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第46話 幼馴染へ、抑えきれない想いを込めて

 花火大会の会場になっているのは、港の近くにある臨海公園。花火の開始時刻が迫っていることもあって、会場内は多くの人で賑わっている。


 屋台が立ち並び、子供達ははしゃぎ回り、里桜以外にも浴衣を着た人がそこかしこにいて、まさにお祭りムード一色といったところか。


 その中を、俺と里桜は寄り添って歩いていた。はぐれないように、ではなく、俺達がそうしたいからと、しっかりと手を繋ぎ、腕を組んで。


 ふと、里桜が周りを見渡して感嘆の声を上げる。


「ほわぁ……すっごい人だねぇ」


「この辺りじゃ割と有名な花火大会だし、規模も大きい方だからな……って、昔もこんなもんだったろ?」


「そうだけど……だってすっごく久しぶりなんだもん」


「家族で来たりとかは、しなかったのか?」


「うん。さすがにこのためだけに来るには、ちょっと遠すぎるからね」


「まぁ……そりゃそうだよなぁ」


 里桜が引っ越した先は、ここから新幹線を使うような距離だ。家族で移動するのなら車を使うはずだし、そうなれば余計に時間がかかる。お盆には両親の実家に帰省をしていたらしいし、その直前でとなるとやはり難しいのだろう。


「隼くんは、あれから来たこと、ある?」


「いや……俺もないな」


 昔この花火大会に来ていたのは、里桜の両親に誘われていたからなのだ。それがなくなって、里桜もいないとなれば自然と足も遠のく。


 もちろん、毎年開催されていることは知っていた。でも、どうしても見に来る気にはなれなかったんだよな。


 だって俺は……里桜と離れる前の年の花火大会でした約束を守れなかったから。考えないようにとはしていたが、それでもどこかで里桜抜きで見に来ちゃダメだと思っていたのかもしれない。


 わずかな沈黙。俺達の間にしんみりとした空気が流れそうになった瞬間──里桜の明るい声がそれを打ち消した。


「ってことは、二人とも六年ぶりなんだっ。なら今日はしっかり楽しまなきゃねっ!」


「……だな。んじゃ、まずはなんか食うもんでも買いに行くかっ」


「うんっ! あっ、私リンゴ飴食べたーいっ!」


「いきなり甘いもんかよっ! まぁ里桜らしいっちゃらしいけど、夕飯も兼ねるんだからちゃんとしたものも食えよ?」


「そんなのわかってるもーんっ」


 わざとらしく唇を尖らせて、可愛らしくぷいっとそっぽを向いた里桜に、思わず苦笑する。


 ……やっぱ俺は、里桜じゃないとダメなんだなぁ。


 里桜だってたぶん、あの時の約束は覚えているはずなんだ。なのにこうして俺の悔しい気持ちを察してくれて、あえて明るく振る舞ってくれて。


 本当に俺のことをよくわかってくれる、優しくて可愛い幼馴染。


 俺はきっとこの先、里桜以外にこんな感情を抱くことはないのだろう。そのくらい里桜への想いは俺の心の深い部分にしっかりと根を張っているんだ。幼少期に始まって、一度諦めてしまったものの、また里桜が繋ぎ直してくれたこの想いが。


「ほーら隼くんっ、ぼさっとしてると花火始まっちゃうよっ。早く行こっ?」


「わかったから慌てんなって。そんなに急ぐと転ぶ──」


「きゃっ……!」


 里桜がわずかにつんのめる。ちょっとした段差に下駄を引っかけてしまったらしい。慌てて腕を引いて支えたから事なきを得たけど……。


 言わんこっちゃない。というかフラグの回収が早すぎんだろ。俺が言い切る前に転びかけるとか、タイミングが良すぎないか?


 でも、こういうところだって里桜の魅力の一つで、ますます愛おしくなる。まぁ要するに……俺は里桜ならなんでもいいってことなんだよな。


「ありがと、隼くん」


「本当、気を付けてくれよ。ただでさえ動きにくい格好してんだからさ」


「ごめんね、なんか隼くんと花火見れるのが楽しみで浮かれちゃって」


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、もうちょい慎重にな」


「えへへ、はぁい」


 返事をした里桜はさらに俺の腕にしっかりとしがみつく。足元に注意を払うよりも、俺を支えにすることを選んだらしい。里桜は俺の喜ばせ方まで完璧なんだよな。好きな女の子に頼られて、嬉しくないわけねぇもん。


 そうして屋台を回り始めたわけだが──


「おぅ兄ちゃん、えらいべっぴんな彼女連れてんじゃねぇか。ったく、お熱いねぇ。ただでさえ暑いってのに、さらに暑くなっちまうわ。ほれ、おまけしといてやっから、さっさとどっか行っちまいな」


 どこへ行ってもこんな感じで、屋台のおっちゃん達に盛大にサービスをしてもらってしまった。二人して食べたいものをあれこれと適当に買っていたら、気付けばとんでもない量になっていた。


