第43話 幼馴染への告白計画
翌日の日曜日、約束通りに昼から悠人と遊びに行くことになった。
家を出る間際、「隼くん、出かける前にぎゅーってして?」なんて甘え顔で言われたのには参ったな。
昨日のデートを経て、さらに里桜の甘え方が容赦なくなってきている気がする。有無を言わさぬ笑顔で両手を広げられたら、俺には抱きしめる以外の選択肢はなかった。
そんな感じで、朝から里桜がべったりで、俺は心臓が落ち着かない午前の時間を過ごしてから家を出てきたわけだ。
さて、悠人との待ち合わせ場所になったのは家と学校の間にある最寄り駅。その前でしばらく待っていると、少し離れた交差点で信号待ちをしている悠人の姿を見つけた。青に変わった途端、悠人は軽く手を上げながらこちらに向かって小走りで駆けてくる。
「お待たせ、隼っ。遅くなってごめん」
「いや、俺もさっき来たとこ──って、彼女みたいな登場の仕方するなよな……」
これじゃ恋人同士の待ち合わせみたいじゃねぇかよ。
「あははっ。会いたかったよ、隼?」
「俺もだよ」
「…………」
「…………」
「やめよっか」
「だな。普通に気持ち悪い」
悪ノリがすぎた。
この程度のじゃれ合いは悠人相手だと普通っちゃ普通なんだが、近くにいる我が校の制服を着た女生徒の視線が痛い。俺達の会話を聞いて勘違いをしたのか、目を大きく見開いて口元を押さえ、顔を真っ赤にしている。こっちを見ながら友達同士のヒソヒソ話で盛り上がってるのもいる。
うん、勝手にBL展開を期待されても困るしな。
断じて言っておくが、俺にそっちの趣味はない。まぁそういう嗜好を否定するつもりはさらさらねぇけどな。
「……とりあえず、行こうか」
「ん」
視線から逃れるように俺達は歩き出す。向かう先はこれまでも定番だったカラオケだ。ちょうど良く空いている部屋があったので、そのまま入店することに。
軽食を注文してからドリンクバーで飲み物を取ってきて、俺達は向かい合って腰を下ろす。
「なぁ悠人、話があるんだ」
「どうしたの隼? そんな改まって」
「いや、その、さ……少し相談に乗ってくれよ」
「あれ? 悩み事はなくなったんじゃなかったっけ?」
図書室で里桜との一件を話したことで、悠人の中では俺にはもう悩みがないことになっているらしい。
「あれはあれで片付いてんだけど、またそれとは別で──」
と、そんなタイミングで注文していたものが届いて、話が一旦中断される。本題に入る前で良かったな。さすがに途中で店員が来るのは気まずい。
店員が部屋を出ていくと、悠人が居住まいを正して口を開く。
「とりあえず聞くだけ聞かせてよ。答えられるかどうかは、それからだね」
悠人がポテトを口に運ぶのを見て、つい昨日のことを思い出しかけて、慌ててそれを頭の外に追い出した。
「えっとさ……告白って、どうしたらいいんだ?」
俺が意を決してそう言うと、悠人の手からポロリとポテトが落ちた。口もあんぐりと開いている。
「……もしかして隼、まだ高原さん待たせてるの?」
「ぐっ……」
悠人の言葉が俺の心に鋭いトゲのように突き刺さる。正論すぎて返す言葉もない。俺だって待たせすぎてる自覚は……ないでもない。
「あのさぁ、隼」
「はい……」
呆れ声の悠人に、俺は小さくなって返事をした。まるでお説教をされている気分になるな……。
「あんまり待たせたら、高原さんが可哀想だよ?」
「わかってんだよ、そんなことは……わかってるからこうやって相談してんだよ」
「いつも一緒にいるんだし、ストレートに好きだって言えばいいんじゃん。簡単なことでしょ、あれだけ普段イチャついてんだからさ」
「イチャついてねぇよっ! 幼馴染なら普通あんなもんだろ!」
「えぇ……隼のその認識は改めた方がいいと思うよ?」
「えっ……?!」
学校ではそれほどじゃねぇよな……?
