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第4話 幼馴染はいってらっしゃいを要求する

 里桜との握手の後、また少しだけ気まずい空気が流れ出しそうになった頃、インターホンの鳴る音が響いた。


「──あっ。もしかして隼くんの引っ越しの荷物が届いたんじゃないのかな?」


「あ、あぁ、そっか。もうそんな時間なのか」


 スマホの画面を点灯させて時間を確認すると、業者に依頼していた時間になっていた。


「ほら、受け取りに出なくっちゃ」


「だな」


「私もちょっとだけど手伝うね?」


「悪い、助かるよ」


 我が家も引っ越しを控えているので元の俺の部屋にあった物はほとんどこっちに持ってくることになった。服やら本やらかさばる物も多く、その全てを詰め込んだ段ボール箱はかなりの数がある。


 手伝わせて申し訳ない気持ちもあるが、その方が早く済むだろう。業者の人が長いこといるというのはあまり気持ちのいいものではないし、里桜の協力はありがたい。


 ひとまずインターホンで業者に応対して、そこでエントランスのロックも解除する。そして業者の人が次々と運び込んでくる荷物を里桜と二人がかりでこれから俺の部屋になるという六畳間へと移動させていった。


 作業終了のサインをすると、業者はあっさりと撤収していく。


「さて、次は荷解きだね。さすがにこのままじゃ生活できないもんね。着るものとかも出しとかないといけないだろうし、さくっとやっちゃおっか」


 積み上げられた段ボール箱の山を眺めながら里桜が言う。


「いや、それよりも里桜は自分の荷物の整理とかしてきた方がいいんじゃないのか? 俺にばっかり構っていて自分のができてないんじゃ困るだろ?」


「そんなのもうとっくに終わってるよ?」


「え、まじ?」


 里桜がいつここに来たのかは知らないが、それにしても早いと思う。 


「だって今日の朝にお父さんに連れてきてもらってからずっとやってたんだもん。それで汗かいちゃったからシャワー浴びてて。汗臭いまま隼くんと再会するのがイヤだったからなんだけど……でも失敗しちゃったなぁ……。ごめんね、あんなことになっちゃって……」


「お、おい里桜。その話はもうやめにしようぜ。お互いおかしな空気になるから、さ」


 せっかく母さんと話したり荷物を動かしてる間に少しだけ忘れかけていたのに、そう何度も蒸し返されると俺が困る。ただでさえ久しぶりすぎてまだぎこちないのに余計変に意識してしまいそうだ。三年間も一緒に暮らすのだから、そんな状態が続いたら俺の身と心が保たない。


「そ、そうだね。じゃあ隼くんの荷物開けていこっか」


「いや、いいって。それくらい一人でもできるからさ。里桜は自分ので疲れてるだろうし、ゆっくりしてなって」


 段ボール箱の口に貼られているガムテープを剥がそうとする里桜を慌てて止める。


 里桜に見られて困るようなものは入ってないはずだが、さすがにいきなり下着類が出てきたりするとまた動揺させてしまうかもしれない。それに、里桜にそこまでやらせてしまうのは俺の気が咎める。


「そう……? だったら私はお買い物にでも行ってこようかなぁ」


「買い物? なにか足りないものでもあるのか?」


「そりゃいくらでもあるよ。当面のお米は持たせてもらってるけど、冷蔵庫の中は空っぽなんだもん。もしかして隼くん、なにも食べないつもりだったんじゃないよね?」


 里桜に呆れた視線を向けられてようやく自分の愚かさに気が付いた。


「あー……そっか。そこも俺達でやらないといけないんだよな。ごめん、そこまで頭が回ってなかった」


 俺達二人で生活するということは、当然食事の支度も、その買い出しだって俺達がしなければいけないということだ。そんなことはわかっていたはずなのに、ここに来てからの驚きの連続で抜けてしまっていたらしい。


 もともと俺は一人暮らしのつもりだったから今日はコンビニ弁当かカップ麺あたりで済ませようと安易に考えていたのだが、それでもどのみち買ってこなければなにもないのは同じだ。


「うん、だからお買い物に行かないといけないの。でね、晩ごはんなんだけど、隼くんはなにか食べたいものとかあるかな? リクエストがあったらある程度は応えてあげられるよ」


「それってもしかして、里桜が作るってこと……?」


「そのつもりなんだけど、私が作ったのじゃダメ、かな?」


「そういう意味で言ったんじゃないんだけど……里桜って料理できるの?」


「できなかったらこんなこと言わないよっ。安心して、きっちりお母さんに仕込まれてきてるからね。お母さんがお料理上手なの、隼くんも知ってるでしょ?」


「そういえば……」


 昔はお互いの家をかなり頻繁に行き来していた俺達、当然食事を一緒にとることも多かった。味の詳細なんて覚えてはいないけれど、おばさんの作る料理が美味しかったのはなんとなく覚えている。


「もしリクエストがないなら私が適当に決めちゃうけど、どうする?」


「そう、だなぁ……。パッとは思い付かないから、里桜に任せていいか?」


「うん、もちろんっ。それとね、これから毎日、ご飯は私が担当しようと思うんだけど、いいよね?」


「さすがに毎日はしんどくないか……?」


「そんなの気にしなくていいよっ。隼くんには私の我儘に付き合ってもらうんだから、これくらいのお返しはしなきゃだしね。それに隼くんはお料理できないっておばさんから聞いてるよ?」


「うっ……! まぁそういうことなら……よろしくお願いします……」


 痛いところを突かれた。


 確かにここで俺が出しゃばってもろくなことにはならないか。米くらいは炊けるとは思うが、俺ができるのはその程度。余計な手出しをして食材を無駄にしてしまうことを考えれば素直に従った方がいい。


「はーい、よろしくお願いされましたっ! それじゃあちょっと行ってくるね」


「ん、その間に俺も少しはここを片付けとくよ」


 そう返事をして段ボール箱へと手を伸ばしたのだが、里桜はいっこうに動こうとしない。ずっと俺の側に突っ立ったままだ。


「……あれ? 行かないのか?」


 疑問に思って視線を戻すと、なぜか里桜は頬をぷくりと膨らませてじっと俺を見つめていた。


「行くけどぉ……」


「行くけど……?」


「隼くん、行ってきます」


「あ、あぁ……」


 それでもまだ里桜は動かない。それどころかますます頬が膨らんで、唇も尖り始めた。明らかに不満ですといわんばかりの顔をしている。そしてその数秒後、里桜の不満が爆発した。


「もうっ、隼くんってばぁっ! あぁ……じゃないでしょーっ! ほーらっ、行ってきますっ!」


 ここまでされてようやく里桜の言わんとすることが理解できた。


 そうか、一緒に暮らすならこういうこともちゃんとしないといけないのか。里桜は結構きっちりしたしっかり者だもんな。


「……いってらっしゃい?」


「なんで疑問形なのーっ?! もう一回やり直しだよっ。隼くん、行ってきますっ!」


「い、いってらっしゃい」


 勢いに圧されつつも今度は間違えずにはっきり言い切ると、里桜はすぐに表情を緩めて笑ってくれた。破顔するとはたぶんこういうことをいうのだろう。


「へへっ。隼くんっ、お留守番よろしくねっ」


「う、うん……里桜も、気を付けて、な?」


「はーいっ!」


 浮かれるような足取りで部屋を出ていく里桜を見送って、俺はその場でぐったりと脱力する。


「はぁ……」


 なんだ、これ。すっごくムズムズする……。


 俺はその正体がわからず、気持ちを切り替えるように段ボール箱に手を付け荷解きに集中するのだった。

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