 たこ焼き、焼きそばは1.5倍くらいになってたり、里桜が食べたがったリンゴ飴なんて気前よくもう一つおまけしてくれたり。まぁ姫リンゴのだけどな。


 恐るべし里桜効果。当の本人は照れまくって恐縮していたわけだが、真っ赤になって、あたふたしながらお礼を言う里桜がとびきり可愛かったことを付け加えておこうと思う。


「こんなに食べきれるかなぁ?」


「食いきれなかった分は明日の朝飯にすりゃいいだろ。それよりそろそろ移動するぞ」


 せっかくなら最初から最後までしっかり楽しみたいからな。花火の開始予定時刻までは後10分といったところか。


「うんっ。でも、今日はどこで見るの? やっぱり、昔と同じところ?」


「だな。そっちの方が人が少ねぇし」


「それもそうだねぇ」


 俺達は食べ物でパンパンになった袋をぶら下げて、会場である公園を抜け出した。


 会場内には有料の観覧席なんてものもあるのだが、それよりももっといい場所があるからな。里桜が言うように、昔はいつもそこで花火を見ていたんだ。


 会場の外に出ると、さっきまでの喧騒が嘘のように静になる。しばらく里桜と肩を並べて歩いていくと、やがて波が寄せ返す音が聞こえ始めた。


「ここも、久しぶりだねぇ。なんか懐かしいなぁ」


「あの時のまんまだもんなぁ」


 俺達が向かっていたのは公園の、その先にある港。そこは思い出の中とそっくりそのまま、なにも変わっていないように見える。


 わずかばかりの街灯がぼんやりと辺りを照らし、人は遠くの方にチラホラいる程度。ほとんどの人は会場にいるから、静かに落ち着いて花火を見上げるのにはもってこいの場所なんだ。もちろん告白するのにも、な。


 おまけに花火は海上に浮かぶ船から打ち上げられるので、実は会場で見るよりこの場所の方が近く、大きく見えたりもする。あくまで誤差程度、だけども。


「さて」


 俺はそう呟いて、持ってきたバッグから取り出した小さめのレジャーシートを広げて地面に敷く。続いて、これまた里桜のためにと用意してきた小さく薄めのクッションも。浴衣で地面に座らせるわけにもいかないだろうし、準備しといて正解だったな。


「わっ……隼くん、準備がいいねぇ。クッションまで持ってきてるとは思わなかったよ」


「ずっと立ちっぱじゃしんどいだろ。いいから座れよ。とりあえず買ってきたもの食おうぜ」


「そうだね。じゃあまずはリンゴ飴から」


 座って、シートの上に荷物を置くなりリンゴ飴を取り出した里桜を慌てて止める。


「待て待て、それは後にしとけって。どんだけ食いたいんだよ……」


「えへへ、別にそういうわけじゃないんだけどね」


「ん? なら、なんなんだ?」


「んふふっ……こうやってね、隼くんに構ってもらいたかったのっ」


 辺りは薄暗いのに、里桜の笑顔は輝きを放つかのように明るく、また俺はそんな里桜にトキメイてしまう。


 まったく……可愛いこと言ってくれるじゃんか。俺はずっと里桜に構いっきりだってのにさ。そんなこと言われたら、もっと、とことんまで構いたくなるだろ。


「里桜、リンゴ飴は後でな。先にこっちだぞ。ほら、口開けろよ」


 増量してもらって盛り盛りになっているたこ焼き、その一つを爪楊枝で刺して里桜の口の前に。里桜は待ってましたと言わんばかりに、大きく口を開いてくれた。


「あーむっ────はふっ、はっ……ひょっろ(ちょっと)ひゅんふん(隼くん)っ、はふいひょ(熱いよ)ーっ!」


 しまった、まだ冷めてなかったのか。相当熱かったらしく、里桜は若干涙目になってしまった。


「すまん……。口の中、火傷してないか?」


「うん、たぶん大丈夫……。でも、次はちゃんとふーふーしてからにしてね?」


「わかったよ」


 二つ目のたこ焼き、それに俺が息を吐きかけるのを、里桜はただじっと見つめて待っていた。


 そういや里桜も、俺が風邪引いた時はこうしてくれてたっけな。


「こんくらいでいけるか? 里桜、あーん」


「えへへ、ありがとぉ。あーんっ────んーっ、美味しっ♪」


 嬉しそうに口をもぐもぐさせる里桜を見ると、またどうしようもなく愛おしくなる。


 それにさ──


 ……これ、楽しすぎるわ。


 最近じゃほぼ毎日してるけど、いくらしても飽きそうにない。おまけに、里桜がめちゃくちゃ可愛いしさ。


 そう思ったら、俺の中でなにかがあふれた。


 きっかけはこんなにも些細なものだった。いうなれば、たった一滴。でも、すでに限界ギリギリまで満たされていた想いがあふれ出すのには十分すぎた。


 あぁ、ダメだなぁ。

 もう、我慢できねぇや。


 本当は花火が終わってから言うつもりだったのに、それまで待てそうにない。ここにきての計画変更か。まぁそれもいいだろう。


 花火は……もうすぐ始まるしな。


 そう思ったちょうどその時、ヒューっと風を切るような音がして、続けてドーンっと腹の底に響くような音が空気を震わせた。辺りがパッと明るくなり、赤や青の色鮮やかな光が里桜の横顔を照らす。


 やっぱり、綺麗だなぁ。


 もう花火なんてそっちのけで、里桜しか目に入らない。


「あっ、隼くんっ、始まったよ。ほら、きれ──い……?」


 気付けば俺は、空を見上げる里桜を抱きしめていた。



 もう止められない。

 抑えられない。


 里桜に、聞いてもらいたい。


 俺の、この気持ちを。



 里桜の頭を抱き、耳元に口を寄せて、掻き消されないように花火の音の合間を縫って。


 ありったけの想いを込めて──



 



「里桜、好きだ」






 ──そっと囁いた。

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