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第45話 幼馴染と悪だくみ

 カラコロと小気味のよい音が足元から響く。


「里桜。階段、気を付けてな」


 駅のホームへと続く階段に差し掛かったところで、俺はそう声をかけて里桜の手をしっかりと握り直した。


 紺色に朝顔柄の浴衣、そこに赤い鼻緒の下駄を合わせた里桜。きっちり着こなしてはいるものの、履き慣れない下駄では歩きにくいだろう。


 せっかくこんなにも可憐な浴衣姿を見せてくれているのに、俺が告白する前にうっかり転んで怪我でもしたら台無しだ。ただでさえ里桜はちょくちょくやらかすからな。


 それにおばさんから譲り受けたというこの浴衣を汚してしまうようなことがあれば、きっと里桜は悲しむだろう。そんなことは絶対に避けたい。


 もちろん駅までの道のりも里桜のペースに合わせてゆっくりと歩いてきた。おかげで予定していた電車の時間はすでにギリギリだが、そんなことよりも里桜の方が大事だ。


 なにも焦ることはない。花火の開始にはまだ十分に余裕がある。このゆったりと流れる里桜との時間も悪くない。むしろ心地よいとさえ思える。


「ありがと、隼くん」


 里桜は嬉しそうに笑い、空いている手でふわりと浴衣の裾を持ち上げて一段ずつ慎重に階段を上っていく。そのたびに浴衣の朝顔の花がゆらゆらと揺れる。その姿は里桜の魅力を何倍にも引き上げて俺の目を奪う。


 あぁ……本当に、可愛いなぁ。


 なにもこうして目を奪われているのは俺だけではない。里桜が一歩を踏むたびに、周囲の視線を釘付けにする。男も女も、老いも若いも、息を呑むように里桜を見つめていた。


 でも、独占欲はわいてこなかった。これもこれから里桜に告白しようとしているせいだろうか。俺の心には余裕が生まれ、もっと里桜を見せびらかしたいような、不思議な気分になる。


 ただ里桜本人は見られすぎて居心地が悪いようだがな。


「ねぇ、隼くん……?」


 電車に乗り込み座席に腰を落ち着けると、里桜がおずおずと俺を呼ぶ。車内でも里桜は注目の的だった。


「なんだ?」


「えっと、ね……花火なのは正解、なんだよね?」


「ん、合ってるよ。それがどうかしたのか?」


「うん……ほら、周りに浴衣着てる人とかいないし、私、浮いてるような気がして……」


「まぁまだ時間も早いしなぁ」


 太陽はだいぶ西に傾いてはいるものの、沈んでしまうまでにはまだまだ時間がある。花火大会に向かうにしてはかなり早い方だと思う。


 周りを見渡してみても、見える範囲で浴衣を着ているのは里桜だけ。そのせいもあって余計に見られているというわけだ。


「そうっ、それだよっ。隼くんに言われるままに出てきちゃったけどね、こんなに早く出てくる必要あったのかなぁって」


「あぁ、そういうことか」


 里桜にはバレるのを防止するために日時しか伝えていなかったわけで、この疑問は当然とも言える。すでに予定の半分はバレてしまっているので、ここで少しだけ説明しておくことにする。


「実はさ、一旦俺の実家に寄るつもりなんだよ」


「あれ……そうなの? なんで?」


「今日は悠人と蛍も誘ってあるんだ。だから、二人と合流するため、だな」


「えっ、今日は二人きり、なんじゃないの……?」


 途端に里桜の顔が曇る。

  

 そんな露骨に残念そうにするなよなぁ。

 こっちまで胸が痛くなるだろ。


 でも、里桜が今日をどれだけ楽しみにしてくれていたのかはわかった。だから俺は、里桜を安心させるべく言葉を紡ぐ。


「大丈夫、現地に着いたら別行動するつもりだよ。今日は二人だけで、ゆっくり花火、見ような」


「ほん、とう……?」


「あぁ、本当だ。約束する」


「そっか……そっかぁ……えへへ、嬉しっ」


 曇りは晴れ、大輪の華を咲かせた里桜に俺はホッと息を吐く。それと同時に、里桜はなにかに気付いたらしく、ピタリと動きを止めた。


「あれっ、でもそうしたら時雨くんと蛍ちゃんが二人きりになっちゃわない? それって、大丈夫なの?」


 そういやそれも里桜は知らないんだったか。ちょうどいい機会だから、里桜にも協力してもらうか。


「そっちも大丈夫なんだよ。実はな──」


 俺は里桜の耳元に口を寄せ、今日の第二の計画を密やかに告げる。


「──今日は悠人と蛍も二人きりにしてやるつもりなんだ。もちろん、サプライズでな。って言えば意味、わかるか?」


 察しの良い里桜のことだ、きっとこれだけで事足りる。顔を見ればニヤリと笑っていた。


「なるほどぉっ、そういうことだったんだぁ。隼くんは優しいねっ。それに妹思いだし」


「ちげーよ。これは悠人のためだっての。誰があんなじゃじゃ馬のために……」


「ふふっ、素直じゃないなぁ、隼くんは。でも……あれっ? ってことはもしかして、蛍ちゃんが言ってた格好良い先輩って、時雨くんのこと?」


「なんだよ……話、聞いてたのかよ」


「うん、蛍ちゃんとはたまにだけど会ってたからね」


 俺と里桜が幼馴染だということはつまり、里桜と蛍もまた幼馴染だということである。三人で遊ぶこともあったし、蛍も昔から世話好きだった里桜にはよく懐いていた。『里桜おねーちゃん』なんて呼んで、よく後にくっついていたもんだ。


