた。


 少しだけ横にズレて顔を覗き込むと、


「んっ……んんっ……あぅっ」


 里桜は刺激に耐えるようにぎゅっと目を閉じて、体を強張らせていた。そこに見えるのは緊張だった。


 ……なんだよ、やっぱ無理してんじゃねぇか。


 自分がしろとか言ったくせに、恥ずかしさはあるらしい。それがわかると、俺は急激に冷静さを取り戻していった。


 俺が入っている風呂に全裸凸してくるくらいだから、このまま突っ走ったとしてもきっと里桜は受け止めてくれるのだろう。


 ただ、そうなればこんなふうにドキドキする気持ちは薄れていってしまうはずだ。それはとてももったいないことのように思えた。


 そりゃ、付き合うまでの助走期間がとてつもなく長かったのも理解しているし、更に里桜との関係を深めたいという想いはある。


 一気に階段を駆け上がるのも、悪くはないのかもしれないが──でも、もっとゆっくりでいいんじゃないだろうか。少しずつ触れ合いを増やして、じっくりと慣らして、お互いの気持が最高に高まってからでも……って。


 むしろ、俺はそうしたいって思う。


 他人から見れば、ヘタレと言われてしまうかもしれないな。それでもさ、これが俺なりの大事にするってことなんだよ。


 今の、里桜とのこの時間を大切にしたい。その時間を大事に大事に積み上げていきたい。そうすれば、たぶんもっと、今よりも里桜のことを好きになれるはずなんだ。


 俺は里桜の背中から指を離し、そしてワンピースのボタンに手をかけて、下から一つずつ留めていった。


「……隼、くん?」


 急に触るのを止めたからか、里桜が戸惑うような声で俺を呼ぶ。


「もう……いいの?」


「あぁ、今日のところはこれくらいで勘弁しといてくれ」


 それに、まだなんの準備もしてないしな。突っ走ろうにも、必要なものが用意できてないんだ。


 そういや、それを買いに行くという予定があったな。まぁ、今日じゃなくてもいいか。


「そっかぁ……わかった」


 今度は、残念そうな声。


 不意に、昨夜の里桜の言葉が脳裏に蘇ってきた。


 少しずつ慣れてほしいとも言われていたっけ。ここでやめるだけじゃ、里桜の気持ちに応えていることにはならねぇかもな。それから、自分の気持ちにも。


 なら、あとちょっと、もう一歩だけ前に進むとするか。


「すまん。最後にもう一つ、してみたいことがあったわ」


「うん……いいよ。好きなように、して?」


「んじゃ、失礼して──」


 俺はまた、そっと里桜を抱き寄せた。そして、オフショルダーから覗く首筋に口付けを落とす。


「あっ……」


 里桜が漏らす吐息、髪から香る甘い匂い、唇から感じる温かくて柔らかな肌。グラグラと理性が揺れるのを感じるが、決してキスマークを付けてしまうほど強くしたりはしない。軽く触れるように、何回もキスをして。


「んっ……あ、ふぁっ……」


 あぁ……やっぱこれ、めちゃくちゃドキドキするわ。これ以上はまだ俺の心臓がもたねぇや。


 名残惜しいが、我慢の限界が来る前に止めておく。最後に、大好きな里桜の香りで胸を満たして静かに離れた。


「さて……これくらいにして、そろそろリビング戻ろうぜ。まだアホほど課題が残ってるしさ」


 俺は腕から里桜を解放して背を向けた。そして足早に里桜の部屋を後にするのだった。



 ◆side里桜◆



 隼くんがお部屋から出ていってしまうのを、私はぼーっと呆けて見送った。


 隼くんの唇が触れた首筋が熱を持ってジンジンと痺れる。心臓も痛いほどに暴れ狂って。


 うぅ……すっごくドキドキするよぉ。


「はうぅ……」


 幸せな気持ちに浸りながら、私はその場にペタンとへたり込んだ。


 ……頑張って、良かったぁ。




 隼くんを誘惑するのには、とっても勇気がいるの。したいことをなんでもしてとは言ったけれど、私だって恥ずかしいし、緊張するんだよ?


 昨夜、隼くんにフルヌードをお披露目した時なんて、死んじゃいそうなくらい恥ずかしかったもん。


 でもやっぱり、隼くんにはもっと触れてほしいし、愛してほしいって思う。


 だからこそ、さっき隼くんがしてくれたことが嬉しい。また一つ、関係が前に進んだ気がするから。


 ねぇ隼くん。

 好きになるのも、デートも、キスも、それから……。私の初めては──ううん、その先もずっと、隼くんだけのものなんだよ?


「よしっ……!」


 私は小さく気合を入れて立ち上がり、先にリビングへ行ってしまった隼くんを追いかける。


「隼くーんっ、おいてかないでよぉ!」


 これからもっともっと頑張ろう。いつか訪れる、隼くんに初めてを捧げる時に向けて。


 隼くんの理性なんか、私がすぐに溶かしちゃうんだからっ。

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