それ以外は……里桜が色々仕掛けてくるから別としてさ。
でも悠人がこう言うってことは、周りから見たらもしかして……。
「まぁひとまずそれは置いとこうか。本題はそこじゃないんでしょ?」
「そう、だな。んでだ、里桜には、その……できるだけ喜んでもらいたいんだよ。だから、日常の中でじゃなくて、もっとこう、特別な感じでしたいっていうか……」
「また面倒くさいことを考えてるなぁ。気持ちは分からなくはないけど、隼が好きって言うだけで高原さんは十分嬉しいと思うよ?」
「それもわかってるっての。その上で悠人に相談してんだよ。悠人ならモテるしさ、なんかそんな感じのいい案があるんじゃないかってな」
「そう言われても、俺は告白なんてしたことないしなぁ……うーん」
悠人は腕を組んで考え込む。
しばらくそうして考えていた悠人だが、不意にハッとした表情で顔を上げた。
「お、なんか思い付いたのか?」
「思い付いたってほどじゃないけど……隼と高原さんって幼馴染なわけじゃん?」
「そうだけど、それがなんだ?」
「ならさ、高原さんが好きそうな場所とか、昔二人でよく行った場所とか、特別な思い出のある場所とか、そういうのがあるんじゃない?」
「っ?!」
これには目から鱗が落ちる思いだった。
俺は目新しいことばかり考えていて見落としていた。どうしてそんな簡単なことにも気が付かなかったのか。
しかも思い出の場所、というかイベントがもうすぐあることも俺は知っている。記憶に間違いがなければ、の話だが。
急いでスマホを取り出してそのイベントについて検索してみると、どうやら今年も開催されるようだ。
日程は──夏休みに入って最初の土曜日。
今から少しだけ間は空くが、それ以上に良いアイデアは浮かんできそうにない。
「悠人、決めたぞ」
「えっ、もう?」
「あぁ。夏休み最初の土曜日、そこにする。そうだな……悠人もその日の午後は予定空けておけよ。ちなみに帰りは夜遅くになるからな」
「えぇ……なんで俺まで? むしろ邪魔になるだけでしょ」
「いいからいいから。あと、ちょっと根回ししとくわ」
どうせなら、この礼も兼ねて悠人も道連れにしてやろう。思い立ったら次々にアイデアが浮かんでくるな。
その流れで、とある人物にメッセージを飛ばす。道連れ第2号だ。里桜の予定を押さえるのは、帰ってからでもいいだろう。後は肝心な里桜に伝える言葉、それは当日までにどうにか用意しておくことにする。
「よしっ、これでいいな」
「いや、行動早すぎでしょ。さっきまで悩んでたってのにさ」
「こういうのは勢いが大事だからな」
そう言って俺はマイクを手に取り立ち上がる。そして深く息を吸い込んで、マイクに向かって大声を叩き付けた。
「里桜ーーーっ! 大好きだぁあーーーっ!」
スピーカーで増幅されたその声は隣の部屋にまで聞こえてしまいそうなほどだったが、俺の気分はすっきりしていた。覚悟はとっくにできていたけど、ようやく決意も固まった。
ただ悠人は目を白黒させて、若干引いた表情で俺を見ている。
「ちょっと隼?! 恥ずかしいからこんなところでいきなり叫ぶなよ……。というか、ここで告白してどうするのさ。高原さんもいないってのに……」
「いいだろ別に。これも景気付けだって。ここで言えなきゃ本番でも言えねぇだろうしな」
「まったくもう……。ま、別にいいけどね。それじゃ隼の告白が成功することを祈って、今日はパーッと歌いますかっ!」
「おう!」
なんだかんだ言いながらもこうして付き合ってくれる悠人は本当にいい奴だな。だからさ、お膳立てはしてやるから、悠人も頑張れよ。
心の中でエールを送りつつ、曲選びをしている悠人に視線を送る。
俺のスマホには、
『バカ兄、勝手に人の予定埋めんなっ! まぁ里桜姉も来るなら一応空けとくけど……』
そんな返信が届いていた。
相変わらず素直じゃない妹だな。悠人のためとはいえ、せっかくセッティングしてやってるのにバカ兄呼ばわりとは。当日、驚いてぶっ倒れても知らんからな。断られないために里桜が一緒だということは伝えたが、もちろん悠人を連れていくことは当日まで内緒である。
思惑通りの返事をもらえたことにホッとしつつ、そこから俺と悠人は喉が枯れるほど歌い明かすのだった。
◆side里桜◆
今日は隼くんが時雨くんと遊びに行っちゃったから、お家に一人でお留守番。ちょっぴり寂しい。ここのところはほぼずっと隼くんと一緒だったもんね。
でも、今は少しだけ一人の時間に安堵している自分もいた。
だって、
「昨日はやりすぎちゃったよぉ……」
思い出すだけで顔から火が出そうになる。水着を着てたとはいえ、あんな大胆なことしちゃって……。
それに隼くんは裸だったわけで、その脚の間に収まってた私──
背中にちょっと触れてたあれって、たぶん、隼くんの……。
って、それ以上は思い出しちゃダメっ。自分でしたことだけど、あんなのえっちすぎるよぉ。
隼くんにえっちなんて言ったけど、もしかして私の方が……?