 それでも俺の方が里桜と仲は良かったけどな。


 それと一応だが、俺も里桜と蛍が年に数回会っていたことは知っていた。里桜が両親の実家に帰省してきている時とか、うちの両親がおじさんおばさんに会いに行く時には蛍もついていっていたからな。


 きっとそこで話題に出ていたのだろうが、そんな時も俺は頑なに──


 いや、この考えはやめよう。そんな俺と一緒にいるために、里桜は単身こっちに戻ってきてくれた。なら、今俺がするべきことは後悔じゃなくて、その想いをしっかり正面から受け止めること、なんだと思う。


「でもそっかぁ、今日は久しぶりに蛍ちゃんにも会えるんだね。楽しみが増えちゃったっ」


「それはいいけど、くれぐれも別行動することは会場に着くまでは黙っといてくれよ? 俺達があいつらを置いてった時の反応も見たいしな」


「はーいっ。なんか悪だくみみたいでワクワクしちゃうね?」


「悪だくみか、まぁ間違っちゃいねぇな」


 心躍る里桜の言葉選びに、俺達は向けられている視線のことも忘れて、顔を見合わせてクスクスと笑うのだった。


 *


「里桜姉、久しぶりーっ!」


 実家に到着してインターホンを鳴らすと、玄関を開けて勢いよく飛び出してきたのは蛍だった。そのまま蛍は里桜に抱き着いて、俺は弾き飛ばされることになった。まるで躾のできてない大型犬みたいだ。


 アホ蛍っ、里桜の浴衣が乱れるじゃねーかっ!


 そう俺が声を荒げようとしたまさにその瞬間、里桜が優しげな目で俺を見て、『ダメだよ』と言うように小さく首を横に振る。里桜に諌められちゃ仕方がない、ひとまず俺は怒りを抑えることになった。


 まぁ一人で浴衣を着られる里桜なら、多少乱れても自分で直せるだろうしな。


「蛍ちゃんっ、半年ぶりくらいだよねっ?」


「かなぁ? 前回はたしかお正月だったっけ。里桜ねぇったら、近くにいるのに全然会いに来てくれないって冷たくない? こっちから行くわけにもいかないしさぁ」


「ごめんねぇ、私も色々あったから」


 昔と変わらぬ手付きで里桜に頭を撫でられた蛍はあっという間にぐでぐでに溶けていった。


 たぶん……俺も里桜にされた時はあんな顔してるんだろうな。里桜のよしよしはそれくらいの威力があるもんな。


「色々って……まぁなんとなく察するけどねぇ。バカ兄、やーっと里桜姉と仲直りしたんだ?」


「……まぁな」


「よかったね、里桜姉」


「えへへ、おかげさまで」


「それに、聞いてるよー? お昼に、しかも教室でお弁当あーんしてるんだって?」


「にゃっ?!」「はぁっ?!」


 蛍が本来知り得ない情報を口にした、そのことに驚いて、俺と里桜は同時に声を上げた。


「おい蛍っ……なんでそれを知って……」


「あー……ごめん。たぶんそれ、俺のせい」


 不意に背後から声をかけられて振り返ると、申し訳なさそうにしながらも爽やかな笑顔を浮かべた悠人が立っていた。


「……悠人。お前いつの間に……」


「つい今さっき来たところだよ。なんか取り込み中だったみたいだから黙ってたんだ」


「そこじゃねぇよっ! いつの間に蛍に情報流してやがった!」


「あぁ、そっちか。それはほら、前に隼が風邪引いた時にお見舞いに来てさ、そっちは無駄足だったんだけど、蛍ちゃんと連絡先交換してね。それからはちょくちょく隼の近況報告させてもらってるんだよ」


「……お前らなぁ」


 行動が実の妹に筒抜けとか、恥ずすぎるだろ。まったく、人の知らないところで勝手に情報交換してんじゃねぇよ……。


 そう思って蛍を睨みつけると、そこにはポカンとした間抜け面があった。


「あれ……なんで悠人先輩がいるの? 来るのって里桜姉だけじゃ、なかったの……? というか、なんで里桜姉は浴衣着てるの?」


 ふむ、なるほど。ようやくそこに気が付いたか。なら今度はこっちのターンってわけだ。


 てかこんなに綺麗可愛い里桜の浴衣姿に今まで気付かんとか、どこ見て生きてんだろうなこの愚妹は。


 里桜に目配せすると、コクリと頷きが返ってきた。


「悠人は俺が呼んでおいたんだよ。それで今日はこの四人で花火、見に行くぞ」


「はぁっ?! なんでそんな大事なこと先に言っとかないのよ、このバカ兄っ!」


「聞かれなかったからな」


 バカはお前だ、里桜は言わなくても察したぞ。


「くぅっ! おかーさーんっ! 私も浴衣着るーっ!」


 蛍はやかましい叫び声を上げながら、ドタバタと家の中に駆け込んでいった。相変わらず騒がしいヤツだ。ちっとは里桜を見習って落ち着けっての。


 これのなにが良いのか俺にはさっぱりわからんが、悠人はそんな蛍を優しげな目で見送っていた。


 うん、まじでわかんねぇ……が、蓼食う虫も好き好きっていうしな。うん、きっとそういうことだろ。


「……そういや、悠人は驚かないんだな」


「ん? もちろん驚いたよ。でも高原さんが浴衣着てるの見て、なんとなく気付いてたからね」


「そうか……」


 くっそ……こっちは面白くねぇ反応だなぁ。もう少し動揺すると思って期待してたってのに。


 連絡を取り合っているうちに少しずつ仲良くなっていたのか、以前とは違って蛍を前にしても悠人はどこか落ち着いているように見える。


「高原さん、浴衣すごく似合ってて素敵だね」


 こんなふうに、しれっと里桜のことを褒められるくらいにはな。こういうことを言うから勘違いする女子が増えるってのに、まったく……困ったもんだな、こいつは。


「ふふっ、ありがと。時雨くんも私服姿、格好良いね」


 里桜は里桜でこの対応である。

 ただ、聞いていてむず痒くなりそうな会話を繰り広げる二人を見ても、俺の心は静かなままだった。


 俺に褒められた時の驚きと喜びの入り混じった反応とも違う、俺を褒めてくれる時のちょっとだけ照れくさそうな様子もない。それだけで、里桜がどれほど俺を想ってくれているのかわかってしまうから。


 その後、蛍の着替えを待って実家を後にした俺達。再び電車で移動をして、さらに20分ほど歩いて、会場に到着したのは、太陽が地平線に沈んていく頃だった。


 蛍のせいで余計な時間を食っちまったな。おかげで多めに見積もっていた余裕はもうほとんどない。おまけにここまでの道中は蛍に里桜を取られっぱなしで左腕が少し寂しい。


 会うのが久しぶりなせいか、蛍は里桜にべったりなんだよな。その里桜は、さっきから困惑したような顔でチラチラと俺に視線を送ってくる。


 俺が誘っておいたとはいえ、大事な時間を邪魔されるわけにはいかねぇしな。さっさと二人きりになりますか。


「蛍、いい加減里桜から離れろ」


「えー、なんでよっ?! 久しぶりなんだしいーじゃんっ!」


 声を荒げて食って掛かってきた蛍、相変わらず反抗的だな。せっかく悠人を連れてきてやったのに、そんなにツンケンしてると嫌われるぞ。


 と言いたいところなんだが……悠人は俺と蛍を微笑ましげに眺めていた。


「ごめんね、蛍ちゃん。私ももう少し蛍ちゃんとお話ししたいところなんだけど、それはまた今度ね。今日は隼くんと二人だけに、させてくれないかなぁ?」


 里桜はそう言うと、するりと蛍の拘束から抜け出して俺の隣に立つ。そして俺の腕に自分の腕を絡ませた。


「えぇ……里桜姉まで……」


「すまんが悠人。蛍のこと、頼むな」


 俺は蛍を無視して悠人に託す。


「……わかった。どうせそんなことだろうと思ってたしね。こっちのことは気にしなくていいから、行ってきなよ」


 さすがは悠人、話が早い。悠人はこれから俺が里桜に告白するってことを知ってるもんな。頼りになる友人で助かる。


「ほら蛍ちゃん、せっかくだから俺達は俺達で楽しもうよ」


「えっ……あの、でも……悠人、先輩……?」


「蛍ちゃんは、俺と一緒じゃイヤかな?」


「そんなこと、ないですけどぉ……」


「ならよかった。退屈はさせないから安心してね」


「はぅっ……!!」


 悠人が微笑むと、蛍は茹でダコみたいに真っ赤になっていた。


 そのまま悠人と蛍は見つめ合い、なんか良い感じの雰囲気になってるようだ。まだ俺も里桜も見てるってのに、そんなのお構い無しにな。


 なんだよ、悠人のやつ。これができるなら最初からやっとけっての。おかげで余計な世話焼いちまった──って、ここまでになるほど連絡取り合ってたってことなんだよな……。


 どこからどこまで蛍に知られているのやら。


 でも今日のところは恨み言はなしだ。そんなことよりももっと大事なことが控えてるからな。


「里桜、この隙に行くぞ」


 そっと里桜の手を引く。


「うんっ!」


 俺達はこっそりと、静かにその場を離れることに。


『この日に決められたのは悠人のおかげだからな。蛍とのデート、楽しめよ』そんな言葉を心の中で呟いて。


 最初の花火が打ち上がるまで、あともう少し。ほどよい緊張感を抱きながら、俺は里桜の手をしっかりと握り直した。


 さて、いよいよここからだな。

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