「うぅ……恥ずかしい……」
はっ!
まさか隼くん、引いてないよね……?
はしたないとか、思ってない、よね……?
あーん……これもデートが楽しすぎたせいなんだよぉ。隼くんにもっと私を意識してもらいたくって、どうしても止まれなくなっちゃったんだもん。
おかげで照れ隠しで朝から隼くんに甘えまくっちゃったし。って、それはいつものことだからいいんだけどさぁ。
でも、抱きしめてもらったのは、良かったなぁ……。
優しくて、大っきくて、私を丸ごと包みこんでくれるような安心感があって。すごくすごく幸せだった。それを思い出すと、今度は胸が甘く締め付けられる。
「好きだよぉ、隼くぅん。大好きっ……」
私は自分のベッドに寝転がって、交互に襲いくる羞恥心と幸福感にひたすら悶えることになった。
昨夜のことを思い出しては赤面して、隼くんの優しさを思い出しては胸がときめく。そんなことを繰り返していると、あっという間に夕方になってしまっていた。
「里桜ー?」
玄関から隼くんが私を呼ぶ声が聞こえる。私は慌ててベッドから飛び降りて深呼吸、ひとまず笑顔を取り繕う。
「おかえり、隼くんっ」
今が幸福感のターンで助かったよ。そうじゃなかったら隼くんの顔、きっとまともに見れなかったもんね。
「ん、ただいま、里桜」
隼くんはそう言うと、そっと私を抱き寄せる。突然隼くんに包み込まれて、心臓が跳ね上がった。痛いくらいに鼓動が速まって、息が苦しい。
「なっ、にゃっ?! なにっ、隼くんっ?!」
「なにって、出かける前にもしたろ。あん時は里桜がしろって言ったんだぞ?」
「そうっ、だけど……急にはビックリするよぉ……」
「イヤならやめるけど?」
「あぁっ! イヤじゃない、イヤじゃないよっ! だから……やめちゃ、ダメっ……」
隼くんにぎゅってされてイヤなわけがないもん。今は心の準備ができてなかっただけで、本当はもっとしてほしいのっ。いつでも、何回でも、ね。
慌てて否定すると、隼くんはおかしそうに苦笑する。
「ならもう少し慣れとけよ」
「あぅ……わかった」
うー……なんなの、隼くん。帰ってくるなり私をこんなにドキドキさせてどうするつもりなの?
ちらりと見上げると、隼くんの表情は出かける前とどこか雰囲気が変わっている気がした。なにがあったのかは、わからない。だけど自信に満ちているというか、なにか決意を固めたような、そんな空気を纏っていた。
「ところでさ、里桜」
私を抱きしめたまま、隼くんが言う。
「……なぁに?」
「夏休み最初の土曜日、その日の午後から夜の予定、空けといてくれよ」
「いいけど……なにかあるの?」
「あぁ、ちょっと出かけようと思ってさ」
「私は、その間お留守番?」
また今日みたいに一人でお家にいたら、いいのかな?
もしそうなら……。
隼くんのいない夜を思うと胸が切なく締め付けられて、苦しくて。でも、隼くんはポンと私の頭に手を置いて、そのままゆっくりと撫でてくれる。一撫でごとに切なさが少しずつ溶けていく。そして隼くんはトドメとばかりにとびきり優しい声で言うの。
「そんなわけないだろ、里桜も行くんだよ。里桜がいなきゃなにも始まらないからな」
「私、も? どこに、行くの?」
「それは……まだ内緒だ」
そこだけは照れくさそうにポツリと呟いた隼くんに、私は目を見開く。ずっとずっと待ち焦がれていた時がもうすぐ訪れるのかもしれない。そんな予感に心が躍った。
その夜、眠りにつく前のベッドの中で私はスマホを見つめていた。
「……隼くんが言ってたのって、たぶんこれのこと、だよね」
日にちと、夜という情報、それから昔の記憶、そこから私はおおよその見当を付けていた。調べてみれば、思った通り。
……そっかぁ。隼くんは、たぶんここで。
期待で胸が張り裂けそうになる。
だから──
「なら私も、準備しとかないとね」
隼くんが考えてくれた最高のシチュエーション、それをただ享受するだけなんて、そんなもったいないことはできないよ。私もしっかりそれに応えたい。
幸い、こんなこともあろうかとアレはこっちに持ってきてる。クローゼットの奥にしまってあるから、すぐに使えるようにしとかなきゃ。
隼くんと私、二人にとって一生忘れられないような、特別な時間にしたいもんね。




